電車で傘をぶつけてくる人なんなん?

渡辺よしみ

「変わる街、変わらない傘」


街の息吹を取り戻して


2020年代の初頭、東京の街は一度、その喧騒を失った。人の足音が消え、歓声が途切れ、街灯の明かりだけが寂しそうに瞬いていた。しかし、それも過去の話だ。数年の時が流れ、ようやく人々は街に戻り始めた。マスクを外した笑顔が行き交い、観光客のカメラのフラッシュが夜の新宿を明るく彩る。


新宿駅では改修工事が続き、見るたびにその姿が変わっている。電車も進化を遂げ、各駅停車や特急列車、新型の特殊車両が導入されるなど、鉄道網は多様化していた。それでも、人々の動きはどこか変わらない。エスカレーターの左側に立ち、降りる人を優先して電車の扉の脇に寄る姿は、もはや東京の日常の一部だ。


街が変化する中で、日本文化特有の仕組みも生き続けている。例えば、女性専用車両。多様性やジェンダー平等が叫ばれる現代において、この仕組みは賛否両論だ。それを見た外国人観光客が驚いた表情を浮かべる光景も珍しくない。一方、カリフォルニアではトイレを男女共用にすることで差別をなくそうという動きが進んでいる。これに「無理」と答える日本人女性は多いだろう。しかし、その一方で、マイノリティの人々、例えば性自認が曖昧な人々が抱える悩みも無視できない。


こうして街は少しずつ変わっていく。新技術が登場し、古いものが淘汰される。自動運転の車や会話するスピーカーなど、かつてはSF映画の中だけだったものが、今では当たり前のように街を走り、家庭に置かれている。


だが、その中で変わらないものもある。


傘という不変の道具


例えば傘だ。江戸時代にはすでに存在していたと言われるこの道具は、現代に至るまで大きな進化を遂げていない。ビニールやアルミ、プラスチックといった新しい素材が導入されたり、折りたたみ式や自動開閉式が登場したりと、細かな改良は加えられている。しかし、それは馬車が自動車に進化したような劇的な変化ではない。


傘という道具の最大の課題は「濡れた後」の扱いだ。特に、雨の日の満員電車では、この問題が顕著に現れる。傘を片手に乗り込む乗客たちは、時にその存在を忘れ、周囲に不快感を与える。濡れた傘が膝に触れ、冷たさと不快感を与えるたびに、私はこう思う。


「自分の傘が他人に当たっていることを考えないのだろうか?」


こうした疑問を抱きつつ、私は傘攻撃への対策を試みることにした。


ケース1:手持ちの傘でガード


その日、私の膝を狙ったのは、年配の女性だった。彼女は使い古したビニール傘をカバンに掛け、眠りながら何度も傘を私の膝にぶつけてきた。濡れた感触がじわりと膝に伝わるたびに、私は苛立ちを募らせた。


「こうなったら、自分の傘で応戦するしかない。」


私は手持ちの折り畳み傘を膝の上に置き、女性の傘をそっと押し返した。しばらくの間、ガードは成功していたが、電車の減速と加速に合わせて傘が左右に揺れ始めると、再び膝を狙う攻撃が始まった。振り子のように動く傘に翻弄され、私はついに声をかけた。


「すみません、傘が当たっているので移動していただけますか?」


女性は驚いた顔を見せたが、すぐに傘を移動してくれた。直接的に伝えることの重要性を改めて感じた瞬間だった。


ケース2:カバンでガード


次に試したのはカバンだった。30センチほどのカバンを盾として膝に置き、濡れた傘から守るという作戦だ。ある雨の日、目の前に立ったサラリーマンがビニール傘を持っていた。彼は無造作に傘を動かし、まるで膝を狙っているかのようだった。


私は膝に置いたカバンを少しずつ前にスライドさせ、傘と膝の間に隙間を作った。その結果、濡れた傘の攻撃をかわすことに成功。カバンという盾の有効性を実感した。


ケース3:人差し指でガード


最終的にたどり着いたのは、自分の体を使った対策だった。傘攻撃を避けるために、人差し指をそっと伸ばし、傘が膝に触れるのを防ぐという方法だ。ある日、濡れた傘が膝を狙う動きを見せた瞬間、私は自然な動作を装いながら指を伸ばし、わずかな隙間を作った。


これにより、膝を濡らさずに済んだ。さらに、中指を加勢させて二本指でガードすることで、より安定した防御が可能であることも発見した。


結論:直接伝える勇気


さまざまな対策を試したが、最終的に最も効果的だったのは、傘をぶつけてくる相手に直接注意することだった。濡れた傘が膝に触れるたびに、「傘が当たっているので気をつけてください」と伝えることで、多くの場合は解決する。


だが、この方法には勇気が必要だ。相手が不快な表情を見せることもあるし、時には無視されることもある。それでも、濡れた膝で目的地に向かうよりははるかに良い。


変わらないものの価値


傘という道具は、街が変わり続ける中でもその形をほとんど変えていない。それでも、日常生活において欠かせない存在だ。進化しないものにも価値がある。ただ、その使い方次第で他人に迷惑をかけることがあるという点に気づくことが、私たちに求められているのかもしれない。


今日も雨が降る。傘を持つ人々が電車に乗り込む光景を眺めながら、私はそっと人差し指を伸ばす準備をするのだった。

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