幸福な凡人
中間テストも終わり、運動会が過ぎ、梅雨が明け、期末テストの時期になる。
クラスも期末テストモードになり、みんな休み時間も勉強している。
「もう勉強したくないよ……。ねえねえ、みんなで海行かない? 今日は暑いよ? 水着も見れるよ? チワ助ももふもふできるよ?」
「駄目だ時任、お前は中間テスト赤点ギリギリの科目あっただろ……。ほら、教科書開け」
「うわぁあ!! 山田が意地悪する!! あの時はあんなに優しかったのに!! もう私の事嫌いになっちゃったの!!」
「ば、ばか!? やめろ、みんな勘違いするだろ!?」
「ふえ? 山田、白百合さんに勘違いされたくないだけじゃないの? このこの!」
数学は満点の癖に英語が壊滅的に駄目な時任。
運動会は大活躍していたのにな。
あの時――
運動会で目立った時任は二年生の先輩に告白をされた。
時任は即断ったが、ボクシング部の先輩であり、あまり柄の良くない生徒で時任を待ち伏せしたり色々あった……。
今は時任はあっけらかんとしているが、運動会の後は付きまとう先輩に少し悩んでいた。
そして、俺もそれに巻き込まれていた。先輩はどうやら時任が俺の事を好きだと思っていたらしく、部活内で嫌がらせが起こった。
昔だったら、その嫌がらせも気にせず淡々と過ごしていたんだろうな。
そんな事はしなかった。嫌なものは嫌とはっきり言い、先輩であろうがモラルを乱す行為は許せなかった。
全員リングの上で叩きのめした、が、嫌な先輩が連れてきたボクサーと対戦することになった。
「……山田って今週部活の試合だよね? 団体戦の。私のせいで二年生全員やめちゃって大丈夫?」
「いや、あいつらは辞めていない。今回の団体戦は欠場する。……ちょっと知り合いにお願いして、鍛え直してもらっている。きっと強くなって戻って来るだろう」
「そっ、なら良かった。ていうかさ、あの時山田と対戦した男の子って超有名な格闘家だったみたいよ。あの先輩、金とコネだけはあったもんね。山田がぶっ飛ばして清々したけどね」
「話をそらすな。後処理がクソ大変だったんだぞ。さあ勉強の時間だ……、ん?」
教室の扉に気配を感じた。そちらを見ると白百合が立っていた。
少しはにかんでしまう。
今日は二人で時任の勉強を見る予定で――
「あれ? 草太君、時任さんは?」
「ん? ここに……な、に?」
さっきまで座っていた席に時任の姿は無かった。
周囲を見渡すと、忍者みたいに足音もなく教室を出ていく時任の後ろ姿が見えた……。
「と、時任!! また逃げるのか!!」
「草太君……、えっと、とりあえず時任さんに教える箇所まとめておこうか」
「そうだな。関口にも連絡しておいて、時任を見つけたら連れて来るように言っておこう」
なんだか意識してしまう。
あの日、白百合が俺のベッドの上にいた日からだ。
もちろん、俺は白百合が好きだ。
今の俺は、白百合に完全に惚れている。
全然気持ちが違う。姿が見えるだけで嬉しくなる。話すだけで心が弾む。
「白百合、夏コミに向けて進めているのか?」
「うん、学生だからギリギリにならないように余裕持って進めているんだ」
「何か手伝える事はあるか? 一応、クリスタの使い方もやっとわかってきた」
「あはは、草太君、絵がうまくなったもんね。もしもアクシデントが起こったらアシスタントお願いするね」
「ああ、任せろ」
ちょっとの会話なのに心地よい精神状態になれる。白百合は空気清浄みたいな女の子だ。
「……草太君? なんか今失礼な事考えてたでしょ?」
「い、いや、そんな事ないぞ。白百合は空気清浄機みたいで……」
「空気清浄機!? 意味分かんないよ! もう、草太君って変な事言うの前から変わらないね」
今ならあの時の関口の気持ちがわかる。
中学の卒業式、告白をしようとして出来なかった時。
すごく、勇気がいるんだな。
関係を壊すかも知れない、嫌われるかも知れない。
もう少しだけこのままでいたい、その気持ちが邪魔をして想いを伝えられないでいた……。
***
怒涛のコミケの夏が過ぎ、新学期になり、文化祭の準備の時期となる。
言葉でいいあらわすと短文なのに、色々な事があった。
夏コミではやはりトラブルに巻き込まれて、それでも良い思い出になった。文化祭では話したことのないクラスメイトと繋がりが出来きてきた。
他のクラスにも友達が増えた。
以前、中学の時に関わった生徒たち。
文化祭の準備中にC組の友人、龍ケ崎に話しかけられた。
「……おい、山田。またスパーリングしてくれよ」
「龍ヶ崎、ボクシング部に入ればいいじゃないか」
「やっ、縛られんのは嫌なんだよ。ていうか、女子が入って良いのか?」
「そんな規則ないぞ。あっても俺が変える」
「相変わらずだな……。……ていうかさ、山田……私転校するんだ、東京の学校に。親に都合っつうか、スカウトっていうか」
白百合と同じクラスの龍ケ崎、この子とも色々あった仲だ。
男勝りな性格なのに可愛いものが大好きだ。白百合とも仲良くなれて、せっかく友達になれたと思ったのに。
「そっか、転校か。……寂しくなるな」
「うっせ、俺は別に寂しくねえよ。……スマホ、ちょっとよこせよ。……ふん、俺のアドレスだ。絶対連絡しろよ。お前とは勝負がついてないんだからな!」
「ああ、わかった。必ず連絡する。東京行った時は会おうな」
「っ!? わ、笑ってんじゃねえよ。くそ、絶対だぞ」
「龍ヶ崎、お前も笑ってるぞ」
龍ケ崎は少し顔を赤くしながら去っていった。
人生には出会いと別れがある。
幼稚園、小学校、中学校、高校、大学。卒業するたびに別れと出会いを繰り返す。
以前の俺なら、もう二度と会う必要がない人間は忘れればいいと思っていた。
そんな事はない。また、いつか出会う事がある。
だから忘れる必要はない。思い出を残しておけばいい。
そういえば、風間とも再会することが出来た。
あれはサッカー部の助っ人を頼まれた時だ。
もう二度と会わないと思っていたのに、また出会う事がある。風間は少し大人になっていたな……。
平塚に彼氏が出来た事を言ったら、膝から崩れ落ちていたな……。
そうそう、平塚も幸せそうにしている。
コミケで平塚と神埼がコスプレをしているのを見かけた。
あの不良の神埼がコスプレをするとは思わなかったけど、中々のクオリティで仕上げてきた。
2人の関係は良好だ。
少しいびつな性格をしている平塚を支えてくれる神埼。
きっとナイスカップルなんだろうな。
「草太っ! あっ、龍ケ崎さんと話してたんだよね? 転校、寂しいよね……」
「東京なら会えない距離じゃない。連絡先も聞いたしまた会えばいいさ」
「え? マジで? あの龍ケ崎さんから連絡先聞けたの!? うわ……、流石草太。一緒に闘った仲だっけ?」
「確かに拳を交えたが……、まあいい。関口は何をしているんだ? その格好は……」
関口は何故かメイド服を着ていた。文化祭で使用するものだと思うが、何故今着ている?
「え? 可愛いじゃん! えへへ、今日はみんなでオペレーションの練習だよ。飲食店でバイトしてる子に接客を教わるんだ」
「なるほど、練習は大事だが……、練習なら着なくてもいいんじゃないか?」
「もう草太はわかってないな〜、女の子はね、可愛いものが大好きなのよ」
関口と話しながら、何故か俺の足はC組に向かっていた。
すぐ近くのクラスだから別に問題ない。
クラスの女子の半分がメイド服を着ていた。
……9割の女子がドンキやアマゾンで買った安いメイド服か。
文化祭なら仕方ない。そういうものだ。
「あっ、草太。白百合さんならあっちのカーテンに巻き付いてるよ」
「……べ、別に探していたわけじゃない」
「はいはい、ていうかあんた私のメイド服姿見て何も思わないの!? なんか褒めなさいよ!!」
「いや、関口はいつでも可愛いぞ。メイド服を着ていなくても」
「はぁ……、あんた、マジでバカッ!! そういう事は他の女の子に言わないの! 今日は説教よ、絶対説教よ!」
「ま、まて、白百合がカーテンから出てこないぞ。俺は白百合のメイド服姿を見たいっ」
「ちょっと待ちなさいよ!! はぁ、風子、白百合さんを連れてきて」
「りょーかいじゃん! まああたしの方が可愛いけど、白百合も悪くないわよ」
しばし待つ。
風子さんが男子生徒に威嚇する。その後ろに白百合が歩く。
感嘆の声が漏れた。
「……美しい」
「は? 私の時は言ってくれなかったじゃん! 草太のバカ!」
「い、いや、可愛いって。……そ、そんな事より、白百合はあの姿で接客をするのか?」
風子さんの後ろに隠れている白百合。ちょこんと顔を出している。
「こ、こんちわ。草太君。ちょ、ちょっと恥ずかしいんだよ……」
「だ、ダイジョブだ。とても似合っている。そ、その、可愛くてキレイで素敵だ。是非給仕されてみたい」
「……」
「……」
「あんたたち見てるこっちが恥ずかしいわよ!! 安心して、白百合さんは料理うまいから当日はキッチンだからね。ちょっと試しに着てみただけだから。嫌がる事はさせたくないし」
「……」
「……」
「人の話し聞きなさいよ!? ああ、もう、あんたら仕事はいいからどっか行きなさいよ!」
****
白百合はメイド服の上に制服を羽織る。これで恥ずかしさが緩和されるようだ。
……制服と露出度は同じ位だが、どうやらメイド服という異空間のものを学校で着るという恥ずかしさがあるらしい。
「あーっ、恥ずかしかった……」
「……安心した。文化祭で白百合がそんなものを着たら、男子生徒が黙っていない」
「え、そんな事ないよ〜。私、陰キャだし男子と喋らないし」
……自覚がないというのは怖い事だ。
白百合は芸能クラスと間違われる程のオーラを放っている。みんな緊張して話しかけていないだけだ。
それに、表面的な美しさだけではない、内面的な美しさが面に現れているのだ。
それは――
「ちょっと草太君! 飛んでるよ? 戻ってきて」
「あっ、すまない。白百合の事を考えていた」
「またまた、草太君はいっつも冗談がうまいんだから」
多分だが、俺達の仲は少しずつ進んでいる、と思う。
まだ告白はできていない。どんな風に告白をしようか悩んでいるんだ。
やはり、中庭の桜の木の下が無難だろうか? それとも浜辺で告白か……?
俺達は特に行く宛もなく校舎を歩く。
文化祭の準備に生徒たちは追われている。
たまに顔見知りの生徒と出会っては挨拶を交わし、そして、白百合と2人で歩く。
文化祭の準備をちゃんと行うのは初めてだ。
今まではずっと仕事として処理をしてきた。
……みんなで力を合わせて作業する大変さと充実感。
学園生活って本当に奥が深い。
「……草太君、やっと文化祭に参加できたね。運動会もそうだったけど、草太君すごく楽しそうで良かった」
「ああ、楽しいな。……昔はただの雑務としか思わなかった。だけど――」
その時、横から声が聞こえてきた。
「だけど、緩くなったわね、草たん。でも、その緩さが草たんの芸の幅をひろげているのよね。悪くないよ、草たん!」
「おっ、心音か。珍しいな学校にいるのは」
「ふふん、ツアーが終わったからね。たまには行事を楽しまなきゃっ! えへへ、私的には中学校の頃の草たんが大好きだったんだけどね〜。でも、今も悪くないって最近気がついたんだ!」
心音が腕を回してくる。
「こ、心音さん、草太君が嫌がってるよ!」
「ええ、嫌がってないよ。草たんちょっとむっつりだし」
「そ、そ、そんなことはない! 心音、白百合が誤解を招くような発言はやめろよ」
「だって〜、昔さ、私のパンツを――」
俺は心音の口を手で塞いだ。心音パンツ事件だ。あれは……俺の弱さが悪かったんだ。心音のパンツから始まり、ストーカー、六本木のクラブ、そして、半グレ……。
懐かしい思い出だ……。
白百合が俺の腕を引っ張った。
心音の腕の力が緩む。
「大丈夫、草太君! 私もその事件は心音ちゃんから聞いてるもん。草太君は変態さんじゃないもん! ちょ、ちょっとエッチかも知れないけど……、関口さんのコスプレもすごく見てたし……」
「俺が、心音のパンツをハンカチと間違えて……、知っていたのか!?!? というか、俺がエッチだと……?」
「うんうん、初々しくていいよね。やっぱり白百合ちゃんもアイドル目指そうよ!」
「や、それは陰キャにはちょっと……」
「そっ? 気が変わったら連絡してね。私、もう少し校舎歩いて学校を満喫してるから。じゃあね〜」
心音は去っていった。
白百合は俺の腕を掴んだままであった。
「あっ、ご、ごめん」
白百合は掴んだ手を離そうとしたが、バランスを崩して転びそうになった――
俺はその彷徨う手を掴んで身体を支えた。
「……転ぶと危ない。……もう少し歩かないか?」
「う、うん……」
白百合は俺の手を振りほどこうとしなかった。
俺は全身が緊張してうまく歩けなかった。
手のひらから伝わる白百合の温度と柔らかさ。
鼓動が速くなる。
気がつくと、俺達は屋上に着いていた。
「うわぁーー、今日はいい天気だね! すっごく気持ちいいよ!」
さっきまでの緊張感が抜け、いつの間にかいつもの俺達に戻る。
それでも、繋いだ手はそのままだ。
それが俺はすごく嬉しかった。
「また転ぶぞ。気をつけろ」
「ぷっ、草太君、おっさんみたいな言い方だよね」
「そうか? もうよくわからない……」
「ベンチ座ろ!」
それっきり俺達の会話が止まった。
会話が無くても空気が重くない。自然と和んでいる状態。
身体の中のストレスが消えていく感覚。
好きな人と手を繋いでいるのって凄いな……。
俺はふと思った。きっとこのタイミングなんだろう、告白をするのは。
そう思った瞬間、緊張が再び襲いかかる。
勇気を出せ。告白をするんだ――
「白百合、俺は――」「草太君、私――」
言葉が重なってしまった。俺達は顔を見合わせる。
なんだかおかしくなって笑ってしまった。
白百合が俺の肩に頭を乗せてきた。
俺は自然とそれを受け入れる。
「……多分ね、私、同じ事言おうとしてたかもね。……わかんないけど」
「そっか。そうなら俺はとても嬉しいな」
多分、俺は今この瞬間、世界で一番幸せなんだろう。
「……白百合、今日はこのままずっと一緒にいてくれるか?」
「うん、今日だけじゃないよ。……ずっと一緒にいようね」
晴れた日の空は綺麗だった。
俺は、好きな人と手を繋ぎながら二人きりで屋上で過ごす。その幸せを噛みしめる……。
ふと、頭の中で何かがよぎった。
それは過去の走馬灯でも未来の走馬灯でもなく――苦しい思い出でもなく、辛い未来でもなく――
ただ、幸せな『今』を笑顔で楽しんでいる自分の姿だった。
俺はバカな男子だった。
頭が悪くて運動も出来なくて、それを自覚していたのに努力をしようとせず、ただ笑って誤魔化していた。
大人になれば変わるって思っていた。
辛い事があっても冷たい心があれば乗り越えられると思っていた。
『走馬灯』
俺を変えてくれたモノ。
努力する事は大事だ。
だが、それ以上大事なモノがある。
俺はそれに気がついた。
もう、二度と離さない。悲しい未来は努力ですべて乗り越える。
これは、もう恋なんてしたくないと思っていた平凡な俺が、中学から努力をしたら愛する人と出会えた物語であり――
平凡な俺が努力して過去に遡って、愛した人の未来を救う物語だ。
(もう恋なんてする必要もない〜平凡な俺が努力をしたら、俺の事を見下していた女の子の態度が変わってしまった 完)
もう恋なんてする必要もない〜平凡な俺が努力をしたら、俺の事を見下していた女の子の態度が変わってしまった うさこ @usako09
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