第20章 系統の中の人は運命の相手ですか⁉︎

第33話

「おつかれさま! 佐久夜‼︎」 

 系統ではない石上本人に声を掛けられて、ようやく天界に戻ってこれたのだと、佐久夜は実感する。石上に異世界転生装置を外して貰うと、ようやく、一息ついた。

「石上。霧島先輩は?」

「初音さまに連れて行かれてからは、見かけてないや。これからどうなるんだろうね」 

 石上が不安な顔を見せたことで、佐久夜も落ち着かなくなってしまう。霧島が自分の為に此処まで大袈裟なことをしでかしたと思えば、尚更だ。

「きっと、大丈夫だよ。霧島先輩は天界に奉仕してるしね」 

 石上は知らないかもしれないが、佐久夜は以前、霧島が天照大御神によって裁かれそうになったことを知っている。今回も同じように見過ごせて貰えるのかは分からない。

「あのさ。佐久夜」 

 珍しく、言い淀んでしまう石上に気を利かせて、佐久夜は答える。

「……姫子のこと?」

「うん。元気だった?」

「多分、今度こそ、輪廻の輪にのれると思う」

「それなら、よかった」 

 ほかにも聞きたいことはあるだろう。しかし、石上はそれだけを聞くと、満足そうに笑った。

「石上は姫子の過去を変えたいって思ったことはないの?」

「うーん。まず、世界を創れるのは上級神の中でも選ばれた存在だけだしね。それに霧島先輩と違って、ぼくは良かったって思っちゃったんだよね」

「良かった?」

「うん。自分の好きな女の子と嫌いな男が結婚するのを見ないで良かったって」

「ヘタレめ」 

 思わず、口に出てしまった悪態に、ふふっと石上は口を綻ばせた。

「そうだよ。ぼくは情けない男なんですよーだ」 

 異世界転生課の扉が叩かれると、ひとりの上級神が顔を覗かせる。

「出張、お疲れ、佐久夜。帰ってきたばっかりで悪いが、今、大丈夫か?」

「は、はい。石上、席を外すね」

「うん。いってらっしゃい」 

 上級神のひとりと一緒に、佐久夜は呼ばれると分かっていた初音の前に行くと頭を下げる。

「では、初音さま。俺はこれで」

「うむ。ご苦労」 

 初音は佐久夜の頭に飛び乗った。

「今回の件。そなたにも迷惑をかけたのぅ。系統で時間をいじることが世界に影響を与えるとは妾たちも思わなんだ」

「霧島先輩は初音さまたちに気づかれないよう、似た世界を創っていたのですね」

「霧島には周たち同様、世界を創る権限を持たせていた。妾たちに気づかれぬように、あいつは準備をしていたのじゃろう。あの世界は佐久夜が転移したときに完成した、霧島がやり直しをしたかった世界じゃ」

「私が転移をして、ですか?」

「さよう。世界を作れる権限をもつ神たちは、簡単に世界を作ることが出来る。予め、霧島はお主たちが生きていた時代。似た世界と人物たちを作っておいた。そうして系統のエラーの混乱に乗じて、佐久夜をその世界へ送って、お主の過去を変えようとした。それが霧島の行ったことじゃ」

「あの世界で生きていたら、私の生きていた時代の過去も変わったかもしれないと言うことですか?」

「それはない。しかし、霧島はそなたがまっすぐに顔をあげられる、あったかもしれない未来を見たかったのじゃろう。妾たちの目を盗んでようやったと、天照大御神さまたちは笑っておったがの」

「そこまでして、過去を変えたいと思っていたのでしょうか。同じ世界でもないのに」

「霧島はお主をみて、やり直さなければならないと思ったそうじゃ」

「……そうだったんですか」

「佐久夜。今更だが霧島の弁明を聞くか? 今度こそ、お主に近づけないことも出来るが」

 初音にまで霧島のことを苦手に思っていたことが伝わっていたことを知り、佐久夜は苦笑をする。

「私も霧島先輩に会いたいと思います。今後、霧島先輩はどうなるんですか?」 

 初音は可愛らしく嘴で宙を裂いた。そのことに驚いた顔をした佐久夜に笑う。

「このように切り捨てられればよかったんじゃが。霧島を消さないでくれという嘆願書がいくつも届いてのぅ。暫くは只働きで天界に尽くして貰うことになった」 

 初音に案内をされて、霧島の元に行けば、彼は他の神々に囲まれて謝っている最中だった。初音が来たことで皆、頭を下げると、それぞれの持ち場へと戻っていく。

「佐久夜さん」 

 霧島は気まずそうな顔で佐久夜に笑う。

「霧島。佐久夜を連れてきてやったんだから、有り難く思うように」

「はい、ありがとうございます。初音さま」 

 彼のお礼の言葉に初音は嫌そうな顔をする。

「そなたが佐久夜に嫌がられてたのも、霧島の胡散臭さにあるんじゃないかのぅ」

「どの神より初音さまには尽くしてきたじゃないですか」 

 心外ですねと笑う霧島に、初音は佐久夜の肩から降りる。

「ともあれ、佐久夜は恨み言をぶつけるのもよし。霧島になにをしても、沙汰には問わぬから好きにせよ」 

 初音が羽ばたいて行ってしまったことで、霧島は佐久夜に声を掛けた。

「お久しぶりですね。佐久夜さん」 

 初めて会ったときの霧島との姿が被る。彼が久しぶりと佐久夜に告げたのは、彼が智だったからだ。

「あの、霧島先輩。ひとついいですか?」

「ひとつと言わず、いくつでも構わないですよ」

「どうして、あんなに可愛かった智くんが胡散臭くなっちゃったんですか?」

「う、胡散臭いですか?」 

 初音の言葉には傷つかない様子だったのに、佐久夜の投げかけた問いかけに霧島は困ったような顔をする。

「佐久夜さんと兄のお見合いで会ったときのことを覚えていますか?」

「えっと、はい」 

 普段は空気のように扱われている義母に烏森家に行くようにと告げられ、分からないまま、『あとはお若い人だけで』と言われたが、尊はさっさと自分の部屋へと戻ってしまった。 

 どうしようかと藤棚の下で佇んでいると、可愛らしい少年が駆け寄ってくる。少年が尊の弟だと知ったときにはびっくりした。

 膝小僧を擦りむいたのか血が出ていることが分かり、屈んで包帯代わりにレースのリボンを巻きつけた。

『あの、これ大切なものなんじゃ』

『気にしないで』 

 智に庭を案内して貰ったあと。自分を探している声がしてそちらに向かおうとした佐久夜の着物の裾を握って、彼が声をかける。

『あ、あの。お姉さまはどんな人がお好きですか?』 

 質問を不思議に思いながらも、佐久夜は笑顔が似合う人だと答えると、彼は何かを決意したように頑張りますと小声で告げた。

「智くんに好きな人を聞かれて、笑顔が似合う……」

「そう言われたので、僕なりに努力をしてみたのですが」 

 兄弟だけあって、尊と霧島の顔は似ていた。だからこそ、佐久夜は霧島の笑顔を怖く思っていたのだと、今なら分かる。

「これをお返しします」 

 霧島は自分の髪を結んでいたリボンをとると、佐久夜に渡した。

「僕は天界であなたが顔を隠して過ごしていることに兄の影響だとすぐに分かりました」 

 だからこそ、霧島は似た世界を作って佐久夜が過去から脱却出来ればいいと思ったのだという。

「リボンは良ければ先輩が持っていてください。」 

 佐久夜は霧島にリボンを返すと代わりに、ひとつ頼みごとをした。鏡の前に座ると霧島の戸惑ったような顔が映る。

「本当にいいんですか?」

「はいっ。一思いにやってください」 

 霧島は佐久夜の言葉を聞いて、鋏を取り出すと前髪を切り落とす。何十年か振りに自分の顔と正面から向き合うことになった佐久夜は鏡に映る霧島に告げた。

「お久しぶりです。智くん」 

 霧島は佐久夜の言葉に目を瞬きすると、嬉しそうな微笑みを浮かべた。

「はい、お久しぶりです。佐久夜お姉さま……って、どうして、顔を隠すんですか?」

「えっと、恥ずかしくなりまして」 

 前髪を断ち切ったことで、佐久夜は自身を縛っていた過去の呪いからようやく前を向ける気がする。

「そういえば、佐久夜さん。初音さまから、これからの異世界転生課のことは聞きましたか?」

「いいえ」

「これからも継続するみたいです。ぼくは今回の件で神格を下ろしてしまいましたので、これからは佐久夜さんがぼくの上司ですね」

「えっ、えーっ⁉︎ き、聞いてないんですが」

「これからよろしくお願いします。佐久夜先輩」 

 霧島の笑顔に別の意味で背筋が冷えてしまう。

 今回、自分に対しての罰則はなぜか、与えられてはいないが、これが佐久夜に与えられた罰ではないだろうか、佐久夜は泣きたくなってくる。

 どこか吹っ切れたように霧島が笑う姿に、佐久夜は彼が何十年も待っていた微笑みを返した。

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系統の中の人は運命の相手ですか⁉︎ 小椿清夏 @sayuki_f

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