銀塩の刻
けーぷ
第1話
長谷部美月29歳。自称ダンジョンカメラマン。(友人によるとただのフリーター。やかましいわ)
今日も彼女は“最高の一枚”を撮影するためにダンジョンに潜る。
大学を卒業した彼女は無難な就職をしたものの、その会社に馴染めず2年ほどで退職。その後は当てもなくぷらぷらしていた時、ふと立ち寄った美術館で一枚の写真に心を打たれた。
その写真。ダンジョン内で命をかけて戦う探索者たちを撮影した珠玉の一枚。ただ目の前の敵を狩るためだけに全力を尽くすその一瞬。その美しさに魅了された長谷部は思う。
“自分もこんな写真が撮りたいと”
・ ・ ・
それから約5年。今日も長谷部はダンジョンに潜る。
ダンジョン。数十年前に世界に突如出現したなんでもアリの不思議ワールド。その内部は異空間になっており、不思議生物や不思議資源が多く存在していた。
ダンジョン出現当時はその対策に手をこまねいていた人類だったがある時、とある軍人が特殊な能力を発現。それ以来人類の中に後に“探索者”と呼ばれる超常の実力を持つ者達が現れた。これらを持って世界各地のダンジョンが人類によって攻略されていく。
それから数十年。今では当たり前になったダンジョンの存在。それは日々の生活や文化にまで影響を及ぼすことになる。そんな西暦2024年の最大の流行の一つがダンジョン配信。
これは探索者登録された探索者たちが自身の探索の様子をライブ配信する事で新たなる収益源にすると同時に、ダンジョン内の情報を集めダンジョン研究を推し進めるためのデータベースを作成するものだった。
長谷部美月も探索者登録をしていたものの、自身が主役になる配信には全く興味が無い。そのため探索者協会への登録の際に一度行ったきりである。彼女は撮影サポーターとして配信の仕事を手伝う事や、ダンジョン内の映像資料を撮影することで生計を立てていた。
ダンジョン配信は一般にドローンによる自動撮影とカメラマンによる撮影の2種類がある。ドローンによる撮影も最近では良い絵が撮れるようにはなっていたが、やはりプロのカメラマンには及ばない。
そのために探索者の資格を持つカメラマン、通称サポーターの需要は一定存在していた。長谷部もたまに撮影サポーターの仕事をしながら、主には一人でダンジョン内をぷらついてダンジョン内の貴重な資料を撮影したり、野良カメラマンとして探索者が戦うシーンをカメラで撮影したりしていた。
なお戦う探索者を勝手に撮影する事は盗撮になりかねず流石にマナー違反である。そのため彼女は腕に“撮影係”の腕章を巻き、しっかりと探索者本人の許可を得てから撮影をしていた。
撮影した画像はもちろん探索者本人にもお渡ししており、本人の許可が得られた物だけを細々と自分のインスタにアップ。しかし長谷部のインスタは数あるダンジョン関連アカウントの一つにすぎず、非常にじみーな活動を続けていた。
・ ・ ・
今日も成果はゼロ。自分が撮影した写真達を確認しながらため息をつく長谷部。
自分が美術館で出会った“最高の一枚”。あんな写真、いつか私にも撮れるのだろうか?としょんぼりしていると。突然。
「「「きゃああああああ!!!!!」」」
と叫び声が聞こえた。長谷部が現在いるのは深層。声が聞こえてきたのは下層エリアの方から。叫び声に続いて大型のモンスターが暴れているらしい振動や咆哮も聞こえてきた。これはトラブルか?と判断した長谷部は現場へ急ぐ。愛用のライカを構えたまま。
・ ・ ・
探索者アイドルユニット“エクスプローラースターズ”略してエクスタの三人は突如目の前に現れたドラゴン種に窮地に追い込まれていた。
ルリ、サキ、ヒナナの三人で構成されるユニット、エクスタは確かにアイドル活動も実施しているが探索者としてのその実力も本物。今日は三人で準備万端で下層アタックを進めていたのだが。リーダーのルリが焦ったように叫ぶ。
「なんでこんな所にドラゴンがいるのよ!!」
ドラゴン。ダンジョンにおける最強種の一角であり普通であれば下層には出てこない。深層が主な生活圏のはず。それがどうしてこんなところに。
「知らないわよ!!それよりも早く!!」
ガード役のサキが焦りながらもドラゴンからの威嚇射撃をなんとか躱しながら撤退しようとするが、
「きゃあっ!!」「「ヒナナ!?」」
不規則にばら撒かれた流れ弾に運悪く被弾したアタッカーのヒナナが転ぶ。迫るドラゴン。鬼気迫る表情でヒナナを抱き抱えるルリとサキ。絶体絶命の状況。先程から配信のコメント欄もえらいことになっており通知がすごい。
網膜投影されたコメントが怒涛の勢いで流れていくが、もはやそんなものを気にしている余裕もない。目の前に迫るドラゴン。逃げる際にボロボロになった装備。そして覚悟を決めた目線でドラゴンを睨みつけるルリとサキ。自分を置いて逃げろと叫ぶヒナナ。
もうダメだと誰もが思った極限の一瞬。まさにその一瞬を。
カシャッ
カメラのシャッター音がダンジョンに不思議と響き渡る。カメラ?こんな時に?あまりに場違いな音に理解が追いつかないルリたちのすぐそばには。気づいたら謎の女がいた。20代後半から30代前半ほどに見える化粧っ気が無いその女は腕に“撮影係”の腕章をつけ、
「あ、すいません。あまりにも良い絵だったんで先に撮っちゃいました。元データからお渡しするんで、内容確認してもらえますか?」
なんだこの女は。頭がおかしいんじゃないか?すぐそこにドラゴンがいるのに。……そうだ!?ドラゴンは!?
「ちょっと貴方!!ドラゴンが!?」
ルリが叫ぶと同時、ドラゴンから圧倒的な魔力が込められたブレスが放たれる。今度こそ死を覚悟するルリ達だったが。
「ったく、いいところだからちょっと待っとけよ」
カメラを片手に持っていたその女はブレスを殴り飛ばすと、一気にドラゴンに近づき蹴り飛ばした。その一撃で絶命し消滅するドラゴン。何だ今のは!?あんまりな光景に呆気に取られるルリ、サキ、ヒナナ。
そしてドラゴンを蹴り飛ばしたその女は振り返ると
「お、その表情も良いね!!」
とカメラを構えて三人を撮影した。
この日長谷部が撮影した2枚の写真。2枚で一つの作品として世に知られることになる「覚悟と弛緩」。まるで即オチ2コマの王道かのような2枚組の写真はその被写体の良さと微妙に古臭いフィルムカメラの性能もあって大いにバズる事になる。
これは人様が覚悟を決めて汗水垂らして必死こいて戦う姿に謎の美意識を見出した変態ダンジョンカメラマン、長谷部美月が珠玉の一枚を撮影するための物語である。
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