異界潜
澁谷晴
■■1
ある瞬間、空が真っ赤に染まっていて、驚いて顔を上げるとその毒々しいほどの色は消えている。幻覚なのか、何らかの気象現象なのか不明なその〈昼焼け〉が見られるようになって久しい。今日も、通行人たちが時折この現象を認識してか空を見上げる中、白衣を着た青年が如月駅北口の、コードに絡めとられた人型の像――地元の偉人なのか架空の誰かをかたどった芸術作品なのか今となっては不明――の前にやって来る。ほどなくして、晴れなのにレインコートを着た中学生くらいの少年が現れて近寄って来て話しかける。「先生、まずブツをくれよ」青年は頷き、紙幣と引き換えに小さな品物を手渡す。
〈先生〉と呼ばれた白衣の青年の本名は
結河が少年に売ったのはキャラメルの箱で、中には
少年はぼそぼそと、鎧谷の方で起こったという出来事について話し始めた。向こうでは異界に侵食されてビルや高架がいくつも意味不明な機器群に飲み込まれ、人の住めない状態になった地区さえあるらしい。そこに集う異界潜たちも危険極まりない異常者ぞろいで、敵対するグループのメンバーを刺したとか、配信にウィルスが仕込まれてて見ただけで狂うとか、異界内で侵入者を殺して内臓を抜き取って密売してるとか、物騒な評判が流れていた。
中には呪術を使ってネット回線越しに首を刎ねるとか、怪獣を召喚して一区画丸ごと更地にするとか、現実を書き換えて気に入らない相手が最初からいなかったことにしてしまうとか、荒唐無稽な超能力を使う異界潜もいると囁かれている。結河は、鎧谷が治安が悪くて汚い街なのは事実だが、断片的な情報をもとに誇張されていたり、誰かが悪ふざけで大袈裟に話したりしているのだと解釈している。
鎧谷で有名な
「そうだ、スミレさんからの依頼で……〈往田チヅル〉を一振り、欲しがってる人がいるってさ。状態はどうでもいいって」
結河は頷き、用意できるともできないとも答えずに去っていく。少年は空を見る。雨が降りそうな気配はない。そのことを少しばかり残念に思いながら、彼は駅の中に入っていく――雨が降るからレインコートを着るんじゃなく、レインコートを着るから雨が降ればいいのに。
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