クラス一の美少女と陰キャが日々合体して(光の巨人となり怪獣と戦って)いることをクラスの皆は誰も知らない

英 慈尊

短編

 放たれた咆哮は、質量すら伴って感じられるほどの圧倒的音波となって、立ち並ぶビルの窓ガラスを粉砕し……。

 数百トンはあるだろう巨体が歩き出すと、アスファルトの路面は容易く粉砕され、土煙と共に舞い上がる。


 ――怪獣。


 虚空をガラスのようにひび割れさせ、異次元から現出する生物災害が、またもや現れたのだ。


 今度のそれは、直立二足歩行する爬虫類のようなシルエットが特徴的であった。

 全身を覆う鱗は漆黒で……。

 頭部や背中は、ドレッドヘアーを思わせる真っ赤な体毛が覆っている。

 その牙も爪も鋭く、果たしてどれだけの破壊力を秘めているのかと思わされるが……。

 やはり、最大にして単純なる脅威は、その巨体であろう。


 全長にして、およそ五十メートル。

 二十階建てのビルに匹敵する巨体が、建物を踏み荒らし……あるいは、その腕や足で玩具のごとく破壊して回っているのだ。


 人間の建築技術など、これなる巨大生物の前では、全くの無力であると痛感させられる光景であるが……。

 無力さを痛感させられるのは、何も建築技術だけではない。

 より深刻に、それを感じさせるのは――軍事技術だ。


 何の前触れもない怪獣の現出に対し、すぐさま自衛隊の戦闘機が出撃したのは、流石であり、過去三度の怪獣現出によるノウハウ蓄積の成果であるといえるだろう。

 だが、せっかくにも駆けつけた戦闘機の攻撃は、一切が通用していなかった。

 ミサイルは、表皮に存在する鱗の一枚も剥がすことができず……。

 機銃に至っては、弾き返された砲弾が街中に散乱してしまい、深刻な二次被害をもたらしている有様である。


 近代兵器が、成す術なし。

 怪獣の全身を構成する細胞は、生物学では説明不可能なほどの頑強さを有しているのだ。


「やっぱり、自衛隊じゃ歯が立たない!!」


「あれじゃ、被害が増えてるだけじゃねえか!」


 どうにか安全圏へと逃れることに成功した人々が、戦闘の光景を見ながら叫ぶ。

 全力を尽くした自衛官に対し、無責任ともいえる態度であるが、それも致し方あるまい。

 過去二度の怪獣現出時に加え、今回もまた、自衛隊は有効な対応手段を持たないと露呈してしまったのだ。

 こうなると、人々の期待は否が応でも高まる。


「やっぱり、超人Aだ……」


「ああ、超人Aが来てくれないと……」


 一種の祈りにも似た感情を込めながら、人々がつぶやく。

 果たして……。

 その祈りは――届いた。


 怪獣から百メートルほどの距離を取った道路上……。

 そこに、爆圧的な虹色の光が溢れ出す。

 そして、光は徐々に、徐々にと巨大な人形となり……。

 ついには、右腕を高々と掲げた巨人が姿を表したのである。


 ただし、巨人といっても、その姿は我々人類のものと大きく異なった。

 まず、体表の大半は、白銀に輝くスーツじみた質感をしており……。

 ところどころ、『A』を思わせる模様の赤いラインが走っているが、これは、いかなる機能を持ち得るのか推測すらできない。

 また、生殖器は元より、へそや爪など、生物ならば当然備えていそうな器官も見当たらず……。

 異質さの極めつけといえるのが、その頭部である。


 硬質さは、まるでヘルメット……。

 頭髪などは当然のように存在せず、代わって、トサカのような突起が頭頂部に存在しており、額には、ランプのような器官が備わっていた。

 大きな目と思われる器官は、しかし、まぶたも瞳孔も存在しないばかりか、黄金の輝きを放っており……。

 口のように思える部分は、全く可動域を備えていないようであり、呼吸も食事も、どのようにして行うのか検討も付かない。


 全身を構成するあらゆる部分が、人間の科学では計り知れぬ存在……。

 怪獣とほぼ同サイズ――全長五十メートルはあろうかという巨人にして超人に、人々はSNS等を通じ、ある呼び名を与えていた。


「超人Aだ!」


「超人Aが、また来てくれたんだ!」


『――トオウワァッ!』


 人々の呼び声へ応えるようにして……。

 発声器官を持たぬ巨人が、勇ましい雄叫びを上げながら格闘の構えを取る。


「――――――ッ!」


 怪獣は、そんな彼に対し、威嚇するような咆哮を発し……。

 そして、人類が目にする三度目の、巨人と怪獣による戦いが始まった。




--




「――っと」


「――ちょっと、アサ?

 寝てるの?」


「……ん」


 友人たちにそう声をかけられ……。

 アサ――西朝子は、ぼんやりとしていた首を振った。

 彼女を表すならば、抜群の美少女という言葉が相応しいだろう。


 腰の辺りまで伸ばされた黒髪は艷やかで、枝毛一つなく……。

 顔立ちは読者モデルもかくやというほどに、整っている。

 かといって、美人に特有の近寄り難さというものはなく、周囲の女子生徒同様、先生らに目をつけられない程度へ制服を着崩し、こうして友人たちに囲まれている様からは、今時の女子高生というものが感じられた。


 アサ自身の自認でも、こう感じている。


 ――クラスの人気者、西朝子。


 ……と。


 実際、休み時間ともなれば、このようにして何人もの友人たちが自分を中心に集まってくるのだから、これは決してうぬぼれではないだろう。

 ただし、愛想よく雑談へ興じる日頃とは違い、今日は少しばかりお疲れのため、こうして会話中に船を漕いでしまったのだが……。


「最近、アサっていっつも疲れた顔してるよね?」


「ねー?

 美容に悪いよ」


「ちゃんと眠れてないの?」


「あ、はは……」


 友人たちに聞かれて、どう答えたものか分からず、ごまかし笑いを浮かべた。

 確かに、朝子はこの頃、恐ろしいほどに疲れ切っている。

 ただ、その理由に関しては、どれだけ親しい友人であろうと、あるいは家族であろうと、共有できるものではなかった。

 ただ、一人を除いては……。


「……」


 無言のまま、隣の席――最後方窓際の席へ、一人の男子生徒が着席する。

 クラスの誰とも挨拶すらせず、真っ直ぐに自分の席へと着席し、勉強道具の支度を始める男子生徒……。


 昔の呼び名ならば、ガリ勉。

 今風の呼び名ならば、陰キャだ。

 その見た目も、キャラクター性に相応しいというか、この見た目あってこそといった雰囲気があった。


 もじゃもじゃの髪は、目元まで隠してしまっており……。

 その上に、分厚い眼鏡までかけているのだから、感情というものがうかがい知れない。

 その上、特に筋肉というものを感じさせない体つきで帰宅部なのだから、これはもう、生粋のインドア派という印象を与える。


「東……暗っ」


 誰かが、ぼそりとそんな感想を漏らす。

 それは、この場にいる全員の総意であり……。

 暗いと言われた本人――東圭介が、目と鼻の距離にいるというのに、女子たちは笑い合った。

 当然、朝子もそれに同調する。

 クラスメイトたちとの何気ない関係性を捨ててまで、この男子を庇い立てするつもりはなかった。

 ただし、彼と朝子との間には、少々のっぴきならない事情があるのだが……。


「なんかさー。

 東って、前から暗かったけど、怪獣騒ぎが始まってから、それがもっとひどくなったよねー?」


「分かる。

 なんか、ただ根暗なだけじゃなくて、変にギラギラしているっていうかさ」


「あれじゃない?

 ネットでは、超人Aについて、色々と書き込みまくってたりするんじゃない?」


 ――超人A。


 その名前が出てきて、びくりとしてしまう。

 しかし、幸いにもクラスメイトたちは、そんな朝子の様子に気づかなかった。


「超人Aか。

 昨日の怪獣騒ぎも、すごかったよね?」


 女子高生の会話というものは、止まることなく回り続ける歯車のようなもの……。

 あっという間に、話題は隣の陰キャ男子から、昨日の騒ぎへと移る。


「ね!

 まさか、トサカとかからミサイル撃ってくるなんて、思いもしないじゃん」


「しかも、あの目から出る光!

 ネットの動画見たら、Aもすっごい痛そうにしてたし!」


(痛いなんてもんじゃ、なかったよ……)


 心中ではそう思いながら、唇は違う言葉を紡ぐ。


「あいつら、何なんだろうね?」


「何なんだろうって、言われても……怪獣としか言えないんじゃない?」


 朝子の言葉に、友人の一人が、何も考えず唇へ指を当てた。

 と、そこで友人の一人が、意地の悪い笑みを浮かべる。

 そして、仲間内ではなく、隣――東に向け、こう言ったのだ。


「おおい、東!

 聞こえてたっしょ?

 あんたはどう思ってるのよ?

 怪獣とか、詳しそうじゃない?」


 突然の呼びかけ。

 それに、東はゆっくりとこちらへ首を向けた。

 そして、眼鏡をかちゃりと直しながら、口を開いたのである。


「あれは、生物を改造した兵器であり、サイボーグだと思う」


「サイボ……」


 思った以上にハキハキとした言葉……。

 それに面食らう女子生徒をよそに、彼はやや早口となりながら続けた。


「根拠は、いくつかある。

 まず、昨日の怪獣がミサイルを撃っていたように、これまで現出した怪獣は何がしかの兵器を体内に格納していた。

 これは、どう考えても、何者かが改造し取り付けたものだ。

 いくら別次元の生物といっても、素のままなら、体を構成するのは有機物であるはずだ。

 また、Aと戦闘する時の様子を見ても、これまで現れた怪獣はいずれも、痛みや傷に無頓着で行動し続けていた。

 これは、野生動物には決して見られない特徴だ。

 どんな生物でも、痛みという信号が発されたのなら、何らかの影響を見せる。

 それがないことから、あの怪獣たちは外科的か、あるいは遺伝子的な措置によって、痛覚と恐怖を喪失させられていると推測される。

 つまり、これらを総合して考えると、あれらは一種の生物兵器であり、怪獣が現れる先にいる何者かが、こちらを攻撃するために送り込んだ尖兵であると結論付けられる」


 よくもまあ、これだけ長々とした言葉を、噛むことなく続けられるものだ。

 だが、朝子の中で大きいのは、感心ではなく呆れであった。


(はあ……頭が痛い)


 にわかに痛みだしたこめかみを、指で抑える。

 友人たちの反応は、もっと極端なものだった。


「あ、はは……そう」


「お、教えてくれてありがとね」


「く、詳しいんだね……」


 こういった反応を、日本語ではドン引きという四文字の言葉で表す。


「いや、どういたしまして」


 しかし、引かれている当の本人は、その事実に一切気付くことなく、眼鏡をかちゃりと鳴らしていた。


 ――リーンゴーン!


 ……と、おそらくは一世紀くらい使い回されてきたのだろうチャイム音が、学校中に鳴り響いたのはその時である。


「あー、もう時間かー」


「だるー」


「怪獣、どうせならガッコー壊してくれればいいのに」


 一部は不謹慎な言葉を漏らしながら、友人たちが自分の席へと戻っていく。

 と、同時に、朝子のスマホへメッセージ。


『放課後、話がある。

 超人Aとしての活動についてだ』


 隣を見ると、メッセージの主はこちらを見ないまま、無表情でスマホをしまっていた。




--




「ちょっと、一体、何の用?

 私、学校では緊急の用がない限り、話しかけないでって言ってるよね?」


 放課後の、屋上へ続く階段……。

 通常ならば、告白などにも用いられる場所で、朝子は東にそう言い放つ。

 その声音はかなり冷たく、何ならば、拒絶的なニュアンスすら汲み取ることができる。

 しかし、東は動じない。


「なら、問題はない。これより緊急の要件はないからな。

 超人Aに関する事柄は、全てに優先される」


 ばかりか、スラスラと反論してきた。

 その言動にも態度にも、朝子に対する恐れや遠慮はない。

 普通、東のような陰キャに分類される人間は、朝子のようなタイプを苦手とするのだが……。

 そういった点においては、一般的な陰キャと一線を画するのが、東という少年なのだ。


 そして、彼の言葉が正しいことは、朝子にも分かる。

 何故なら……。


「早速だが、話は昨日の件についてだ。

 どうして、すぐに連絡が取れなかった?

 怪獣が現出してから、僕たちが合流するまで、一時間近くもかかった。

 その間に、ビル街はほとんど壊滅状態になったんだぞ?」


「うっ……」


 あらためて言われると、かなりの罪悪感がのしかかってきた。

 ビル街が、ほとんど壊滅状態……。

 言葉にすれば簡単だが、実際にそれを……しかも、地上五十メートルほどの高さから目にすると、惨憺たるとしか言いようがない有り様だったのである。

 ところで、どうして朝子が、そのような高さから破壊された現場を見下ろせたのか?

 それは……。


「超人Aには、僕たち二人が揃わなければ変身できない。

 君は、自分が唯一あの怪獣に対抗できる戦力の片割れであることを、もっと強く認識する必要がある」


 そうなのだ。

 超人Aの正体というと、少しばかりの語弊があるが……。

 ともかく、朝子と西……二人で変身することにより、あの超人は姿を現すのである。

 きっかけは、あの日……。


 朝子の脳裏に、あの時の出来事がよぎった。

 そして、口を開く……。

 だが、口をついて出たのは、反省の言葉ではない。

 目の前で正論を振りかざしてくる男子への、反発だったのである。


「だって、しょうがないじゃん?

 理由は言ったでしょ?

 友達と一緒だったから、迂闊に離れたら、怪しまれるって……。

 正体を知られないようにすることは、あんただって納得してるじゃん」


「当然だ。

 正体を知られたら、僕たちがどんな風に扱われるか分かったもんじゃない。

 そして、対策だが……。

 君は、なるべく周囲と距離を取るべきだと思う」


「……は?」


 唐突にして、あり得ない提案……。

 それに対し、朝子は眉根を寄せながら聞き返した。


「家族とは仕方がないが、距離を置ける人間からはある程度距離を置いて、いつでも自由に動ける状態を維持しておく。

 そうすれば、Aへの変身が必要となったときも、正体が知られるリスクは最小限に抑えられる」


「いや、ちょっとちょっとちょっと!

 何言ってるのよ?」


 当然のように述べる東へ、待ったをかける。


「友達と距離を置くって、あんたマジで言ってるの?

 こっちは、高校生なんだよ?

 友達付き合いなんて、避けられるわけないじゃん」


「そう難しい話じゃない。

 事実、僕はそうやって過ごしている」


「あんたの場合は、友達を作らないんじゃなくて、作れないんでしょうが!

 いい? こっちは青春真っ盛りなの!

 みんなを守れたって、それで自分がボッチになって、不幸になっちゃったら、何の意味もないじゃない!?」


「独りでいることが、イコールで不幸というわけじゃない。

 何も、完全に絶縁しろと言っているわけじゃないんだ。

 常に一緒に居続けるだけが、友情の形というものでもないだろう」


「大体の場合は、それが友情の形なの!

 ――ああもう!」


 瞬間……。

 キラリ、という光が、朝子と東の右手に生まれた。

 そして、それはそれぞれの中指で、リングという形になったのである。


「これは……」


「――怪獣か!」


 怪獣が出現する時……。

 いつもAは、こうして自分たちの指にリングを生み出す。

 このリングが重なり合う時、激しいスパークと共に、光の巨人は生まれ、自分たちはそこへ融け込むのだ。


「言い合ってる場合じゃない。

 こうして一緒にいるのは好都合だ。

 西、すぐに変身を!」


 キリリとした顔で言い放つ東……。

 だが、朝子の返答は……。


「……嫌」


「何?」


 中指から、リングを抜き取る。

 Aがどんなつもりでいるかは知らないが、思いのほかにスルスルと……あっけなく、それは外れた。


「怪獣が初めて出てきた日、たまたま同じ場所で死にかけた私たちに宿って? 命を助けてくれたことは、Aに感謝してる。

 でも、だからって、その後も変身して一緒に戦い続ける義理なんてないじゃん!

 私、普通の女子高生なんだから!

 あんたみたいに、変な使命感なんて燃やせないの!

 それとも、超人になれるのが嬉しい? あんた、他に取り柄なさそうだし、ああいうヒーローとかアニメとか好きそうだもんね!」


 言いながら、自分のリングを東に押し付ける。


「――はいこれ!

 戦いたいなら、一人で変身しなよ!

 あんた、ボッチだし、これで誰にもバレずに済むでしょ!?」


「それは……」


 受け取ったリングを手にした東が、初めて動揺した様子を見せた。

 いや、もしかしたならば、これは……。

 傷付いている、のだろうか?


「いや、そうかもしれない。

 やってみよう」


 決意の眼差しとなった東が、左手の中指に受け取ったリングをはめ、階下へと下りていく。

 おそらく、学外へ出て、怪獣を迎え撃つつもりに違いない。


「ふん……せいせいした」


 朝子は、腰に手を当てながら息を吐いたが……。


「あの……」


 怯えたような声が下から聞こえてきたのは、そんな時のことである。


「あなたは……?」


 下の階段から姿を現した少女に、ぎくりとしながら尋ねた。

 彼女は確か、隣のクラスに所属している星村だ。

 おかっぱヘアーが特徴的な、古風で……どこか小動物めいた大人しい女の子。

 あまり交流がない彼女に対する朝子の認識が、そのようなものである。


 だが、今、問題なのは彼女の人となりではない。


(会話……聞かれた!?)


 この一点に尽きた。


「ごめん……。

 話の内容は分からなかったけど、東君と言い合いになってるのが聞こえて……」


 だが、星村の言葉は、そんな朝子の懸念を払拭するものだったのである。


「そ、そう……」


 心中で胸を撫で下ろしながら、答えた。

 どうやら、嘘を言っているようではなく……。

 ひとまず、Aに関する秘密は守られたと見てよいだろう。


「ただ、その……ボッチって言ってるのは聞こえて……」


「うん……」


 それもまあ、聞かれたくないことではあったが……。

 否定しても仕方がないので、曖昧にうなずく。

 そんな朝子に星村が告げたのは、意外な事実であり……。

 恐るべき衝突の振動が校舎を揺らしたのは、直後のことであった。




--




『――フワア!?』


 校舎へ程近い場所の空間を、ガラスのように割って現れ……。

 現出した怪獣へ、同時に出現し立ち向かった超人Aが、悲鳴を上げながら吹き飛ばされる。


 今度の怪獣……。

 これを表すならば、直立した甲殻類というのが、簡単であろう。

 人間のような後ろ足は、太くたくましく……。

 全身は、タイル状をした無数の殻で覆われている。

 両腕は、ザリガニめいた鋭い爪となっており……。

 頭部は、これはそのままカニの特徴を備えていた。

 そして、その口からは火球を放つことが可能で、それが今まさに、Aの胸元へ直撃したのである。


『――ハアッ!』


 膝立ちとなったAが、怪獣に向け構えを取った。

 だが、その動きに、いつものような力強さはない。

 しかも、顔をちらちらと校舎に向けており、明らかに生徒たちの安否を気にしているのだ。


「東……全力が出せてない。

 やっぱり、二人揃わないとパワー不足なんだ……」


 他ならぬAとの一体者である朝子は、即座にその事実を認識する。

 朝子は今、星村を逃がして校舎の屋上にいた。

 数年前に起きた火災事件を教訓とし、この高校は,屋上への扉を施錠していないのである。

 とはいえ、すぐそばでは,怪獣と超人による戦闘が行われているのだ。

 他に、ここへ来る生徒はいなかった。


『――フッ!?』


 そんな朝子に気付いたか、Aがやや驚いたような様子を見せる。

 それは、怪獣から見れば――隙。


「――――――ッ!」


 金属同士をこすり合わせたような咆哮と共に、怪獣がAへ襲いかかった。


『――ヘッ!?

 フワアッ!?』


 巨大な爪に挟まれることは、どうにかしのぐAだが、怪獣はこれで挟み込もうとするだけではなく、ハンマーのようにも振るってくる。


『ブウワアア……!?』


 大質量の打撃を受けて、超人が苦しそうに腹を押さえた。


「言ってくれなきゃ、わかるわけないじゃん……」


 そんなAの姿を見ながら、独白する。


『わたし、東君の近所に住んでるから、知ってるんだけど……』


『彼は、最初の怪獣騒ぎで、ご家族を全て亡くしているんです』


『だから、東君にボッチだなんて、二度と言わないで……!』


 涙目となりながら告げられた星村の言葉……。

 それが、耳の奥に残響して消えてくれない。


「あんた、馬鹿じゃないの?

 仇討ち? それとも、自分みたいな境遇の人をもう出したくないから?

 どっちにしたって、言わなきゃ分かるわけないじゃん!」


『――ブワッ!?』


 またも、Aが怪獣の打撃を受ける。

 横薙ぎに振るわれたそれを喰らい、銀色の巨人は屋上へ倒れ込んできた。


 ――ズズン!


 それでも、力を振り絞って耐え抜いたのだろう。

 屋上に突いた手でヒビこそ入ったが、校舎ごと潰すような状況にはならず、Aは自分の巨体を支え抜いた。


『デア……』


 間近となった巨大な目が、すぐ横の朝子を捉える。


「一緒に戦って欲しいんでしょ?

 だったら、言いなよ!

 家族を殺されて悲しいって!

 もうそんな人は生みたくないって!

 あんた、自分と一緒に戦う相手にまで、それを黙ってるつもり!?」


『イア……』


 Aの全身が、光の粒子となって消え去った。

 代わりに屋上へ姿を現したのは――東。


「西……僕は……」


「いいから、ほら」


 何かを言いあぐねる彼に対し、手を差し出す。


「え?」


「え? じゃないでしょ。

 怪獣、すぐそこにいるんだよ。

 ぼさっとしていたら、カメラとかに撮られちゃうかもしれないし」


 突如として対戦相手を失った怪獣が、きょろきょろと周囲を見回す。

 やがて、カニのように突き出た眼球が、自分たちの方へと向けられた。


「――――――ッ!」


 金属同士をこすり合わせたような、怪獣の叫び声……。

 それを背後に聞きながら、呼びかける。


「ほら、あいつは調子に乗ってるよ?

 ムカつかない?

 全力を出せないAに勝ったくらいで、イイ気になってるんだよ?」


「それは、腹が立つな……」


 東が苦笑しながら、左手にはめられていたリングを取り外す。

 朝子は、これを確かに受け取った。


 初めて変身した時のように……。

 あるいは、昨日までのように、流されるままこの指輪をはめるわけではない。

 自分の意思で、装着したのだ。


 ――キン!


 ――キン!


 自分と東……二人のリングが、きらめきを放つ。

 彼が――Aが呼んでいるのである。

 戦う時がきたのだと……!


「やるぞ、西」


「アサ」


「ん?」


 出鼻をくじかれた東が、突き出そうとした右手を止めた。

 そんな彼に、あらためて告げる。


「アサか、それか朝子。

 友達は、みんなそう呼んでるから……」


「そうか」


 頬に熱いものを感じながらの言葉に、東はうなずいた。

 そして、怪獣がこちらに向かって歩き出す中、再び言ったのだ。


「やるぞ、朝子!」


「ええ!」


 朝子と東……二人の右手が、重ねられる。

 すると、両者のリングから、爆発的な光が溢れ出した。


「「フュージョンタッチ!」」


 最初、白一色だった光は、次第にプリズム色の粒子となって迸っていき……。

 その中へ二人の少年少女が融け込むと共に、中心部から光の巨人を生み出したのである。




--




「――――――ッ!」


 勝ち誇り、金属同士をこすり合わせたような雄叫びを上げながら、校舎へ向かう怪獣……。

 それを、すんでのところで食い止めたのは、光の奔流から再度出現した銀色の巨人であった。


『――トオウワァッ!』


 出現と同時に放たれたのは、足元からの強烈なアッパーカット。


「――――――ッ!?」


 これをまともに喰らった怪獣は、たまらず、グラウンドへと倒れ込む。

 しかし、痛みなどに怯まないのが、異次元から現出する怪獣たちの特徴……。


「――――――ッ!」


 二足歩行する甲殻類のような怪獣は、巻き戻し映像のごとく立ち上がると、口から火球を放ってきたのだ。

 超人Aの背後にあるのは――学校。


『――フンッ!』


 Aが、両手のひらを前に突き出す。

 すると、そこに円形の光が生み出され……。


 ――ゴオン!


 光が厚き盾となり、怪獣の火球を完全に食い止める。

 避けようと思えば、避けられたはずだ。

 だが、超人は背後の子供たちを守り抜いたのであった。


『――フウゥン!』


 Aが右手の二本指を、指鉄砲めいた所作で突き出す。

 すると、そこから速射された光弾が、見事に怪獣の口部へと入り込んだ。

 目には目を。

 火球には光弾を。

 超人Aの反撃であり、これを喰らってはたまらない。


「――――――ッ!?」


 痛みを知らぬ怪獣といえど、急所を破壊されたこの衝撃には、大きくのけぞった。

 この隙を逃すAではない。


『――フウワアッ!』


 まるで、トランポリンにでも乗っているかのように……。

 大した予備動作もなく、全長五十メートルの巨体が宙を舞う。

 回転運動も加えた跳躍は、見る者を魅了する優雅さがあったが……。

 そこから放たれるフライングチョップは、戦艦の砲撃すらしのぐ威力だ。


「――――――ッ!?」


 悲鳴を上げながら、怪獣が倒れ込む。

 巻き上げられた土が、降り注ぐ中……。

 着地したAは、中国拳法の武術家がそうするように、右拳を左の手のひらに打ち込む。


『――ムウゥン!』


 すると、奇術師が行う手品のように……。

 左手から取り出した虹色に輝く光の刃が、Aの右手に握られた。


『――トオウワアッ!』


「――――――ッ!」


 Aの斬撃を、怪獣は防ごうとしたが……。

 いかにも鋭そうな爪は、紙のように光の刃で切断される。


『――ダアッ!』


 そして、両の爪を失った怪獣に対し、必殺の刺突が叩き込まれた。


「………………」


 もはや、鳴き声もなく……。

 Aが光の刃から手を離すと、これを突き立てられた怪獣が、後ろに倒れる。

 そして、大爆発と共に消滅した。


『フウウウン……』


 Aは、残心する武術家のような姿勢でそれを見届けたが……。


『フウワアッ!』


 頭上を見上げると、いかなる原理か……超音速による飛行で去ったのである。


 超人Aの勝利だ。




--




「やー、昨日はヤバかったよねー」


「ねー。

 超人A様々だわ」


「あんた、怪獣がガッコー壊してくれればって言ってたじゃん?

 願いが叶わなくてよかったの?」


「意地悪言わないでよー。

 本っ当、怖かったんだから……」


 喉元過ぎれば、何とやら……。

 翌朝の教室で、朝子とその友人たちは、けろりとした様子で談笑していた。


「そういえば、アサはあの時、どうしてたの?」


「上の方にいたら、怪獣出てきたからさ。

 そのまま、しゃがみ込んで動けなかったよ」


「だよねー。

 教室にいた皆も、机に潜り込む余裕すらなかったわ。

 避難訓練、マジ意味ねー」


 東が登校してきたのは、級友の追及をさらりとかわしていたその時である。

 いつも通り、一直線に自分の席――朝子の隣へと向かう東。


「おはよう」


 だが、そこに朝の挨拶が加わったのは、いつも通りではない。


「東が……」


「ちゃんと挨拶した……」


 友人たちは、そんな彼の様子に驚いていたが……。


「ん……おはよ」


 朝子のみは、ほほ笑みながら返事をしたのである。



--



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