第6話 大団円

 そんな匂いフェチだと最近思うようになった、板倉だったが、

「自分が匂いフェチだ」

 ということに気付いたのが、

「夢の中だった」

 ということと、

「匂いというものが、嫌だとは思わなくなったのが、次第に時間とともに」

 ということに気付き始めたというのも、何か皮肉な感じがするのだった。

 ゆかりの匂いが次第に薄れていくのを感じると、今度、思い出したのが、

「つかさの匂い」

 だった。

 ゆかりが、金木犀のような甘い香りだったのと違い、つかさの香りは、

「柑橘系の香り」

 だった。

 部屋の芳香剤にも、柑橘系を使っていたので、さほど、意識はなかったが、つかさのしていた香水の香りは、違和感がなく、スッと入ってこれるものを感じた。

 匂いの心地よさを、さりげなく感じられるようになると、

「これほど、自然な関係もないな」

 と思うようになった。

 何といっても、

「癒しの時間を、買っている」

 というと、違和感があるように感じるかも知れないが、実際問題として、

「それ以上でもそれ以下でもない」

 と言ってもいいだろう。

 つかさの柑橘系の香りを嗅いでいると、

「つかさの身体がいとおしい」

 という瞬間を思い出して、たまに、身体が反応することもあった、

 思い出すことは、しょっちゅうなのだが、身体が反応するというのは、そのうちの少しだったのだ。

 別に、あの時の、

「飽きた」

 というのが現認というわけではない。

 どちらかというと、

「つかさとは、普通の付き合いをしてみたい気がするな」

 という感覚だったのだ。

「もし、つかさが彼女だったら、どんな交際になるだろう?」

 と思うと、

「ゆかりとのようなことはないような気がする」

 と思うのだった。

 つかさと一緒にいた時を思い出した。

 一緒にいる時は、あの部屋を。

「狭い」

 と感じたことはなかった。

 他の店を知っているわけではなかったが、

「ちょうどいい広さ」

 だと思っていたが、少し足が遠のいてしまうと、

「ああ、だんだん狭くなってくるような気がするな」

 と思うと、バーでいつも一緒になる女性を気にしていると、

「やはり、つかさに似ている気がするな」

 と感じるのだった。

 化粧が濃いというわけではないが、いつものつかさのように、

「ナチュラルメイク」

 というわけでもない。

 店内が暗く。その明かりで、見える、

「光と影」

 それが、印象深く感じられるのだった。

 そして、彼女を見ていて、つかさに感じていたのも、柑橘系の香りだと思うのだった。

 想像が許されるのだったら、

「そういえば、つかさには妹がいると言っていたが、この女性が、つかさの妹だと思うというのは、あまりにも突飛なことだろうか?」

 と思ったのだ。

 さらにもっというと、ゆかりにも、どこかつかさに似たところがあった気がする。

 だから、隣の女性を見て想像したのが、

「ゆかりとつかさ」

 だというのも分かる気がする。

 もっとも、板倉には、思い出す女性というと、この二人しか思い浮かばないのだから、それも当たり前のことだと言ってもいいだろう。

 それを思うと、

「どっちが、より近いのだろう?」

 と思うのだが、見れば見るほど、

「甲乙つけがたい:

 と感じるのだ。

 二度と会うことができず、遠い過去にありかかっている、ゆかりであるが、この店にきて、彼女の顔を見ていると、

「嫌でも思い出してくる気がするのだ」

 と感じていた。

 もちろん、つかさに対してのイメージの方が圧倒的に高い。いつでも会おうと思えば会えるわけだし、身体も重ねた仲だというのは大きいだろう。

「身体を重ねたといっても、それは商売上のこと」

 と言われればそれまでだが、板倉には、いや、つかさの方でも、

「それだけの関係ではなかった」

 と感じるだろうことを、想像していた。

 彼女が、

「何か、つかさの影響を、大なり小なり受けている」

 ということであれば、板倉の中で、つかさへの思いが大きくなってくることを感じたのだ。

「ゆかりの妹は、姉に対す手コンプレックスを持っている」

 という話を聴いたことがある。

 しかし、今はもう、その姉がこの世の人でないということで、コンプレックスは解消さ荒れたと思っていたが。実はそうではなかったという。

 あくまでも、コンプレックスというものは、自分で解消しなければいけない。

「他力本願」

 であったとすれば、自分でも、

「どこまでが、コンプレックスなのか分からない」

 もっといえば、

「コンプレックスの正体を分かろう」

 としていることを放棄する。

 という感覚だと言ってもいいかも知れない。

 妹は、

「姉がいなくなったことで、自分が何を目指していいのか、その目標を見失ったのだ」

 ということだという。

 そして、家族に聞けば、

「家出をして、今どこにいるのか分からない」

 ということでもあった。

 昔、妹と会ったことはあったが、まだ、高校生の女の子で、眼鏡を掛けていて、頬も赤かったことから、

「田舎の女子高生」

 というものを地で行っている。

 という感じだったのだ。

 あれは、いつだっただろうか? つかさとの何度目かの時であったが、

「実は、私には姉がいて、亡くなっているのよ」

 ということであった。

「どこか、境遇が似ている」

 ということで、余計に、つかさのことを意識したのかも知れない。

 しかし、つかさは、

「絶対に、自分の正体を明かすことはしないが、何か分かってもらいたいことでもあるかのようだ」

 と思うようになっていた。

 それがどういうことなのか?

 そのことを考えていると、最近のバーで見かけた女性の顔を見ると、

「どこかで見たような」

 と感じさせられた。

「板倉さん?」

 と名前を呼ぶ、彼女に、ビックリして振り向くと、その顔は、つかさではないか?

「つ……」

 と言いかけると、それを遮るように、

「私は、新宮ゆずはと言います」

 というではないか?

 その時に、つかさに感じた柑橘系の匂いを感じた。

「いや、待てよ?」

 と、次の瞬間には、金木犀の懐かしい香り」

「ゆかり」

 と、思うと、板倉の頭は混乱してきた。

 いまにも、

「カオス」

 という雰囲気で、

「ゆずは」

 という女性を見ていると、頭がパノラマのようになってくる。二度と会うことのできない、ゆかりのイメージ。

 そして、彼女がつかさだと思うと、

「つかさという女性とも、もう二度と会えないような木がしてきた」

 と感じた。

 だが、今、目の前にいるのは、ゆずはという女性である。

 彼女には、

「つかさであり、ゆかりでもある」

 という感覚が現れているように思うのだが、それは、

「ゆかりという、太陽のような女性が死んだことで、ゆずはの中で覚醒が起こり、影としての、つかさができあがり、つかさは、影の力で、板倉を呼び寄せたのではないだろうか?」

 ということを考えるのだった。

 もちろん、ゆずはは、ゆかりでも、つかさでもない。ただ、二人をそれぞれに、

「愛していた」

 と思ったのだ。

 だが、

「二人は死んだのだ」

 と思うと、あらためて、ゆずはの気持ちが分かるような気がした。

 板倉は、ゆずはに対して、

「これは、どうもご丁寧に。初めまして、板倉と申します」

 というのであった……。


                 (  完  )

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ゆずは 森本 晃次 @kakku

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