三度目の失恋
「うわぁ、草太っ」
「な、何をそんなに驚いているんだ。……なんか気まずいぞ」
「う、うん、よくわかんないけど気まずいね」
週明け、普通に学校に登校した時に関口と廊下でばったり出会った。
妙に気恥ずかしい。あの時の会話はよく覚えていない。ただ、抱きしめていたという事実を白百合から聞いた。
「え、えっと、これからも友達としてよろしくお願いします」
「なぜ敬語なんだ……。ああ、俺と関口はもちろん友達だ」
何にせよ、関口が無事で良かった。これで二人の悲劇は回避出来たはずだ。
だが、俺が視た未来はアレだけじゃない。
一回目の悲劇を回避しただけだ。
幾重にも連なる悲劇を回避する必要がある。関口や白百合だけじゃない。心音や姉貴にもそれは襲いかかる。
……今は心が落ち着いている、ということは何も起こらない。
なら、学園生活を満喫するのみであった。
「ちょちょ、これあんたにあげるよ。あのさ、せっかくのデート台無しにしちゃったじゃん。あれでしょ、あんたがお父さんのミスに気がついて大惨事を止めてくれたんでしょ?」
「成り行き上そうなっただけだ。……これは」
「そう、これはカップル限定、八景島シーパチランドチケット!! 中間終わったら白百合さんと行ってきなよ」
「……シーパチランド……興味深い。ありがたく受け取ろう」
「へへ、中間終わったら運動会だよ。うちのクラスは運動部揃ってるからあんたのクラスには負けないからね! あっ、風子だっ! ちょ、なんで逃げるのよ!! 草太、じゃあまたね!」
関口は風子さんを追って廊下を走り出した。
「転ぶなよ、また昼休みに」
しかし、関口は何かすっきりとした顔をしていた。よくわからないが、良いことでもあったんだろう。
俺は自分の手の中にあるチケットを見つめる。……二人っきりで遊園地か。
どのように誘おうか……。
悩みながら俺は教室へと向かうのであった。
****
風子を追おうとした足を止める。
草太の背中を見送る。
心に思ったのは、やっぱり違うんだ、という気持ちだった。
私は屋上へ続く階段へと向かうことにした。
しっかりと柵があり、生徒の憩いの場として開放されている屋上。
朝のこの時間に屋上に来る人はいない。
ベンチに座ると、なんだか力が抜けてしまった。
「……そっか、私、やっぱり草太の事小学校の頃から好きだったんだなぁ」
人生を振り返る。スマホもテレビも見ずに、ただ空を見つめて考える。滅多にない時間。
私と草太が出会ったのは小学一年生の頃だ。
家が近かったのもあったけど、子どもの頃って知らないうちに仲良くなっているんだよね。
「私、人参、食べられなかったんだよね」
大嫌いだった人参。給食に出てきて困っていたら、隣の席の草太が『おっ、これもらっていいか? 俺食ってやるぜ!』って言って、私の人参食べたんだ。
あとで聞いたら、草太も人参嫌いだったけど、私が困っているから食べたらしい。
まずいのに、無理して美味しそうに食べて、ちょっと苦しそうだけど、私に見られると恥ずかしそうにしてさ。
「そんな前から好きだったんだ。うん、じゃなきゃちょっかいかけなかったもんね」
事ある事に草太に絡みに言った。好きな子をいじめちゃう、そんな感じだったのかな?
草太が奈々子ちゃんの事が好きなのはわかっていた。奈々子ちゃんに嫉妬する自分が嫌だった。だから、草太の事は別に好きじゃないって言い聞かせていた。
多分、これが一度目の失恋。
それでも、私自身はまだこの恋に気がついていなかった。
理由もわからずお風呂場で泣いた覚えがある。考えたくないのに草太の顔が浮かんできたんだ。
「なんで好きになったか、わからないよ……」
中学の頃の風間の事件。
私はどうしていいかわからなかった。その頃は草太の事を目で追っていたんだ。
あの時の私はどうしようも無くバカで、人の痛みをわかっていなかった。
「……あの時からだよね、草太が変わったの」
この恋を自覚したのは、一年生の冬のマラソン大会。
教室に一人でいた草太。笑ってた。
小学校の頃みたいに。あの表情を見たら、小学校時代の思い出が走馬灯にように蘇ったんだ。
恋に自覚してからがひどかった。精神が安定しないし、無視した罪悪感で押しつぶされそうになって……。
修学旅行に一緒に行きたかった。遠足にも一緒に行きたかった。お昼休みに話したかった。一緒に登下校したかった。勉強会だってしたかった。
草太が同じ高校って聞いて、飛び上がるくらい喜んだ。
「告白、やり直せて良かった……。草太に想いを伝えられてよかった……」
あれは私には絶対必要だった。
二度目に失恋。
じゃないと、私は前に進めなかった。草太は私の想いにちゃんと答えてくれた。
本当は高校生の草太と話すのも怖かった。
草太との遠足、楽しかった。本当に楽しかった。
だって中学時代からずっと夢みていた事が現実になったんだもん。
やりたかった事は全部やった。
もう悔いは残っていない。死んでもいいと思っていた。
「今の草太の事は好き。……でも私が好きだった草太は……やっぱりもういないんだよね」
草太は中学の時に変わった。
そして、高校になってからも良い方向で変わっていった。多分、あれは白百合さんのおかげだと思う。
中学の時からそうだった。白百合さんと一緒にいる時だけは草太の表情が微妙に違った。ずっと草太を見てきた私だからわかる。
冷たい尖ったナイフみたいな草太はもういない。
みんなに優しくて人間味があふれる草太。
……でも、でも、……やっぱり、私は……変わる前のバカ草太が大大大好きだったんだ。
「なんで、今さらそんな事に気がつくのよ。……今の草太が好きでもいいじゃん」
違うの、全然違うの、好きだけど、違うの。
人は年齢を重ねると変わる。それでも、感覚でわかる。あの時の草太はもういない。
絶対に戻ってない。
昨日までは、草太の表情から昔の面影が視えた。笑顔を向けられるだけでドキドキする。
なのに、今日は違った。
優しいのに、笑いかけられているのに……。ドキドキ出来なかったんだ。
大好きだった草太は、昨日、全部消えちゃった。
私の、三度目の失恋……。
海岸で草太に振られた時も苦しかった。それでも、中学の時の幕を終える事が出来た。
なんだろう、あの時の失恋と違う悲しさ。まるで大切な誰かと二度と会えないような悲しさが心を突き刺す。
それはとっても痛いのに、絶対抜けない。
「……もう、泣かないって決めたもん。……だけどさ……、ちょっとだけ、いいかな?」
自分自身に語りかける私。
私はベンチで身体を丸めて……声を殺しながら泣いた……。
もう二度と恋なんてしたくない……。
こんなに苦しいのは三回で十分だよ……。
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