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刀は武士の魂、だから自分は魂の一部をファンの皆におすそ分けする。我が身と共に異界へ潜り、エラーを排除せよ。のたくるコードと、蒸気を上げる謎の機械に埋め尽くされた自室で往田チヅルは両目をぎらつかせながらそう捲し立てた。視聴者は、人気低迷でおかしくなったのかと思ったが、後日、どうやって住所を調べたのか、視聴者たちの所へ往田チヅル名義で着払いの贈り物が送り付けられた。その中身は一振りの直刀であった。いったいこれはどういうことか、そう思って慣れない手つきで抜剣すれば、妖しく光る刀身が露わになる。そしてファンたちは、その足で異界へ向かい、狂ったように突き進んだ。
無数にばら撒かれた〈往田チヅル〉の分身たる正体不明の刀剣は、異界潜を増やす役には立ったが、ファンたちはそちらに専念し人間の方の往田チヅルへの興味を失い、彼女はまた金切声を上げることとなった。
【この時ファンに送り付けられたのが第一世代で全部直刀、第二世代以降は一般的に刀って言った時イメージするような、反りのある打刀タイプのも出てきて向精神作用も多少マシになってるとは言われてる】
スミレの依頼に関する調査を行うため結河はネットワーク上での調査を行っている。
スミレの本名が
「〈先生〉、この先でエラーが発生してる、〈エラーコード八二一〉、あのドラム缶みたいな奴だ。あたしが突っ込んでも良いけど、増援が来るまで待った方がいいかもなぁ。おたくの判断に任せるわ」
薄暗く、コードと配管に縁どられた通路、それらが接続する大空洞。ブラウン管が照らし出すそこを、
オオヤマだかトオヤマって名前の新入りが判断を仰ごうと結河を見た。待とう、と言うつもりだったが、その前に周囲のブラウン管が砂嵐から赤い光に切り替わる。新たなエラーだ。ヤバそうなんで撤退、と言う前に結河は走り出していた。他のメンバーも後に続くが、その直後、更に強い光が全てを飲み込む。発生源不明の強烈な赤、脳みそまで染め上げるほどの異常な閃波。半数のメンバーがそれで消え失せた。その一週間後、スミレからメールが届き、住所が変わったという旨を告げられる――具体的にどこへ行ったのかは聞いていない――その後、彼女からの直接の連絡で、あるいは人づてに、結河は異界関連の依頼を請け負っている。
「〈往田チヅル〉は一振り持ってたんだけど、僕は長物の方が安心できっからそっち使ってるんだよね、だから譲るってのは別に構わねぇんだけど」ブラウン管モニターに映ったのは金髪の少年で、口調はところどころ荒いが、人好きのする目を細めた笑顔と柔らかな声で癒される雰囲気だ。この少年は鎧谷区
銅門区では出回っていない物品も、鎧谷の方では比較的ありふれている。区を跨ぐと何故か特定の物品がなかなか手に入らなくなるし、情報も霞がかって不明瞭になる。異界が間に立ちふさがって区切っているからだろうか。この断絶を、他の様々な怪奇現象と同じく誰もロクに意識してない。買わなきゃならない消耗品を家に帰ってから思い出すみたいに、延々手に入れられない状況が続く。
スミレの依頼で往田チヅルを探していたところ、異界用武器についての掲示板でこの少年と出会った。少年は「同じサークルの、たまにしか会わなかった先輩に貸してたんだけど、その人物はいよいよもって行方不明になっている」という迂遠な話をし始める。彼を見つけ出すことができたのなら、その脇差タイプの〈往田チヅル〉は譲渡すると言った。
その先輩の情報として、何度もコピーしたかのように、やたらと画質の粗い紙をさらに撮影した、解像度の低い画像データが送られて来た。消えたスミレの依頼をレインコートの少年から下請けされ、更にその過程で行方不明者の探索を請け負うこととなった。曲折している。異界関係の出来事には付き物で、既に異界に足を踏み入れているも同然だ。ふと、結河はネットカフェの薄暗い天井を見上げる。照明はコードの束に阻まれてほぼ機能していない。
資料に添えられた写真の首から上は黒く塗りつぶされているが、住所と姓名は明記されている――本名は
ごてごてとした通信機械と〈ヤカン〉や〈ラッパ〉を誇示するかのように抱えた〈二級〉――いわゆるプロの異界潜――の部隊、携帯端末を見ながら歩く学校帰りの生徒、道の端で何かを囁いているグループ――それらとすれ違って歩いていると、人混みのど真ん中から、一直線にこちらにやって来る相手がいた。エコーのかかったような、加工された声が彼の口から発せられる。
『オレを探していたんだな、そうだろ? 異界からの閃波はちゃんと知らせてくれた。こっちから出て行かないと、あんたはさらにおんなじ所をウロチョロする羽目になったからな。迷路なんてのは壁の上登っちまえばいいのさ……で、あんたに頼みがある、これを渡すのと引き換えに』
そう言って新聞紙に包まれた細長い品物を差し出したのは、肋骨がデザインされたパーカーと、ガスマスクを着用した若者だった。花粉症がひどいもんでね、などと笑いを含んだ声で話す。
『あんたにはオレの治療をしてもらいたいのさ、先生。ああ、花粉症じゃなくて。オレの本質に関わる話なのさ』
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