田舎のJK岐路に立つ
碧月 葉
田舎のJK岐路に立つ
「1,500万円っ」
田んぼや畑が両端に広がる細い道の真ん中を、私は自転車で爆走する。
辺りは既に真っ暗だけれど、ハイパワーのヘッドライトは、私の行先を頼もしく照らしてくれている。
部活も塾も終えて家に帰る時間はいつも9時過ぎ。勉強、部活、勉強、部活……息抜きはほんのちょっとの毎日は結構忙しい。
「進学費用は、4年間で最低1,500万円はかかる。家の人と念の為もう一度確認しておくように。奨学金が必要な場合は早めに相談してくれ」
今日のホームルームで先生が言っていた。
1,500万円。
知ってはいた。
寮に入るなど対策をしてもなお、少なくともその位かかるって。
うちも余裕がある訳じゃない。
いざこの選択の時になって、考えれば考える程、進学にその価値があるのか……頭の中がぐるぐるしてしまう。
ゲコゲコゲコゲコクワックワッ……
蛙の合唱をBGMに愛車を飛ばしていくと、ふわふわ踊る数匹の蛍とすれ違った。
草陰にも光の粒? と思ったら、ピョーンと狐が飛び出してきた。
慌てて急ブレーキをかける。
「もう、びっくりさせないでよ」
文句を言う私を一瞥すると、狐は瞳をキラリとさせ、畑の奥に消えていった。
ほんと、田舎だと思う。
でも嫌いじゃない。
私の所属する部活は「放送部」。
小さい頃から「声が可愛い」と褒められてきたのを真に受け、アナウンサーになるのも良いな……なんてふわふわした動機で選んだ部だった。
実際に入ってみると、先輩たちは優しくて、ひとつのものをみんなで協力して作っていくのが楽しくて、私は話すことより作る事に夢中になった。
3年生になった今年、私たちはラジオドキュメントを制作した。
作品タイトルは『僕らのふるさとは消さない』。
少子高齢化、地方都市の人口が減少などを高校生の視点から語ったもので、地方大会で入賞する事が出来た。
7分の作品を作るのに、たくさんの人の話を聞いた。
店も遊ぶ場所が少ない、魅力的な働く場所がない、給料が安い……というネガティブな声。
美しい自然、美味しい食べ物、ゆったりとした暮らし……というポジティブな声。
作品自体は、まぁ、作品なので希望を感じるラストにしたのだが、自分の将来を考えた時、現実の厳しさが身に染みる。
ただ、なんだかんだで、私はこのまちが好きだ。
この空気、この音、この匂いが好きだ。
ここで生きていきたい。
でも、大学には行ってみたい。
けれど、大卒のメリットが、就職する際の選択肢の幅の広さ事や賃金だとするならば……田舎に帰ってきたい私にとって進学の価値はごく低いように感じる。
事実、田舎の就職口は限られており、大卒が重宝されるとは限らないのだから。
……戻ってくるならコスパが悪い。
あーあ、どうしよう。
.・*・.・*・.・*・.・*・.・*・.・*・.・*・.・
宿題を終えた私は、ベットに転がって「進路希望調査書」を眺めていた。
行きたい学校、それを安易に書いても良いものか。
家から通える距離に沢山の大学がある都会の子が心底羨ましい。
答えを出せないままゴロゴロしていると、スマホが震えた。
彼氏からだ。
「
「寝る前に
「またまた、すぐそういう事言う」
「ほんとだよ。それと、穂香の進学希望先を念の為確認したくてさ。M大とTN大って書くで良いんだよな」
「え、本気で私と同じ学校受けるの?」
「だって同じ学校に行きたいじゃん。体の距離は心の距離を生むっていうから、出来るだけ近くが良いだろ。あ、大丈夫、学科は違う所にするからライバルにはならないよ」
コイツ、本気だ。
私の友人が陰で「溺愛執着王子」と呼んでいるのが嫌でも分かる瞬間である。
「あのさ光希、世界は広いんだよ。大学に行ったら私より素敵な女の子、きっと沢山いるよ。私基準で進路選択したら後悔しかないと思うけど」
「後悔なんてする訳ないし。穂香が絶対に一緒は嫌だって言うなら泣いて諦めて近くの学校探すけど、そうじゃないなら一緒の所にいくから」
恐ろしい奴。
光希は小学生の時から知り合いだったが、付き合ったのは高校に入ってから。
「ずっと前から好きでした。穂香さんがいるからこの学校に来ました」
という、ストーカーじみた重たい告白をされたのだ。
真面目だし、少しツンとしたクールな見た目も好みではあったので、付き合いはじめて今に至る。
今では、私もまあまあというか……悔しいけれど、かなり好きだ。
「進路はね、正直迷ってる。私は将来ここに住みたいと思うの。お父さん、お母さんが一生懸命守っている田んぼや畑を、私の代で終わらせたくないなって。だったら、このままここで働いた方が良いかも、大学進学ってコスパが悪いかもって思い始めてる」
「成る程ね、俺はどっちでも良いよ。穂香のいる場所に俺は行くから」
「ちょっと、何言ってんの⁈ 光希せっかく勉強出来るのに勿体ないよ。可能性を自分で潰さないで」
「それは穂香も言えるよ」
光希の声が少し真剣味を帯びた。
彼は続けた。
「確かに、今の時代先行きなんて分からないし、大学に行ったから上手くいくなんて事は全然ない。でも、穂香が言うように可能性は広がる。コスパが悪いと考えるのは現状からするとって事だろ。その現状を変える力を得るために上の学校に行くって事もあるんじゃない?」
「変える力?」
「そう、世界は広いんだろ? 俺らがまだ知らない事、気づかない事に溢れてる。色々学んで、穂香が事業を興しても良い訳だしさ」
「光希、結構熱い事言うね」
「俺の望みは穂香と幸せになる事だから。後悔の少ない決断をして欲しい。それだけだよ」
後悔……やらない後悔より、やった後悔の方がましかな。
「光希、どうしてくれるの? 行きたい学部増えちゃったんだけど……明日学校で相談しても良い?」
「いつでも大歓迎。
「だから、直ぐにそういう事言う!」
電話の向こうで光希が笑っている。
「光希、電話ありがとう。もやもやがスッキリしたよ。じゃあまた明日ね、おやすみなさい」
「どういたしまして。おやすみ。愛してる」
通話は終了した。
不覚。
真っ赤になってしまった。
光希にとってはしてやったりという所だろう。
なんか悔しい。
ケケケケ……ケロケロケロケロ……
窓の外からは唄う声。
数年間、この大自然のBGMを絶って、自分の可能性にかけてみるのもありか。
私は暗闇だった道に光が灯ったような、そんな心地で眠りについたのだった。
田舎のJK岐路に立つ 碧月 葉 @momobeko
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