人類脱出劇場『世界の終わり』と最終便の搭乗者

「久那ちゃんは愛玩用アンディーのことは口酸っぱく言ってるけど、俺たち労働用アンディーが〝世界の終わり〟の後にどうなるかはひと言も口にしないよな。植林用に製造された二百から五百番台のアンドロイドは待機状態。やることと言えば日光浴と散歩と久那ちゃんを拝むことくらいだ。俺はヨルミナとペア組まされてラッキーだったよ。目的を与えてくれる四桁の存在はありがたい」


 同じような話をフタオミから何度も聞かされていたけれど、ヨルミナには目的を他者から与えられなければ何もしないという感覚は理解できなかった。そして、死を目前にした介護対象に接するように、フタオミへの言葉を考える。


「久那キャスターのことだから、きっと〝世界の終わり〟の後にはサプライズみたいな〝新世界の始まり〟を用意してるよ。『おはようございます。新しい世界の第一日目を迎えました』ってコスプレでクラッカー鳴らすと思う」

 

 フタオミが「あり得る」と笑う隣で、ヨルミナも笑いながら思考を続けていた。なぜ、久那は『世界の終わり』という言葉を使い始めたのか。


 久那が『世界の終わりまで◯日となりました』と招き猫のコスプレで言ったのが、『世界の終わり』の始まりだった。それが人類の地球脱出完了予定日であることはすぐに判明したが、その言葉を選択したことについて人間からもアンドロイドからも否定的な意見があがった。一部の人間からは『世界はすでに終わっている』と、身も蓋もない言葉が飛び出した。実際、とっくの昔に人間が無装備で過ごせる環境ではなくなっているのだ。


 〈人類脱出完了=世界の終わり〉は正しくても、『世界の終わり』という発言に反発が生まれることは久那なら予想していたはずだった。つまり、敢えて反発が起きるような言葉を選んだということ。それはなぜか。


「ねえ、フタオミ。久那さんはどうして『世界の終わり』なんて言い方をしたのかな」


「視聴率上げるためじゃないの? あのコスプレだってそうだし」


「あっ、なるほど。人間向けのエンタメを盛り上げるためってことか。終わりかけた世界にはあと数人の人間が取り残されていて、それが終わりの日に無事脱出することで物語は完成する。悲壮感を演出したかったんだ」


 ヨルミナたちが生きた人間を目にするのは、最近ではテレビの中だけになった。人間たちのコロニー移住拒否運動が盛んだったのはもう◯十年前のはなし。若い世代はスペースコロニー統括室のプロパガンダにより移住を自由と錯覚して自らスペースシップに搭乗し、年寄りは枯れた大地に執着したまま年老いて死んでいった。後者はある意味本望だろう。


 管理局の公式発表ではスペースコロニー移住待機者はあと数百人程度ということだった。スペースコロニーから他の惑星への移住もようやく始まり、地球は『居住不適当地』として廃棄されるのだ。地球はもはやアンドロイドの星みたいなもので、いずれはアンドロイドの墓場になる。


 植林作業が再開できる環境になるまでに何人のアンドロイドが故障せず持ちこたえることができるのか。修理部品はスクラップ判定されたアンドロイドのものを使うから、今後アンドロイド人口は減少の一途をたどることになる。


 ヨルミナは想像する。かつて地球と呼ばれた星に再び緑があふれ、青く澄んだ海が蘇り、どこかの星からやってきた生命体が発見するのは朽ちかけたアンドロイドが黙々と木を植える姿――そんなSF小説みたいな未来を。


「主役は久那ちゃんだな」


 想像にフタオミの言葉が入り込んでヨルミナの思考が一瞬フリーズした。


「主役?」


「世界の終わりからの脱出劇の主役だよ。久那ちゃんは最終便に乗るはずだから」


「えっ? 地球に残留してもみんなでがんばろうっていつも言ってるのに」


「ヨルミナはそこらへんの情報に疎いんだよ。最終便に乗るのはM氏ジュニア。つまり、世界の終わりってのは久那ちゃんの所有者が地球から脱出する日ってことだ。M氏ジュニアくらいの権力者なら、統括部や管理局の許可なしに所有アンディー一体くらい連れてけるだろ」

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