第2話
長谷部がいつものようにダンジョンをプラつき、本当に偶然ドラゴンに襲われていた探索者達を助けた翌日。
いつも通りに目を覚めした彼女がスマホを一目確認すると。
「……うん?」
通知がえらいことになっていた。なんだこれ。1000から先は数えてないぜ的なスマホ君を見た彼女はしばらく寝起きの頭でぼーっと画面を眺めた後。
「……後でいいや」
とぼそっと呟くとスマホをベッドに放り投げて洗面台に向かった。
長谷部美月29歳。スマホのあれやこれやの通知音や、ずっとそれに縛られている生活が気に入らない彼女は普段はあらゆる通知を切っている。
ダンジョンで撮影した写真をアップするためのSNSアカウントは設定しているものの、そのアカウントもフォロワーは300人ちょい。
ダンジョン研究関連で貴重な素材やエリアの写真もたまに上げているために一部の探索者や研究者からはフォローされているようだが、大したものではない。
寝起きの頭のままトイレへ行き、用を済ませた後に洗面台で顔を洗い、歯を磨き、キッチンでコーヒーを淹れつつ朝食の用意をする。
ぼっ〜といつものように朝のルーティンをこなしていた彼女だったが。
「んん!?」
頭が動き出してスマホの通知が異常な状態になっている事にやっと気づいたらしい。コンロの火を止めて慌ててベッドに放り投げたスマホを回収して通知を確認すると。
仕事用のSNSアカウントフォロワーが10万人を突破していた。
「……まじかよ」
更に友人たちからの連絡もえぐい事になっている。これはどうやら。
「バズった?」
実際にバズってみると意外と実感が湧かないものらしい、などと長谷部はやや人事な感想をもった。
・ ・ ・
昨日。三人の女の子たちがドラゴンに襲われていたのでそれをちょちょいと助け、そして写真を撮らせてもらった。
文字にするとたったそれだけの事。
三人組の女の子たち、ルリ、サキ、ヒナナは派手な衣装や装備を身につけていた事からおそらく配信者なんだろうという事までは長谷部にも予想がついた。
同年代やそれ以上の配信者たちは仕事の関係もあってそこそこに把握している長谷部だったが、ここ最近で一気に知名度を上げてきた10代のアイドル探索者の事は知らなかった。
三人組を助けたのちにお互いに自己紹介をした際、彼女達は探索者アイドルユニット“エクスプローラースターズ”略してエクスタと名乗っていた。
今はそういうのが流行ってるのか、と軽く聞き流しながら話半分程度に聞いていた長谷部だったがぶっちゃけ流行っているどころの騒ぎではない。
エクスタはとある企業が探索者向けの装備を宣伝するためにガチで作り上げたアイドルユニット。オーディションの段階から非常に話題になっていたのだが、そっち方面に全く興味がない長谷部の耳には全く入ってなかったのだ。
熾烈なオーディションを勝ち抜いた彼女達は探索者としての実力も、アイドルとしての実力も間違いないレベルだったことからデビューからわずか一年足らずで登録者数100万人を超える化け物配信者に。
そんな彼女達が初めて下層へアタックするとあって昨日の配信も大盛況。上層、中層と難なくクリアし、いよいよ下層デビューとなったタイミングでのまさかのドラゴンとの遭遇。
一般的にはドラゴンは深層以降にしか現れない。ただし確かにごく稀に下層でも確認されるのだが、まさかそんなレアケースを引くとは誰も思わない。
しっかりした装備に身を包み、実力も充分な三人組とはいえいきなりのドラゴン遭遇。明らかに荷が重い。配信を視聴していた誰もが“あ、◯んだな”と思ったのは無理のない話だろう。
とはいえこの状況だから結果的に余計に注目を集める事になったのだが。
ルリ、サキ、ヒナナの三人も初の下層アタックとは思えないほどの善戦をしたとはいえ相手はドラゴン。小細工が通用するような相手ではない。
善戦も虚しく本人達含めて誰もがもうダメだと思ったまさにその時に現れたのが長谷部だった。
突然現れた不審な女が場の空気を全く読まずにカメラを構えたところでコメント欄は一瞬止まり、そのあまりに無神経な撮影に対して大荒れ。
更にその直後。ドラゴンが放ったブレスを殴り飛ばし、更にドラゴンを一撃で蹴り飛ばした事で配信を見ていたあらゆる人達の思考が停止。
ブレスを殴り飛ばす……?
ドラゴンを一撃で蹴り殺す……?
あらゆる人々の思考を置き去りにした長谷部はそんな事はお構いなしに更にカメラで撮影を済ませると、三人娘と軽く自己紹介。
すでにボロボロになっていた三人娘を見た長谷部は一瞬悩んだものの、ここまで来たら見捨てるのも無いなと判断してそのままダンジョン外まで彼女達を送り届ける事に。
下層から三人娘を守りつつ上層までサクサクと進んでいく長谷部。その間、もちろんモンスターも出現するがあらゆるモンスターを一撃でぶっ飛ばしていく。
唖然とする三人娘をよそに長谷部はいつも通りのゆるっとした雰囲気のままでたまに写真を撮影しながら雑談を交わしつつ歩みを進める。
そしてそのまま何事もなくダンジョン外に到着。迎えに来ていたマネージャーに三人娘を引き渡すと、マネージャーさんからも名刺をもらい後日改めて正式にお礼をさせて欲しいと言われたので頷く長谷部。
別れる際には「美月お姉様、またすぐに会いましょう!」と三人娘からやたらとアツい目線を向けられていた長谷部だが、被写体に興味はあっても自分自身には無頓着な彼女。
三人娘のおかしなテンションには全く気づかずに「はいはい、またね。気をつけて帰りなよ」などと言いながらその場はそのままさらっと解散したのだが。
ドラゴン襲撃から今の今まで、全てが配信されっぱなしだった事に長谷部は全く気づいていなかったのである。
長谷部自身はてっきりドラゴンに襲われた際にでも配信は切れているのだろうと思っていたのだが。
こうして長谷部が全く気づいていないところで“お姉様”や“女王”という言葉と共に彼女がドラゴンを蹴り飛ばす動画が大バズりしていた。
ダンジョンカメラマンのワイ。最高の瞬間を求めてダンジョンを徘徊していたら最強探索者のノーネームになっていた模様。 けーぷ @pandapandapanda
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