妹のための戯曲
舞台は学生寮二階、僕の部屋。きちんと整頓されていて、今はもぬけの殻。主人公の僕は出かけているようだ。季節は9月上旬。まだ暑さは退かないが明け方は涼しくなっている。魂魄は概してこの季節に彷徨っているのだ、、。魂魄にも夏休みがある。年頃の幽霊なら、墓から飛び出して遊びに行きたくもなるだろう。
(網戸が少し開かれて小さな影がそろそろと部屋に入ってくる。誰も居ない)
蜘蛛「族長に内緒でまた来てしまいました。何か後ろめたいことをする時には他の虫たちの視線が気になるものですが、今まさに沢山の虫たちに見られているような気がします、、。」
(小さな影は人間の女の子の身なりをしていて、きょろきょろ辺りを見回している)
蜘蛛「あれれ、見あたりませんね。あの人のことですから、きっとこのあたりにため込んでいるはず、、。あれ、全くありません。おかしいなぁ。私ならあんなご馳走、巣穴の真ん中に置いておくのに。」
(そう言いながら、涎を拭う動作。この娘は食べ物を探しているようだ。誰も居ないので、動作が段々と大胆になっていく)
蜘蛛「か、カップ麺さん、怖くないですよ、、。あれれ、おかしいな。中々出てきてくれません。蝶とか蝿とかならあっさり来てくれるのですが、、。やはりあの人のご帰宅を待ちましょうか。それにしてもどこにいっちゃったんでしょう。あの人には門限が無いのでしょうか。」
(少女はベッドの下までくまなく調査するがお目当てのカップ麺は見当たらない。暗転。窓の方にスポットライトがあたる)
??「そこの人!何してるんですか!!」
(少女は吃驚して身体を震わせる。そして何か呪文を唱える仕草。しかし上手にいかないようだ。少女は窓の外【幕の前】の方に向く。開き直っているようだ)
蜘蛛「貴方こそ何者ですか!この部屋の持ち主は男の人ですよ!」
??「貴方も女の子じゃない、、あれ、めっちゃ私にそっくりさんじゃない?可愛いねぇ(自画自賛。ふんぞりかえる動作)。ねぇ貴方どこから来たの?」
(舞台に少女そっくりなもう一人の少女が登場する。まるで双子のようだ。服以外では見分けがつかない)
蜘蛛「私は蜘蛛です。カップ麺、、餌を探しに来ました。この部屋の人とはまぁ、知り合いみたいなものです。」
??「知り合い、、?それってさぁ、彼女さんってことかな?まぁ彼女さんだったとしても、こんな夜更けにお兄ちゃんの部屋に侵入するのは、良くないケド。じゃあ蜘蛛さん、この部屋の人の名前、言える?(悪戯っ子みたいな微笑。決して責めてはいない。揶揄ってる感じ)」
蜘蛛「ぐぬぬ、、。名前は知らないですが、一緒にカップ麺を食べた仲なのです。本当です!奢って貰ったのです。シーフード味でした。」
??「王道のカップヌードルね。でも貴方はお馬鹿さん。カップ麺と言えば麺職人なの!それから蒙古タンメン中本ね。牛乳と一緒に食べるのがこれまた絶品で、、」
(青い服を来た女の子が涎を拭う仕草。それから彼女も部屋に入ってくる。蜘蛛は端に追いやられる)
??「それにしても綺麗な部屋。大学生らしくないね。まぁ、あのお兄ちゃんだしね。はぁ、変わってないなぁ。」
蜘蛛「あの、、私は蜘蛛ですけど貴方は誰なんですか?不審者さんなら通報しますよ?」
亜莉沙「私は亜莉沙。この部屋に住んでる、雨宮浅黄の妹。つまり家族ってことなの。だから不審者さんじゃありません」
蜘蛛「(若干たじろいで)しょ、証拠はあるんですか?な、ないでしょ!それにあ、浅黄さんは妹さんがいるなんて一言も、、。」
亜莉沙「、、。当たり前よ。お兄ちゃん、、あの人にとって私はタブーなの。お兄ちゃんは私のことが嫌いだから、中々お墓にも来てくれないしね。だから懲らしめてやろうと思ってお家に来ちゃったんだけど、どうやらお留守みたいね」
(俯く亜莉沙。また暗転して蜘蛛にのみスポットライトが当たる。彼女が突然そうか!と呟く。何かわかったことがあるようだ)
蜘蛛「さっき、亜莉沙さんは私のこと、自分とそっくりだって仰ってましたね。」
亜莉沙「うん、まぁそうだけど」
蜘蛛「私たちの種族は擬態が得意なのです。そして、もし人間さんにあった時の為に、その人が一番逢いたい人の格好をして現れるようにしてるんです。今日は浅黄さんのお家にお邪魔しようと思ってたので、浅黄さんが一番逢いたい人に変身してやって来たのです。」
亜莉沙「つ、つまり?」
(可愛い見た目をしているが、亜莉沙は実のところ、糖衣に包まれたお馬鹿さんなのである)
蜘蛛「つまり、浅黄さんが一番逢いたいのが、貴方だと言うことです。なるほど妹さんなら、理解出来ます。」
亜莉沙「きゃっ」
(亜莉沙が顔を覆う。とても照れている仕草。愛らしく美しい。蜘蛛は黙っている。何かまた考えごとをしているようだ)
蜘蛛「でもどうして亜莉沙さんは誤解しちゃったのでしょうか。それに、浅黄さんも変ですね。折角逢いたい人が側に居たのに、ただカップ麺を食べただけでした。」
亜莉沙「最初から何かおかしいと思ったんだけど、やっぱりそうね。ね、蜘蛛さん。どうして私が見えるのかな?」
蜘蛛「私は眼が良いほうなんです!人間さんとは違って、複眼と言って、沢山の眼があるんです。だから、亜莉沙さんもきちんと見えますよ。」
亜莉沙「(ひとしきり笑ってから)、あはは、ちがうちがう、私が言いたいのはね、なんで幽霊の私が見えるのかってことなのよ」
蜘蛛「(ころげ落ちるほど吃驚して)、ゆ、幽霊さんでしたか、、!そう言えば確かに幽霊さんっぽいですね!似合ってますよ!」
亜莉沙「あんまり言われたくない言葉ね、、。まぁ良いわ。折角だしカップ麺でも食べましょうか。お友達記念に、ね」
蜘蛛「幽霊なのにカップ麺は食べられるのですね」
亜莉沙「これはコメディだから、その辺は大雑把なのよ」
(舞台は再び暗転する。あらゆる家財道具が取り払われ、机の上に二つのカップ麺が置かれていて、湯気がたっている)
蜘蛛「それにしても良くカップ麺見つけられましたね。吃驚しちゃいました。」
亜莉沙「お兄ちゃんの隠してる場所なんて大体予想つくからね。私も昔はよく点数の悪いテストとか隠して、お兄ちゃんに始末してもらったよ。お兄ちゃんの隠し場所は誰にも見つからないの。私を除いては、ね」
(蜘蛛が麺職人を自分の前にひきよせる)
蜘蛛「ほんとに私が麺職人でいいんですか?亜莉沙さんずっと食べたがってました。」
亜莉沙「いいのよ。それよりもこの美味しさを知らない不幸な娘がいるの、お姉さん見過ごせないからね」
蜘蛛「(勢いよく麺を啜って)美味しい!私、この拉麵にどハマりしちゃいそうです!あぁ、なんて美味しいんでしょう。嬉しいなぁ。」
亜莉沙「当たり前よ。お兄ちゃんがよく食べてるやつに、間違いないんだから」
蜘蛛「あの、、スープは残してもいいですか?わたし、ダイエット中なんで。」
亜莉沙「駄目にきまってるでしょーが!ラーメンの美味しさはスープにあるの!ちゃんと最後まで味わいつくして、さっさと森に帰りなさい!!お兄ちゃんは、、私のものだからね!」
蜘蛛「うへぇ。」
(その時、鍵が開く音がする。主人公が帰ってきたみたいだ)
蜘蛛「大変、隠れなきゃ。」
亜莉沙「私は幽霊だから、隠れなくても良いんだけどね〜」
蜘蛛「万が一ということもあります。さ、隠れましょう!」
亜莉沙「だ、誰にも見つからない場所があるわ!クローゼットの中、さ、急いで!」
(扉が開かれて、痩せ型の男が入ってくる。手にはキャリーケースやお土産が沢山)
浅黄「母さんめ、、お土産なんていらないって言ったのにお節介だなぁ。おかげで肩がこったよ」
(暗転してクローゼットのみにスポットライトがあたる)
蜘蛛「あ、亜莉沙さん、お兄さんですよ!」
亜莉沙「い、言われなくてもわかってるわよ。懐かしいなぁ。本物のお兄ちゃんだ」
浅黄「まぁでも、亜莉沙のお墓参り出来たのは良かったなぁ。きっと逢えたよな。麺職人、喜んでくれただろうか」
蜘蛛「お墓では逢えてないですね!何というすれ違いでしょうか、、って亜莉沙さん、泣いてるんですか。」
亜莉沙「う、うん。お兄ちゃん、私のこと忘れてなかったのね。亜莉沙嬉しい。嬉しいな」
(暗転し、スポットライトが浅黄だけに向けられる)
浅黄「うん、、?何か声が聞こえるぞ?」
亜莉沙「嬉しい。嬉しいな」
浅黄「恨めし、、恨めしや?ひ、お、お化けか!?あ、何故かカップ麺も食べられてる、、!ひゃあお化け!」
亜莉沙「ち、違うのお兄ちゃん、私、嬉しいって言っただけなの!信じて」
浅黄「お兄ちゃん、私、、恨めしい?お兄ちゃん、、ということはまさか、亜莉沙なのか?(きょろきょろ辺りを見回して)おい、亜莉沙いるのかい?いたら返事してくれよ」
蜘蛛「浅黄さんが呼んでますよ、亜莉沙さん。」
(しかし彼女からの声はない)
浅黄「お〜い、亜莉沙、返事してくれよ。亜莉沙!僕が悪かったよ、何年もお墓に行かなくて悪かった、だからひと目だけでも逢いたいんだ、逢って、謝りたいんだ。ごめんよ」
(浅黄が部屋を亡霊のように彷徨いながら懇願している。亜莉沙、亜莉沙と悲痛に呼びかけるが、返事はない)
蜘蛛「亜莉沙さん!これじゃあ、浅黄さんが可哀想です。悪戯はやめて、返事をしてあげてください!」
亜莉沙「駄目、、駄目なの。霊界での掟で、現世の人間に姿も声も聞かせてはいけないの。境界が、、歪んでしまうから」
蜘蛛「で、でも」
亜莉沙「駄目なの。人間は、一度亡くなった人に逢ってしまえば、それに取り憑かれて二度と現世ではまともに生きていけないの、、。だから、だから駄目なの」
(亜莉沙の啜り泣く声がクローゼットに響く)
浅黄「そ、そこにいるんだな、亜莉沙。お兄ちゃんはな、お前が隠れてる場所なんて、、お見通しなんだから」
(クローゼットが勢いよく開かれる。亜莉沙はじっとしている。浅黄には彼女の姿が見えていないようだ)
浅黄「そこにいるんだな、、亜莉沙。お前が俺を恨む理由もよく分かるよ。全然お墓参りできてなかったからな。怖かったんだ、、。あの時を思い出しちゃうから。お前が居なくなってから、僕は抜け殻みたいな生活を送ってきた。失ってはじめてお前の存在の大きさに気づいたんだよ。不甲斐ないよな、、。馬鹿みたいだよな。もう二度と逢えないのかと思うと、堪らなく寂しかった。でも、僕は気づいたんだ。きっとお前なら見えなくなっただけで、僕のこと見守ってくれるだろうって」
亜莉沙「そうだよ、お兄ちゃん、きっと私、そばに居るからね」
(浅黄と亜莉沙は抱きしめ合って嗚咽する。スポットライトはもぬけの殻のクローゼットのみに当てられ、糸を垂らした小さな蜘蛛が、二人の再会を見守っている)
あの時助けていただいた蜘蛛です。 桑野健人 @Kogito
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