Clap your hands
「実は私は、アーティストのライブというものに行ったことがないんです」
MCをはじめると、場が打ったように静まりかえった。前髪の下から、満員のアリーナをぼんやりと見る。ギターの重心を気にする。
「ライブの距離感みたいなものがわからなくて、聴いているあいだ何すればいいんだろうって怯えてたんです。この会場でライブをしといて言うのもなんですが、自分の音楽にライブは必要ないと思っていた。当時から曲はずっとインターネットできいていました。それに、いわゆるお気に入りの曲というのがなくて、どの曲も一、二回聴けばすべて覚えてしまう。その音が耳から離れない。作曲をはじめたときも、和音がすべて汚くきこえて、頭がおかしくなりそうでした。自分には音楽の才能がないと思った。すべてが違和感だった。その頃の私にとって、音は楽しむものでも学ぶものでもなく、ただの苦しみそのものでした」
淡々と話していたつもりが、喉の奥がだんだん絞まっていく。
「死ぬほど勉強した。音を聴いた。私の音楽を、見つけたかった。どこかに違和感のない楽園を探していた」
声を低く低く、沈める。
「でも私は限界でした。ライブにすら行かない人間が、ネットとタワーレコードだけでどうやって新しい音楽を見つけようというのか。生活も行き詰まって、あきらめた。有名な話なので知ってる人もいると思いますが、私は音を一切聴かずに作った曲で有名になりました」
私はメジャーセブンスを鳴らして、客席をきっ、と見つめた。
「それでも、こんなにたくさんの方に支持されて、
あんまり言うべきことじゃないですがお金もたくさんいただいて、私はまた自分の音楽を探し始めました。まだ、道の途中です。これからもっとがんばります」
私は一瞬マイクから離れ、洟をすすった。
「不完全な私のステージを、セットリストを、不協和音を、きいてくれてありがとう」
小さく礼をすると、雨のような拍手が来た。その音に呼応するように、爆音でバックバンドが叩き出す。
間違いだらけの音の中で歌う私は、鳴り止まぬ頭痛に吐きそうになりながら笑っていた。
Fin.
Stage @yrrurainy
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