■■3
『あんたが欲しいのはこれだろ? オマケを付けてやってもいいんだけどさ』
新聞紙の中身は脇差の〈往田チヅル〉だった。ユキと名乗った少年はリュックから他にも、旧式の〈ヤカン〉、不法パーツがごてごてと増設された
『分かってると思うけどスミレさんは異界に呑まれた、ネット環境有りだからやりとりは出来るけど、こっち以上にその頻度や異界からの干渉度・情報の変異率が可変するってわけだ。オレもある意味そういう風になりつつある。結論から言うとこのオレは〈分体〉だ。本来のユキこと
どうにかしてくれ、と再びユキが言った。どうやら彼は結河のことを、ドクターはドクターでも
『分かったろ? 後輩君が言ってた通りオレって幽霊部員だったんだけど、とうとう文字通りの状態ってわけ。で、あんたも報酬が欲しいなら、この
その時、空が赤く染まった――〈昼焼け〉の観測。それと同時に、突然、結河は理解した――前にどこかで聞いた、「異界は『過剰』がテーマであり、挑むならこちらも『過剰』を手にしなくてはならない」という言葉の意味を。
できることはやる、とだけ結河は答える。ガスマスクで顔は分からないが、ユキは安堵の笑顔を見せたらしいと感じた。必要なのは、儀式を行うための場だ。祭壇と、異界の力が宿るための触媒、それを用意しなくてはいけない。
最寄りの異界にやって来た。住宅街の片隅、駄菓子屋と銭湯に挟まれて、地下鉄の入り口みたいな階段がある。そこを下って通路を進むと、改札みたいなゲートがあって、〈二級〉の警備員が睨む中、免許をかざすと通ることができる。結河はユキを伴って、無言で進む。
エラーが発生――突如ゾンビのうめき声のような音が響く、いわゆる
『ここが手術室ってわけか。多少痛かろうと耐えて――いや! やっぱり痛いのは勘弁してくれ、先生。何をするっていうのか知らないけど』
実際のところ、ユキが結河にしてもらいたがっているような意味不明な儀式を、異界潜たちはしばしば必要とする。ゲン担ぎ、実際に異界を変化させるため、何もやることがないから、何かをしなければならないのにその何かが分からない、そういった場合に行われる呪術的儀式。異界がそれに実際的な力を与えることを期待した迂遠な手続き。結河は今回、そのために使われる儀式アプリ〈
この儀式が終わった時、何も起こらないかも知れないし、ユキは肉体を取り戻すかも知れない。あるいは彼の幻は、跡形もなく消え去るか――いずれにしても、自分はこれを今後も続けるだろう、と結河は確信している。
異界に風が吹き、積み重なったブラウン管に赤い光が射した。外にいた異界潜たちは同時刻、一斉に空を見上げる。夜空が真っ赤に染まったような気がしたからだ。それも一瞬後には消え去り、ただ静寂だけが残る。
そうして、儀式は終了し――それから二人がどうなったのかは不明だが、そこいらの暗がりやネットの過疎掲示板で、怪しげな儀式を請け負う白衣の呪医や、ガスマスクを付けた少年の幽霊の話が、退屈な異界潜たちによって少しの間、囁かれた。彼らがまた異界の外に現れるか、あるいは以降、忽然と消息を絶ち永久に忘れ去られるか、いずれの可能性も、まだ現実に形を成してはいない。どちらにしても、異界は今日も拡大し、無数のコードが、異界からこちらへ何かを送り込むために、増殖を続けている。
異界潜 澁谷晴 @00999
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