第9話:いじられ役な隣の席の先輩は、不憫可愛い。

今時は、自分が勤めている会社ではちょこちょこ飲み会があるなんて言うと、時代錯誤という印象を与えてしまうのだろうか。ネットのニュースなんかを見てると、なんとなく不要論のほうが勢いがあるように感じるから、トレンドとしてはそうなのかもしれない。


もちろん、強制だの実質強制だのって話ならそう思われても致し方ないのだけれど、当人たちが好きでやってるんならただの趣味の集まりみたいなものだし、そんな親の仇みたいに否定しなくてもいいのに、とは思う。別に若くたってお酒が好きな人もいれば、嫌々付き合ってた四、五十代の人だっているだろうし。


……で、こんな話をしている私はというと。


「それじゃあ、今日もお疲れ様です! かんぱーい!」


「「かんぱーい!」」


「……乾杯」


こうして先輩の号令に合わせてジョッキを掲げている通り、しっかり参加しているわけなんだけど。


今日、この場にいるのは四人。私と先輩、それに先輩の同期でインフラエンジニアの橋本 優紀さんと、今年二年目の後輩で同じくインフラエンジニアの西 ふみかさんだ。二人は私が今開発リーダーを担当している案件のインフラ――システムが動くための土台の部分の設計構築を担当している。


「くはーっ! やっぱ仕事の後の🍺は沁みるねぇ!」


最初の一口でジョッキの半分ほどを空にした橋本さんは、通りがかった店員さんに二杯目を注文しながら豪快に笑う。さっぱりしたショートヘアーに中性的な顔立ち、更にはこんな感じのおっさんじみた言動から勘違いされやすいが、一応生物学上はれっきとした女性だ。


「ぷはぁ……ホントですね~」


小さな両手で掴んだジョッキを静かにテーブルに戻して満足げに微笑むのは西さん。彼女は小さい。手だけじゃなく全体的に小さい。見た目中学生か、下手したら小学生にすら間違われるので、アルコール類を注文するときは常に身分証をテーブルの上に置いているほどだ。……ただし、ある一点だけは大きい。どことは言わないけど。


そして、彼女が置いたジョッキの中身も既に三分の二ほどが空いている。対格差三十センチ以上ありそうな橋本さんより飲むペースが速いのはバグとしか思えないけど、彼女にとってはこれが普通なのだ。


「ちょっとちょっと二人とも! そんなもったいない飲み方しないでよー!」


少し遅れてジョッキから唇を離した先輩が、二人の少々良すぎる飲みっぷりに眉根を寄せている。……というのも、このお店は先輩おすすめの美味しいビールが飲める店なのだ。


もともと仲の良かった先輩と橋本さん、そこにそれぞれの先輩と仲の良い私と西さんが加わる形で自然発生したこの会では、持ち回りで各々のおすすめだったり行ってみたかったりするお店をピックアップして巡っている。


今回は先輩の紹介で、先輩の自宅の最寄り駅周辺に新しくできたというこのお店にお邪魔している。先輩自身も既に何度か通っているらしく、それだけにちゃんと味わって飲んでほしいんだろう。


その気持ちはわかる。……わかるんだけど。


「……そんなこと言ってる先輩が一番早いじゃないですか」


「私はいいの!」


「子供ですか」


タン、と空になったジョッキがテーブルを打つと、店員さんが見計らったかのように先輩のジョッキを回収して、新しいビールを置いていった。何この流れるような連携、常連過ぎない?


「……先輩、もしかしてここ、結構な頻度で着てます?」


「んー、そうでもないよ? まだ今週は三回目だし!」


「ごみ収集車より来るのやめてもらっていいですか」


「いやどんな例えよ」


小さく噴き出した橋本さんが口をはさんでくる。その隣の西さんも楽しそうに微笑みながら、お通しのポテトサラダをつついている。


「相変わらず斎藤ちゃんのツッコミはキレッキレだねぇ」


「M-1目指してるからね!」


「R-1の間違いじゃないですか」


「ピンじゃないよ!?」


「蔵前さんなら、いいとこまでいけそうですよね~」


「西ちゃん!?」


あはは、と声をそろえて笑う私たちと、唇を尖らせてビールをあおる先輩。残念ながらこの面子だとどうあがいてもいじられ役だからね。こればっかりは仕方ない。


「もー、今日は飲んじゃうもんね!」


「いつも飲んでるじゃないですか」


「正解!」


「いや否定してくださいよ」


……またしてもジョッキが空になると同時に自動装てんされたビールを喉を鳴らして飲む先輩は、不憫可愛い。


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隣の席の先輩は、不憫可愛い。 ひっちゃん @hichan0714

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