おとも

山本虎松

第1話「魔王」

 20歳の夏、大学のある東京から愛知の田舎に帰省する。親からもらった一年分の仕送りは、すでに消えかかっており、10月には底を尽く。それゆえに、俺は鈍行で愛知の片田舎に向かった。


 昼過ぎから乗っている。昼前からスマホを弄っていたから貧弱になったバッテリーが尽きかかっている。

同い年あたり、となると学年は1コ上か、大学生らしき男が座っている。初めのうちは席が少ない中でかったるそうに座っていたが、人が増えていくほど、彼は眠っていった。


スマホの電池の量も残り少ない。バッテリーが劣化しており、モバイルバッテリーもケチって買ってなかった。故にネットを見ることもほとんどできない。リュックに入っているPCからケーブルをつないで、少し充電しては使う。そんなことを繰り返している。

 帰省ラッシュ期間のピーク、お盆はもう過ぎている。とは言っても、次から次へと人が入れ替わる。ようやく席に座れた。デカいリュックを背負って、手持ちのカバンには収音マイクの棒が刺さっている(マイクブームポールと呼ぶらしい)。さらには八王子の黄色い燃えるゴミの袋に靴が入っている。座っていてもやはり重く、落とさないように抱えておくのもまた辛い。たまに人が俺を見てくるが、気にしないようにしているし、第一慣れている。


 熱海に向かう途中、色んな人が入ってくる。時間が経てばたつほど。大勢オバサンがいる。彼女らは観光目的らしい2,3人のグループを作り、どうでもいいようなヒトの噂バナシをしている。大人といっても、大したことを話しているわけではない。

 そう思えば、座っている俺の目の前では、アタマの悪そうな男子高校生が5,6人で、ヘラヘラ笑っている。アタマの悪そうな奴がやるスマホゲームを、各々で楽しんでいる。

 また、イケ好かないオシャレぶった女子大生2人組が俺の目の前に座っている。何やらヒソヒソ話している。旅行らしいが荷物を持っていなかったので違うのかも。どうせ会話内容の本質は、オバサンらとなんら変わらない、卑近でつまらないものだ。

俺と同じく、新幹線代をケチって鈍行に乗っている同志も意外と多くいる。

 しかし、1番多かったのは続々と増えていくサラリーマンなどのオッサンたちである。時間を忘れてしまっている。多種多様な見た目をしているが、表情だけは全く同じであるのは、面白くもある。彼らは人形劇のキャラのように動かず、ただ電車に揺られている。

みんなくたびれている。俺もずっと座っている。


 静岡は横に長い。熱海で乗り換えてからも、ずっと静岡県から出られない。最初は座れなかったが、だんだんと座れるようになってきた。座ると今までの疲れと、さっきと変わらないような顔ぶれの醸し出す雰囲気によって、ほのかに眠くなってきた。両隣のオッサンも既に眠っている。しかし俺は、ベッドでないと寝付けないのであの大学生のようにはならないだろう。


 空が暗くなってきた。夕方とはいっても、空がそんなきれいなオレンジになることはそう無い。色の系統としては、夜に近かった。7時を回ったころだった気がする。さっきからずっとほのかに眠い。

 小学生の3人組が入ってくる。小5,6ぐらいか。痩せててテンションの高そうな男の子、後ろ縛りで黒い服の女の子、そして太っていてなんだか常に怪訝そうな顔をしているように見えなくもない男の子だ。

乗客はオッサンばかりで、若くても高校生だったので、これは珍しい。

入った当初は空いている席は少なかったので、俺から見て右手に彼らは立っている。多少の負い目も生じたが、俺だって立っていたのだ。1時間前後も。


 女の子は、率直に言ってかわいかった。小5,6らしい見た目ではあったが顔つきは若干大人びている。知性を纏っていて、何物にも屈しない強さと聡明さを備えている。黒いノンスリーブのヒラヒラした服と同色のスカートがよく似合っており、色白とも言えず、褐色とも言えない絶妙な肌がこの子の実在性を確かなものにしている。

 魔王とは、実在しないから「魔」足りえるのだ。しかし彼女は確かに実在しているにもかかわらず、この現実のすべてを吹き飛ばし、彼女が支配する空間に変えていく。

 僕も卑近でみっともない現実の存在であるのに、この空間を認識している。なんと無礼で恥知らずなことだろう。このような人間が魔王様を認識することすら本来許されない。罰を受けなければならない。しかし、かわいい。なんといってもかわいいのだ。


 男2人は白い半そでシャツに短パンだ。太い方は物静かで、ほとんどしゃべらないが、細いノはうるさい。じっとしてられないのか、よくはしゃぐが、そのたびに彼女が、「うるさいよ」と注意する。


 愛知に近づけば近づくほど、人は少なくなっていく。

 男2人は俺のだいぶ右に座り、彼女はその向かい側に座る。

 彼女は素足に茶色いサンダルであった。足は年にしては大きく、25cmあるのではといった感じだ。

 その右足で顔を踏んでほしいと思った。おそらくさわやかな汗と、年相応以上の大人びた匂いがする。

 うるさい彼を座ってからもたびたび諫めていたが、静かめになっていく。彼女に悟られないように顔を何度かのぞいた。その中で2回(ほど)目が合う。彼女が僕の見た目からこちらをのぞいたのか、見てくるからなのかは分からない。


 静岡駅で3人は降りて行く。彼女の出る様子までは見たが、外の様子まで追いかける気にはなれずそのままにする。


 それからも人は減っていくばかり。真っ暗な夜、豊橋駅で乗り換えた時には、他に2人くらいしか人がいなかった。


 家族が、夜遅くに帰った俺をあたたかく迎えてくれた。俺は飯を食いながら、東京の土産話をし、きょうだいの近況を聞いた。


家族が寝静まった夜、一人で今日の事を思い出している。

 彼女はきっとそのうち、相応しい人物にすべてを許すのだと思う。

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