第3話

どうやらバズったらしい。


一度スマホの電源を落とし、そのままスマホを家に置いて心を落ち着けるために近所をぷらっと散歩してきた美月。30分ほどで散歩から帰宅した彼女は改めてスマホの電源を入れて現実を直視する。


再び立ち上げたSNSにはこの数十分だけで百を超える通知が飛んできていた。とんでもない勢いだな、これなんて思いながらもいつも通り腹は減る。途中だった朝飯の準備を手早く終わらせた彼女はパンをはむはむと食べながらも考える。さてどうしたものか?と。


こんな時でも腹が減るってのは何か良いななんていつものマイペースさを崩さないままにスマホを見ながら状況を整理する。要するに昨日助けた三人娘が美月が知らないだけでとても有名人だったのだ。


そして配信が切れてなかった。まぁ確かに有名人が命の危機に晒されでもしたらバズりもするか。良くも悪くもグロ系の動画も一定以上の需要がある。元からの三人娘の認知度に加えて状況が味方したのだろう。


そんな時に現れたのが美月。さっそうとドラゴンを倒す彼女はさぞ絵的には美味しかっただろう。SNSやネットニュースなどを確認し終えた彼女は食後のコーヒーを飲みながら納得していた。


状況は分かった。これならほっといてもしばらくすれば落ち着くだろう。人の噂も七十五日とも言うし。そんなふうに事ここに至っても冷静な彼女だったが。


「……くふっ」


ある記事をみると堪えきれない笑いを漏らす。彼女の友人が見れば一言「キモい」とでも言うかもしれない。だが美月は嬉しかったのだ。彼女が撮影した写真がエクスタの公式サイトでも早速採用されており、そのたった二枚の写真も今回の件で大きく取り上げられていた。


「覚悟と弛緩」


確かに今回の美月が披露した探索者としての圧倒的な実力が話題の中心ではある。だがそれと同時に彼女が撮影した二枚の写真もとても話題になっていたのだ。


エクスタの3人娘が文字通り死の覚悟を決めた圧倒的な緊張感が見る側にも伝わってくる写真。そしてその後の安心感、開放感が伝わってくる写真。この二枚の写真は探索者としての日常を捕らえつつ、エクスタの三人娘の魅力をとても引き出していた。


まさにカメラマン冥利に尽きる写真である。自分が憧れた“あの一枚”に少しは近づけたのではないだろうか?そんな気分で一人にこにこしながらスマホを眺めていた美月。


しばらくは五月蝿いこともあるかもしれないがまぁなんとかなるっしょ。そんな持ち前のポジティブさを発揮させつつ、朝食を終えた彼女はいつもどおり簡単な家事一式を終わらせて仕事に取り掛かることにする。


・ ・ ・


同日夕方。探索者アイドルユニット“エクスプローラースターズ”略してエクスタの三人娘、ルリ、サキ、ヒナナたちは事務所で緊急会議を実施していた。


昨日は日曜日。まさかのドラゴン遭遇なんて探索者的にはあってはならない事故に遭遇してしまったが、美月お姉様のお陰で事なきを得た。彼女がいなかったら死んでいたかもしれないのだ。


だがそんな劇的なことがあったとしても今日は月曜日。学生の彼女たちは朝から普通に学校へ通い、やっと放課後になってから事務所に来ることができたのだ。ちなみに当然ながら学校では級友たちに質問攻めにあったのだがそれはさておき。


全員が揃ったことを確認したリーダーのルリが厳かに告げる。


「さて。まずはどうやって美月お姉様にお礼をするのかを考えましょう」


ルリがパチンと指を鳴らすと。呆れた様子のマネージャーが用意していた画面を投影する。そこに映し出されたのは昨日から今日にかけてのSNSのトレンドや切り抜き動画など。それらを順に映していきながら説明を続けるルリ。


SNSのトレンドには「#ドラゴンキックお姉様」「#カメラ女子(物理)」なんてパワーワードが並んでいる。どれも美月お姉様のことだろう。これらを見ながらルリはサキとヒナナに相談する。


「昨日の事故、みんな知っている通りめちゃくちゃバズっているわ。本当に危なかったけど、これはチャンスよ。どう動く?」


ルリの言葉に頷きながら考えを巡らすサキとヒナナ。これは彼女たちにとっても大きなチャンスではあるが、おそらく美月お姉様にとっても非常に大きなチャンスになるはず。


マネージャーに予め美月の事は調べてもらっていたが、どうやら中堅どころのダンジョンカメラマンといったところ。どうやら五年ほど前から個人でフリーのカメラマンとして活動を開始したらしい。


美月のアカウントの過去投稿なども調べてみると、二日前までは本当にどこにでもあるようなフォロワー数300程度のアカウント。細々とダンジョン研究関連の現地調査依頼などを受けながらカメラマンをやっていたのだろう。


だが分かったのはその程度。あの圧倒的な実力を説明できるものがない。アレだけの力、どう考えてもA級探索者である。いや、それを遥かにこえるS級探索者だったとしても驚かない。


実際ここ数年の探索者ランキングでは非常に不思議な事態が発生していた。すなわち日本の探索者ランキングの1位が「NO NAME」となっていたのだ。この「NO NAME」諸説あり、身分的にあえて身元を伏せている説や他国の探索者である可能性なども議論されていたのだが。


昨日の美月お姉様の動画をみた探索者界隈では彼女こそが「NO NAME」ではないかとその点でも大きな盛り上がりを見せていた。


これらの状況を踏まえたうえでルリ、サキ、ヒナナも議論の結果早々に動くことになる。鉄はアツいうちに打て。すなわち美月を呼んだうえでその日のうちに再びダンジョンアタックを決行することに決めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

銀塩の刻 けーぷ @pandapandapanda

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画