夜に生きる少年少女
香月
①公園での出会い
秋の終わり、肌寒い夜空の下で、僕は一人夜を眺めていた。星々も、月の光も届き、電光に霞むことない町外れの公園。
その隅にあるベンチに腰を掛けて、プシュッと、缶コーヒーのプルタブを開けて飲む。
それがここ最近の日課だった。公園の片隅で一人静かに夜を眺める。傷ついたばかりの心には、この無意味で落ち着ける時間が、ただただ沁みるばかりだった。
そうやって一人でのんびりとしていると、公園の入口辺りに人影が見えた。
珍しい。そう思った。現在の時刻は午前二時、普段僕以外に寄る人などいないこの時間に人が来るなんて。だから興味本位でその人影に視線を向けた。
すると、何やら様子がおかしいことに気づいた。人影は右に左にユラユラと揺れていて、足取りを定かではない。大丈夫かな、あれ?そう考えているうちに、その人影はドサッと地面に倒れ込んた。
流石にやばいかな。そう思って倒れたその人影に向かって駆け出した。
「大丈夫ですか。」そう問いかけても、返事はない。酒臭い訳でもなく、酔っぱらいの線は消えた。だから僕は最悪の場合を想像して、呼吸と脈の確認だけでも。そう思って、その人により近づいた。
ズキッ。それと同時、首筋に鋭い痛みが走った。
「イッタッッッ」思わぬ痛みから、すぐに後退ろうとしたけれど、腰に回された腕がガッチリと掴んで離してくれない。
気づけば人影は既に立ち上がっていて、それに被っていた帽子も外れていて、その綺麗な銀髪が露わになっていた。顔は首筋に埋もれていてよくわからないけれど、僅かに覗く表情は恍惚としていて、見たこともないほど可愛い少女のそんな姿には、なんとも言い難い背徳感があった。
「ンクッ、ムクッ……プハァ。」どれくらいの時間が経っただろうか。とても長かった気もするし、一分程だった気もする。まぁとにかく、いくらかの時間が過ぎて、その少女は僕から離れ、満足げな表情をしてこちらを見ていた。
……それと同時に首筋の痛みと、何かが吸われていく感覚も消えていった。やっぱりこの少女が原因なのだろうと、問い詰めようとして。
「ねぇ君/あのちょっと」と同時に言葉を紡いで、同時に言葉を止めた。……気まずい雰囲気が周囲を漂った。
「「そっちからどうぞ。」」……また言葉が重なった。今度はタイミングだけでなく、言う言葉さえも。
プッ。アハハハハ。目の前の少女が突如として笑い出した。気まずい空気が霧散して、明るい雰囲気に変わった。
ひとしきり笑ったあと、少女は笑顔を浮かべて言葉を吐いた。
「あっははは。ノアたち、ずいぶんと気が合うみたい。それと、急に襲っちゃってごめんね。もう何日も食事にありつけていなかったから。」
そう言って笑みを浮かべる少女とは対照的に、僕の頭は目の前で起こったことと少女の言葉から推測できる事実に混乱していた。
少女━━ノアって言っていたかな。は僕に噛みついた?この間、何かまぁおそらく血液が吸われていく感覚があった。それに食事にありつけていなかった。この言葉から、さっきの行為がノアにとっての食事なのだろう。他にも、銀髪紅目。病的なまでに白い肌。……まるで陽を浴びたことのないような。
馬鹿らしい想像だとは思う。けれど、そうであってほしいと思う心があった。
だから僕は、その荒唐無稽な答えを口に出した。正解であってほしくて。
「ねぇ、ノアさん。君はもしかして、吸血鬼なの……?」
その僕の問に、彼女は微笑を浮かべて答えた。
「うん、正解。」
その言葉とともに、彼女の背中からは翼が生えてきた。それは大きな黒い翼で、鳥のように羽毛はなく、やはりコウモリに近いもののように見えた。
月夜を背に微笑むその姿はとても幻想的で美しく、少し前まで一緒に笑っていた少女の姿とはかけ離れていた。
思わずそんなノアさんの姿に見惚れていると、ノアさんが声をかけてきた。
「ねぇねぇねぇ、びっくりしたるしたよね!!」元気で無邪気な、悪く言えば子どもぽっいその姿に、先程まであった幻想的な雰囲気は鳴りを潜めて、年相応にも見える女の子がいた。……うん?……あれ、そういえば……。
「ねぇ、どうして何も言ってくれないの?」そう言って疑問符を頭上に浮かべるノアさんに、僕は一つ質問をしたくなった。
「ねぇノアさん。一つだけどうしても聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
そう言った僕にノアさんは、
「先にこっちの質問に答えて欲しかったんだけど、まぁいいよ。」と快諾してくれた。
だから僕はその質問をする。
「あの、ノアさんって見た目通りの年齢……15、16歳くらいなの?それとも……」
そう言葉を発してる途中だった。目の前のノアさんの体がブルブルと震えだして、それで。
「乙女の年齢を聞くなー!!」パァン!!その怒声と、力いっぱいに頬に叩きつけられたビンタの感触を最後に、僕の意識は深く沈んでゆくのだった……。
夜に生きる少年少女 香月 @kaduki3710
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