台地のアンディーと鳥

 ヨルミナはフタオミの手を引いて走り出した。人間の何倍もの速さで疾走する二人の背後に砂埃が立ち、途中で加わった仲間たちと一緒に台地の廃ヘリポートへ向かう。鉄塔が見えてきたときには、総勢二十人近くになっていた。


 待機状態にある労働用アンドロイドは、目的を持った者に行動を影響されやすい。自らやることを見つけ出す四桁アンドロイドのヨルミナは少し特別な存在だった。けれど、影響力が及ぶのは労働用アンディーだけで、ヘリポートで泣きじゃくる子どもの姿をした愛玩用アンディーたちには何の変化も起こさない。彼らに対して影響を持つのは所有者のみだ。


 高さ五十六メートルの四本の鉄塔の中央に、愛玩用アンディーたちが集まっていた。台地からの眺めは南東から北北西にかけて地平線、残りは穏やかな稜線。緑はまったくなく、見えるのは埃っぽい道と埃っぽい街、何もない荒れ地だけが広がっている。


 愛玩用アンディーの割当居住区である680地区からはかなり離れているのに、彼らの間では鉄塔に迎えの便が来るという噂が広まっているらしく、強引に連れ帰っても次の日にはまたここに戻っている。


 台地に聳え立つ鉄塔には数台ずつカメラが取り付けられ、それは今も作動中だった。撮影されたものはスペースコロニーのホロヴィジョンで放映されているらしいが、ヨルミナはホロヴィジョンというのを実際には見たことがない。そんな話をすると、富豪と暮らしていた愛玩用アンディーは世間知らずと馬鹿にする。


「迎えに来たよ。お家に帰ろう」


「ぼくらが帰るのはあそこだよ」


 一人の男の子が空を指し、次々に同じような声があがったが、スペースコロニーは今ちょうど地球の裏側あたりに位置するはずだ。正直に言えば、愛玩用アンディーは人間よりバカなんじゃないかとヨルミナは思う。以前フタオミにそう話したら「馬鹿な子ほどかわいいって言うだろ」と返って来た。愛玩用とはそういうことだ、と。コロニーとの通信が遮断されたら、この子たちの依頼心はどこに向かうのか。忠犬ハチみたいに、ずっとここに居座り続けるのだろうか。


「ねえ、君たち。アンドロイドはスペースコロニーに行けないんだよ。ここにいたらいつ砂嵐が来るかわからない。スクラップになったらパパにもママにも会えなくなっちゃうよ」


 そのとき「来た!」とヨルミナの後ろにいた子が叫んだ。「あれは違う、鳥だよ」と別の子の声が続く。


 北側の鉄塔のすぐ上を飛んでいくノスリのような茶色い鳥は、とてもロボットには見えなかった。けれど、ヨルミナやここにいるアンドロイドも一見してロボットとはわからない。


「ねえ、フタオミ。あれの通信を妨害したら捕まえれるかな?」


「なんでそんなことするんだ?」


「ペットだよ。きっと鳥以外にも監視ロボットがいると思わない? 哺乳類は見かけないけど、カエルとかトカゲは時々見かけるよね。虫はたくさんいるし」


「たくさんいる虫ってゴキブリのことか? あれは本物だろ。ヨルミナ、ゴキブリをペットにするアンドロイドなんて聞いたことないぞ。人間でもそんなやついない」


「ゴキブリは駆除しなきゃだけど、カエルくらいならいいじゃん。もしロボットなら餌もいらないし。カエル探しするの楽しそうじゃない? どうせ待機中なんだから時間はあり余ってるでしょ」


 ヨルミナが無邪気な顔でフタオミに言うと、彼は「そうだな」とニヤついた顔でうなずいた。自分の提案した目的で、フタオミの顔がいつもより生き生きするのがヨルミナにはうれしい。


 そのときワアッと歓声があがり、光が空を横切って地平線の向こうに消えた。「お仲間の帰還かな」とフタオミが言う。そのあと大人のアンディーが子どものアンディーを抱きかかえて680地区に向かう途中、『速報/地球へのアンドロイド送還完了』と視界の端に文字が流れた。

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世界の終わり(その断片) 31040 @hakusekirei89

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