第10話

それから二日後の夜が明けない内に家を出る。

予め家族には昨日のうちに『森に忘れてきたものを取りに行く。』と伝えてある為不審がられてはいない。


ーーーーというかそう思いたい。うん。大丈夫だよね…?


気持ちを切り替え今回の敵を思う。


蠱毒王ーーーそれは蠱毒の妖だ。記憶通りであれば蜘蛛の姿に蠍の尻尾が生えていて何かの虫の羽根をもち、大きな角と牙を持っている。


そもそも蠱毒とは壺の中に大量の毒を持つ虫をいれ共食いさせる。そして最後に生き残った虫を殺し薬にしたり呪術に用いる事を指す。


蠱毒王は殺されて来た毒虫達の魂が一つになった存在。多種多様な猛毒を操り強力な呪詛を使う。



(厄介な相手に間違い無いが倒せない敵では無い。)



ーーーもう三ヶ山は目前だ。


(よし。此処で戦闘準備をしよう。)


まず俺は自分に術をかける







『金ノ行・中段・鋼鉄』

身体を鋼鉄のように硬くしそっとやちょっとでは怪我をしないようにする。


『身体強化ノ術・終ノ段』

全ての身体の能力を上げる


『対毒呪ノ術・終ノ段』

毒・呪いを無効化する


『自動回復ノ術』

体力や疲労を回復させる


『倍速・終ノ段』

自分の足の速さを上げる


(これで準備は終わった。後は…蠱毒王と戦うだけ。)








ーーーー全て変えてみせる











山の頂上を目指す。途中途中罠や潜伏していた敵にあったが全て無視する。

妖の頂点に立つ"王"との戦いの前になるべく消耗を避けたいのだ。


(それにしても流石王だ。この妖力と殺気…並のものではこれだけで斃れるたろう。)


山の中腹に差し掛かった時、呪詛の気配を感じた。


(これまた凄いな…何れだけの恨みをもっているのだか…)


俺は一旦足を止め自分の周りに結界を貼る



「対呪詛浄化型結界」



この結界に触れた呪詛は全て浄化する結界だ。



再び走り出す。


暫く走りあと一歩で敵の本陣につく時蜘蛛の糸らしき物が行く手を阻むように張り巡らされている。


俺は走るのを止めないまま術を構築する。



「火ノ行・下段・火球」



構築された陣から無数の炎の球が降り注ぐ。

あっという間に蜘蛛の糸を燃やし尽くし目の前が開ける。

頂上まであと少し



(頂上に着いた…敵は…何処だ…)



頂上には何も居ないのだ。


(……感覚を研ぎ澄ませ…)


俺は五感を澄ませる。


(感じろ…)


空気の流れ、匂い、振動、音。

全てを感じる。


(……ッ!下だ!)


俺は右に跳躍した。すぐ左には大きな蠍の尻尾が突き出ていた。


(ッッッあと少し察知するのが遅かったら俺は串刺しになっていた…)


『あれれ?この技避けちゃった?何で避れたのかなぁ?気配はけしていたんだけどぉ?』


尻尾が地面に吸い込まれて行くと同時にあどけなさを感じる少年のような声がした。


「菅田を現せ!蠱毒王!」


『言われなくとも姿を見せてあげるよぉ〜?』


(来るっ!)


山の奥からその姿は現れた。


ーーー記憶通りだ。蜘蛛の身体に大きな蠍の尾。虫の羽根に鋭い牙と大きな角が生えている。


(確か…角、牙、尾は猛毒があるはずだ…一発喰らえば終わりだ。)


『ねぇ君の名前はなぁに?俺は巫蠱ふこって呼ばれてるんだよ?』


「………俺は白夜。お前を殺すものだ。」


ーーーコイツが!コイツが!父様を母様を…皆んなを殺した!許せない許せない許せない!許してなるものか!


『あはははッ!スッゴイ殺気!僕を殺す者?冗談キツイよ!僕がね君を殺すんだよ?人間。』


「何故人を襲う。何故人を喰らう。何故殺す。」


俺は心底不思議でしなかった。何故なら…


「数年前に互いに不可侵条約を締結した筈だ。何故条約に背く。」


そう。人間と妖は数年前に不可侵条約を結んだのだ。だから未来の俺はずっと不思議に思っていたのだが。


『何故って?は?そっちから条約を破ったんだろ?お前馬鹿なのか?お前達人間が僕たち妖を先に殺したじゃ無いか。だからこれは復讐だ。』


ーーーー如何事だ?人間達は妖等襲っていない。


「何の話だ?其方から仕掛けて来たのであろう。戯言をほざくな。」


巫蠱は不愉快そうな声で俺に喋りかけた。


『忘れたとは言わせないよ?いきなり境界を開き僕たちの領土を侵した。そして仲間たちを沢山殺した。これは事実だ。』


…嘘を言っている様には聞こえない。謎が深まるばかりだ。


『だから僕達妖は人間お前たちを皆殺しにする。』


そう言うか否か巫蠱は蜘蛛の糸を吐いてきた。


ーーーこれ以上話を聞くのは無理か!ならば無力化した後に聞くのみ!


蜘蛛の糸を刀で切る。


(キリが無いな!ならば)


「火ノ行・下級・火球」


無数の火の玉が降り注ぐ。まるで炎の雨のようだ。


『チッ』


巫蠱は虫だ。虫は火に弱い。忌々しげに舌打ちをする。


『僕、火は嫌いなんだよねッ!』


巫蠱はそう呟き蜘蛛の糸を頭上に吐き出し天蓋を作る。意識は火球に向いている様だ。


(今だ!)


「倍速・終ノ段」


一気に距離を詰め巫蠱の脚を狙い剣技を使う。


「時流・中級・半刻」


この技は時計が半分回っている…つまり半円を描い多様な剣戟だ。


此方に気付いたのか巫蠱は空を飛び回避しようとするが


(ーーー此方の方が速い!)


足を一本斬った。刀には再生妨害の術をかけている為再生には時間が掛かるはずだ。


『足を一歩切った所でまた生やせば良いだけだよ!…あれ?何で生えて来ないの!?』


術が効いているようだ。


「降参するか?」


俺は巫蠱に問う。


巫蠱はプライドが傷ついたのか声を荒げる!


ーーー凄まじ殺気だ…


『巫山戯るなよ!巫山戯るなよ!』


此方に向かって猛毒の霧を出しながら突進してくる。


ーーーだが俺には関係ない



「停止」



巫蠱の時間を止める。毒の霧は剣圧で霧散させ

巫蠱の残っている足と羽根を斬る。




「解除」




時を再生する。





『は?何で切れ…?あっ足がッ!羽根が!』



巫蠱は何で足と羽根が斬られているのか理解出来ていないようだ。


『お前ッ!何をした!』


俺は至って普通に答える。


「何って…お前の時間を停めている間に斬っただけさ。簡単だろ?」


多分俺の顔は笑みで歪んでいるだろう


『時を停めただとっ!あり得ないあり得ないあり得ない!』


巫蠱はまだ戦意を喪失していないのか俺に向かって毒の霧を吐く。


「停止」


俺は毒の霧にだけ術をかけた。


『なっ!霧が進まない!』


そして


「戻れ」


霧が吐き出される前に戻した。


『ほ、本当に時を操っているのか!?』


「そうだと言ってるだろう?お前では俺には勝てない。」


『ッッッ!殺せ!』


俺に勝つのを諦めたようだ


「一つ聞きたい。」


俺は人が妖を襲ったという事実は無いと巫蠱に伝えた。


『嘘だ!だってあの気配は完全に人間のものだった!』


…信じてくれていないようだ。ならば


「…なら神前の誓いを立てよう。」


『お、お前…正気か!?』


ーーー神前の誓い。それは神に誓う行為だ。神前の誓いを立てた時、嘘を吐けば神罰が下される。


「八百万の神々に誓いを立てよう。我々人間は妖との不可侵条約を破り妖の領土を犯し殺した事実は一切無い!」


…暫く沈黙が降りた。


『…嘘じゃ無いんだな…。時間が経っても神罰が下らない。』


きっと巫蠱は心底驚いた顔?をしているんだろうか。


「あぁ。嘘じゃ無い。俺等は何もしていない。」


『じゃぁ僕たちを襲ったのは誰…?』


それは俺にも分からない。だがこれだけは言える。


「妖と人間の仲を引き裂こうとするモノが存在する。」


だから…俺は巫蠱にこう申し出た。


「巫蠱。」


『なぁに…?』


「式神の契約を結ばないか?」


『へ?』


式神の契約。妖が人間に使える契約だ。


「俺達は目的が一致している。だから同じ目標を持つもの同士協力したい。」


『………』


ーーーいきなり過ぎたか?いや丁度仲間が欲しかったんだ。


「如何だ?」


『………』


「矢張り駄目か?考えて欲しい」


ーーー時間を掛けないと駄目だろうか?

だよな。さっきまで殺し合っていたんだんだ。無理があるよな


俺がそう口を開かけた時


『良いよ。僕お前の式神になるよ』


「ーーーーえっ?良いの?」


きっと俺は今物凄く間抜けな顔をしているだろう。


『お前から提案して来たのに何でそんな間抜けな顔をしている。仮にもお前は今から僕の主になるんだそんな間抜け面を晒すな。早く式神の契約を結べ。』


俺は言われるがままに目を閉じ契約の呪文を唱えた


「八百万の神々に申し上げる。今ここに緋月白夜と蠱毒王・巫蠱は式神の契約を交わす。」


呪文を唱え巫蠱の方に目をむける。


(………?)


そこには絶世の美少年が立っていた。

肩口位迄伸ばされた美しい深紫こきむらさき色の髪に大きな少し紫掛かった銀色の瞳。鼻筋は高く唇は桃色に染まっている。


「誰?」


思わず声に出してしまったのは普通だと思う。だって先程迄は気持ち悪い虫だったのだから。


美少年が少々機嫌が悪そうな顔をして言う。


『誰って…巫蠱だけど?』


「いや!姿変わりすぎだろ!」


『お前と契約した影響で人の姿を取れるように進化したんだ。』


ーーー進化って凄い


『何を思っているか知らないけどこれから宜しく頼むよ?主』


「………。」














ーーーこうして蠱毒王を仲間にし、家族を救ったのであった。

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時空ノ陰陽師は全てを変える 狐の剃刀 @kitunenokamisori

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