ダンジョン最強のフリーターカメラマン、アイドルのピンチを救ったらバズりました。なお本人は撮影に夢中です

けーぷ

プロローグ:シャッターチャンスは突然に

第1話

人生を変える出会いというのは、往々にして最悪なタイミングで訪れるか、あるいは何気ない日常の隙間に転がっているものだ。


私の場合は後者だった。


大学を卒業し、なんとなく就職した会社を二年で辞めた。上司と喧嘩したわけでも、ブラック企業だったわけでもない。


ただ、ここで一生を終える自分が想像できなかった。そんな甘ったれた理由でレールを外れた私は、当てもなく街を彷徨うだけのニート――世間体よく言えばフリーターへとジョブチェンジした。


そんなある日、雨宿りついでに立ち寄った美術館でのこと。

私は一枚の写真の前で、雷に打たれたように動けなくなった。


それは、ダンジョンという非日常が日常を侵食し始めたこの現代において、最前線で戦う探索者を写した報道写真だった。


被写体は有名な英雄でも、美形のモデル探索者でもない。泥と血にまみれ、装備は砕け、おそらく死の一歩手前にいる無名の男。


だがその目は死んでいなかった。

ただ目の前の敵を噛み殺す。

その一点だけに全霊を注ぐ、極限の「生」への執着。


恐怖、焦燥、覚悟、そして殺意。


人間が社会性という皮を被っている時には決して見せない、魂の形そのものがフィルムに焼き付けられていた。


美しい、と思った。


整えられた作為的な美しさではない。

生き汚く、泥臭く、けれど何よりも鮮烈な一瞬の輝き。


「……私も、こんな写真が撮りたい」


その日、長谷部美月(当時24歳)の人生は決定づけられた。

私はカメラを買い、ダンジョンの潜り方を覚え、そして現在に至る。


あれから五年。


まさか自分が「ダンジョンカメラマン」としてバズることになるとは、当時の私は知る由もなかったのである。


・ ・ ・


「……はぁ。今日も空振りね」


西暦2029年。東京郊外に存在する奥多摩ダンジョン下層エリア。一般人なら即死、プロの探索者でも経験が浅いうちは気を抜けば死ぬ危険地帯を、私はため息交じりに歩いていた。


今日の成果はゼロ。


いや、モンスターの写真は撮ったし、珍しい発光植物の群生地も見つけた。素材として売ればそこそこの金にはなる。だが、私の心が震えるような「最高の一枚」には出会えなかった。


「そろそろレンズのローンも払わなきゃなんだけどなぁ……」


愛機であるライカM6を撫でながら、帰路につこうとしたその時だ。


「「「きゃああああああ!!!!!」」」


悲鳴が聞こえた。


鼓膜をつんざくような、若い女性の叫び声。場所はここからそう遠くない。

続いて地響きのような振動と、空気を震わせる咆哮が轟く。


「……お?」


私は反射的に駆け出していた。正義感からではない.

その悲鳴に、ただならぬ切迫感(=良い被写体の予感)を感じ取ったからだ。


現場に到着して、私は思わず口笛を吹きそうになった。


そこにいたのは、煌びやかな衣装に身を包んだ三人組の少女たち。おそらく配信者のアイドルユニットだろう。


そして彼女たちを追い詰めていたのは――全長十メートルを超える、赤黒い鱗に覆われたドラゴンだった。


「なんでこんな所にドラゴンがいるのよ!!」


リーダー格らしい青髪の少女が、涙目で叫んでいる。無理もない。ドラゴン種は本来、深層に生息する最強種の一角だ。下層に出てくるなんて、完全にイレギュラーである。


少女たちは必死だった。


盾役の子は盾がひしゃげ、アタッカーの子は足を引きずっている。絶体絶命。

死の恐怖に顔を歪ませながらも、それでも仲間を守ろうと前に出るその表情。


「――最高じゃん」


私の指は、思考よりも先にシャッターボタンにかかっていた。


ドラゴンが大きく息を吸い込む。口腔内に圧縮される膨大な熱量。

ブレスが放たれる直前。


少女たちが「終わった」と悟り、それでも眼前の理不尽を睨みつける、その一瞬。


カシャッ。


乾いたシャッター音が、戦場に響き渡った。


「え?」


少女たちの視線が、場違いな私に向けられる。

同時に、ドラゴンが灼熱のブレスを吐き出した。


全てを焼き尽くす炎の奔流が、彼女たち――の前に立った私へと迫る。


「あ、すいません。あまりにも良い絵だったんで先に撮っちゃいました。元データからお渡しするんで、内容確認してもらえますか?」


私はカメラを片手で庇いながら、左腕につけた「撮影係」の腕章を示しつつ、もう片方の手でブレスを殴り飛ばした。


「は……?」


少女たちの喉から、間の抜けた音が漏れる。


物理法則を無視して霧散した炎の向こうで、ドラゴンも目を丸くしている。ドラゴンさん、君もそんな表情ができたんだね。これも撮影しておこう。


……うん、いい表情だ。ドラゴンもまた必死に生きている。

だけど、すまない。これ以上の戦闘は撮影(しごと)の邪魔だ。


「ごめんね、邪魔しないでもらえるかな」


私は地を蹴った。音速を超えた踏み込みが、ダンジョンの地面を爆ぜさせる。

一瞬でドラゴンの懐に潜り込み、その巨体を見上げる。


「さよなら」


放ったのは、何気ない前蹴り。


しかし身体強化の魔力を極限まで圧縮したその一撃は、ドラゴンの腹を深々と抉り抜き、その巨体を砲弾のように吹き飛ばした。


ダンジョン全体を揺らすほどの轟音。


壁に激突したドラゴンは、断末魔を上げる暇もなく光の粒子となって消滅した。  あとに残ったのは、静寂と、口をあんぐりと開けた三人組の少女たちだけ。


私はくるりと振り返り、カメラを構える。


「お、その表情も良いね!!」


カシャッ、と本日二度目のシャッター音。


恐怖からの解放、理解不能な現状への困惑。実によく撮れている。


私は満足げに頷くと、ポケットから名刺を取り出し、一番近くにいた青髪の子の手に握らせた。


「それじゃ、私急ぐんで。この写真はあとで事務所に送っておくから!」

「え、あ、ちょっ……!?」

「お疲れ様でしたー!」


私は風のようにその場を去った。クールに去ったわけではない。

早く家に帰って、今の写真を現像したくてたまらなかったのだ。


こうして私の(個人的には)最高の一日が終わった。


その背後で配信用のドローンが今のすべてを世界中に生中継していたことなど、露ほども知らずに。

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