第3話

 数週間が経ち、私の所属する部署はなくなることとなった。

 私の提出したレポートがきっかけで、社内会議が発生し、部署の解体が決定したらしい。自分で自分の首を絞めるとはまさにこのことを言うのだろう。


 RSSの学習データも豊富になり、精度も上がったことから普通に書かれた誹謗中傷に関しては9割9分除去することができている。RSSはほぼ完成されたと言うことで、『誹謗中傷除去リクエスト』ボタンが撤廃されることとなった。あのボタンが撤廃されるなら、私たちの仕事はもうない。


 部署が解体されるということで社員である私たちは二つの選択肢を迫られた。一つは部署移動をして、継続してここの社員として働くこと。もう一つは退社して、ここの会社を去ること。


 私は後者を選んだ。

 元々、誹謗中傷を行う人の心理が知りたくてこの部署に応募したのだ。それがなくなるのであれば、辞める選択肢を選ぶのは当然のことだろう。


「ふっーーーーーー」


 口に蓄えた煙を天井に向けて勢いよく飛ばす。この会社を去る前に最後に喫煙所で煙草を吸うことにした。喫煙所には大変お世話になった。だから最後はここで締めたい。


「お疲れ様です」


 気楽に吸っていると、業平が喫煙所へと入ってきた。

 いつもの調子で軽く会釈して、私の横に腰掛け、煙草に火をつける。


「お疲れ。業平もラスト喫煙所か?」

「違いますよ。俺はここに残るんで」

「そうなのか。意外だな。給料がいいからこの部署に入ったんだろ。他の部署に行ったら、安くなるんだぞ」


「また仕事探すのは面倒ですからね。それに、この会社ではある程度の信頼関係を築けたので、仕事しやすいんですよ。それに可愛い子結構いるし」

「なるほどな」

「平塚さんは辞めるみたいですね」


 業平は私の横に置かれたキャリーケースに視線を送る。

 これには私が会社に保管していた私物が多々入っている。会社を去るのだからこれらは全て持って帰らなければいけない。


「ああ。自分の部署以外、特に面白そうな仕事をしている部署はないからね。面倒だけど、また1から仕事を探すさ」

「大変ですね。まあ、平塚さんのことだからすぐ見つかりそうな気はしますけど」

「期待値が高いな。なあ、業平。すまなかった」

「別に謝る必要はないですよ。平塚さんが気づかなくても、課長あたりが不審に思って調べはしたと思いますよ。誹謗中傷除去リクエストがあそこまで急激に増えたら、誰でも怪しみますから。まあ、部署の社員の一定数は平塚さんを恨んでいるとは思いますが」


「はっはっは。誰かしらがなったはずの恨みの対象を買ったと思えばいいか。それが会社を辞める人間だとすれば楽なもんだし」 

「そうですね。課長からしたら、平塚さんは大手柄だと思いますよ」

「今のうちに恨み買い金でももらっておくか。失業保険と足し合わせれば、数ヶ月は仕事がなくても暮らせそうな気がする」

「ナイスアイデアですね」


 二人でたわいもない話をしながら、煙草を吸う。業平と一緒にいる時の煙草の味は案外美味しかった。こいつとの喫煙も最後になるかと思うと何だか名残惜しいな。


「なあ、業平。戦争と飢餓と疫病、この中で一番なくなりそうなのはどれだと思う?」

「ヨハネの黙示録ですか。そんなの決まっているじゃないですか。戦争です」

「そうか。じゃあ、この中で一番なくならないのはどれだと思う」


「それも決まっています。戦争です」

「はは。矛盾しているね。でも、同感だ」

「人間ってそう言うもんですよ。だから今回の件が起きたんですよ」


「だな。私たち結構気が合うな」

「今更ですか。俺は初めから気づいてましたよ。平塚さんと話すのは楽しい。だからもう会えないと思うと何だか寂しいな」

「口説いているのか。そうだな……もし、新しい就職先が決まったら、飲みにでも行こう」


「いいっすね。いい報告待ってますよ」

「任せておけ」


 私はそう言って、業平に拳を差し出した。それを見た彼もまた私へと拳を突き返した。


 ****


「石添さん、15時42分の新幹線に乗るので、15時までには準備を終えてください」


 一ヶ月後、私は芸能事務所のマネージャーの面接に合格し、人気芸人である石添 良治(いしぞえ よしはる)のマネージャーとして活動することとなった。


「15時42分の新幹線なら、15時10分に出れば間に合うんじゃ?」

「そう言うと、石添さんは15時20分くらいに用意をし終えますよね?」

「はっはっは。俺のことをよくわかってんじゃねえか。まだ入って二週間だってのに、気が利くな。わかったよ。15時に準備できるように頑張る」


 石添さんは私の目を見ていうと、前を向き、持っていたスマホを注視する。見ると、彼はSNSでエゴサーチをしていた。前のマネージャーに聞いたところ日課らしい。ハマりすぎて時間が過ぎ去るのを忘れるから注意しておいてとのことだった。


「にしても、最近の俺への悪口というのは手が凝っているなー」


 彼の言葉に興味をそそられ、私もまた彼のスマホの画面を覗いた。スマホに掲載されたメッセージはパッと見たところ、何が書いてあるか分からなかったが、縦に読むと意味が繋がった。内容は石添さんに対する誹謗中傷だ。当たり前のことだが、RSSの審査をくぐる誹謗中傷は未だに消えてはいない。


「そんなの見て、平気なんですか?」

「あん? ああ。昔はそうでもなかったんだが、今はわりかし平気だ。慣れたわけじゃないが、ここまでして俺に悪口言いたいかねと思うと何だか笑えてきてな。ほら、見てみろ。これをさ」


 そう言って、石添さんは投稿リストを私に見せる。そこには多種多様な審査を通り抜けた誹謗中傷が連なっていた。趣味が悪い人だ。


「まるで誹謗中傷大喜利みたいじゃないか?」


 石添さんはハニカミながら私に言う。大喜利という言葉に彼の芸人魂が反応したみたいだ。確かにリストを見ると『誹謗中傷大喜利』と言わんばかりのものたちが揃っている。彼の言葉で何だか私も笑えてきた。


 今までの誹謗中傷は、一般の人間が何気なく書き連ねたものだから病む原因になったのかもしれない。お金を払ってまでして、届けた誹謗中傷というのは強い感情をぶつけるほど対象に関心を持っているわけだ。アンチはファンと聞くが、それが真の形で体現化されたみたいだ。


 病みを通り越して、呆れが来てしまった。だからこうして笑えてしまうのだろう。

 万事、中途半端ではなく、ぶっちぎったことをしてしまえば面白いものになる。正も負も関係なく、それは絶対値で決まる。


 もしかすると、世の中は良い方向に進んでいるのかもしれない。

 石添さんの人をバカにする笑顔を見ながら、私はそう考えた。

 二人してエゴサを見てしまったため、予定の新幹線に乗り遅れてしまった。

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【短編】誹謗中傷除去システム『RSS』 結城 刹那 @Saikyo-braster7

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