第2話
「んーーー」
朝礼を終え、いつものように自分の作業環境を整えると、ある違和感に気がついた。
『誹謗中傷除去リクエスト』の数が昨日よりもだいぶ増えていた。その数は五桁。いつもなら、多くても3桁で収まっているはずなのに、なぜこんなに増えたのだろうか。
リクエストの内容を表示し、メッセージを読む。
『 こ?な世味れにどホ
の終ののわて世うン
国わが男かい間しダ
。っ好っらるにてミ
てきてなの評あサ
るなあいか価んキ
わのん。意さなが 』
なるほど。普段なら横書き投稿内容を意図的に縦書きに変えることで『RSS』の審査を掻い潜っているわけか。こういうことが出るのならば、明らかに意味の通じない文も除去対象になりそうだな。
続いてのリクエストメッセージを読む。
『 世の中のブサイクな男たちはみんな生き続けてほしい。彼らのことが大好きだから。
⇧
私はこれとは逆のことを思っています! 』
これは肯定的な文を最初に掲示し、『RSS』の審査を通らせたところへ最後に全てをひっくり返して誹謗中傷を行うということか。なかなかのやり手だな。これは除去するのが難しいだろう。
さらに次のリクエストメッセージを読む。
『 伊た予畑た花た梨の自た宅を発見。今日から彼女の行動を尾た行しようと思う。何か面白い情た報が得られるかもしれない。ついでに自宅に監た視カメたラ設た置して盗た撮してやろ。
たぬきより 』
なんていうか……思わず笑っちゃう文だな。最後の『たぬきより』は『たぬきからのメッセージ』という意味ではなく、『たを抜くことによって』という意味で用いているのだろう。試しにたを抜いてみると『伊予畑花梨の自宅を発見。今日から彼女の行動を尾行しようと思う。何か面白い情報が得られるかもしれない。ついでに自宅に監視カメラ設置して盗撮してやろ。』という文になる。
リクエストメッセージには、その他にもいろいろな形式の誹謗中傷が書かれていた。画像解析しにくい濁った画像に誹謗中傷する文字を打って貼っているもの。謎の言語を開発し、その言語の『日本語訳の画像』と『文字を打った画像』を一緒に貼っているもの。それ以外にもいろいろな種類の『RSS』の審査を通る形式での誹謗中傷が伺えた。
「いきなり、これだけの種類の形式が出現するとは。これは、どこかで『RSS』の審査を通り抜けるための記事を誰かが投稿しているに違いないな」
試しに検索エンジンを用いて『誹謗中傷 できる 方法』とバーに単語を入れて検索してみる。すると一番上の記事に『SNSで誹謗中傷ができる方法をお教えいたします!』という記事が出てきた。私の予想通りだ。
一番上に出てくるということはかなりのアクセス数があるみたいだ。それもそうか。誹謗中傷する人もしない人も、この手の記事には関心があるだろう。とりあえず見てみようという結果がアクセス数の増加に繋がったに違いない。
タイトルをクリックし、リンク先へと飛ぶ。すると凝ったデザインのサイトが掲示された。血塗られた背景に、画面上には『誹謗中傷ができる方法』と木の板に書かれている。真ん中には『今すぐ試す』というボタンがあり、その下には『月額980円』という文字が記載されている。
「おいおい、金取るのかよ。こりゃ、とんでもねえビジネスが出来上がってしまったな」
三日間の無料トライアルがあるらしいので、今日一日限りなら無料で使えそうだ。私は『今すぐ試す』のボタンを押し、必要事項を記入した。こんなサイトに自分のクレジットカード情報を登録するのは憚られるが、利用規約に個人情報の使用についての欄があり、安全なことはわかったので、登録することにした。
登録が完了し、有料サイトに映る。サイトには、いくつかの項目が記載されていた。
上から順に『書いた横書きテキストを縦書きに変換するシステム』、『RSSの審査に引っかかりやすい単語に対して、たをつけるシステム』、『書いたテキストを画像解析しにくい滲んだ画像で生成するシステム』と先ほど私が見ていたテキストに該当するシステムがいくつか見られた。
本当に人というのは碌でもないな。
サイトの掲載者はおそらく『法の抜け穴などを探すこと』を好物としている頭の良い奴らだろう。彼らが、探し出したものを顧客に開示して利益を得る方法を作り上げるのはありうる話だ。
問題は、これが成り立ってしまうこと。その理由は、SNSユーザーの中に、頭が悪いにも関わらず人を誹謗中傷したい奴らが一定数いるからだ。
『知能犯』と『実行犯』。この手の犯行は取り締まるのが難しい。一昔前、『闇バイト』というものが社会問題になっていたが、それと同じ類だろう。
サイト顧客はせっかく払ったのだから使わないと損だと思い、いつも以上に他人に誹謗中傷を浴びせるようになるに違いない。これでは『RSS』を使う前と同じ量の誹謗中傷がSNSに流れる可能性がありそうだ。
現在の学習データでこれらを防ぐ方法があるとは思えない。もしかすると、今私がやっているこの仕事ももうすぐ終わる可能性がありそうだ。私は今見てきた情報をレポートにするためテキストエディタを開く。サイト画像をスクリーンショットし、見やすいように加工していく。自分の仕事がなくなるのは嫌だが、この仕事の目的が遂行できないのは、社員として失格だ。それだけは避けたい。
レポートを作り上げる頃には、お昼になっていた。
長時間座っていたことで体が凝り、ほぐすために上半身を天へと伸ばす。
そのまま席を立ち上がると、課長にレポートを提出する前に、喫煙所へと向かった。
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