始まりと決別

「本当に、本当に助かった。ありがとう、君が来てくれなかったら大変な事故を引き起こしていた……」


 顔面蒼白の関口のお父さん。この工場の所長であり、いち早く俺の行動に気がついた人。

 俺達が部屋に入ってきて激怒された。しかも俺が勝手に行動を取って殴られそうになった。が、事故の原因の予測を伝えたら、文句を言いながらも調べてくれた。そして、あと一歩遅かったら人為的なミスにより大惨事を引き起こす事が判明したのであった。


 なんにせよ、間に合って良かった。

 要件は終わった。これで取り急ぎに悲劇は回避出来た。


 思考を凝らしても何も視えない。……緊急事態の時だけ視えるだけか。

 それでも構わない。悲劇が無くせるなら。


「あれ? そのまま帰っちゃうの? 関口さんには会わなくていいの?」


「別に会わなくていいだろ? 今日は白百合とのデートだし……」


「ふーん、草太君、そういう所は冷たいままだね」


「そ、そうか? そんな事は」


「あっ、あそこに関口さんいるよ」


 工場の出入り口、関口がプンプンしながらスマホをいじっていた。


「もうパパったら何なのよ……、いきなり帰れって……。せっかく今日は外食だったのに」


 関口は俺達に気がついていない。

 白百合が俺の背中をそっと押す。……違うんだ。この感情は俺であって俺のものじゃないんだ。

 だが、今だけは……。


「白百合、俺は関口が好きだ」


「う、うん……わかってるよ」


「ちゃんと聞け。友達として……、きっと白百合と出会わなければあいつに惚れていたんだ。……だが、今の俺は違うんだ」


「草太、君?」


 白百合の手を握る。「ひゃっ!?」という声が聞こえた来たが気にしない。


「……またデートしよう。これからもずっと。……今から俺は少し変な言動をすると思う。絶対気にしないでくれ。違う俺が起こしたとでも思えばいい」

「んっ、わかったよ」


 手を離す、関口に近づく。

 距離が縮むにつれて保っていた何かが決壊した。心の奥にある気持ちに身体を委ねる。


 関口が俺に気がついた。


「あれれ? なんで草太がここにいるの? って、あんた泣いてるの!! 誰に泣かされたの? 工場の人? お父さん?」


「関口、あのさ、マジで良かったぜ……。お前、もう病気になることねえんだからよ」


「そ、草太?」


「わりい、俺、今ちょっとおかしい状態なんだ。ははっ、気にすんなよ。お前バカだもんなん。俺もだけどよ」


「うわぁ、何か懐かしいんだけど、草太のその口調……。ていうか、またバカ草太って言われたいの?」


「バカ草太か……。マジで懐かしいな。二十歳の頃の同窓会で再会してさ、ガリガリにやせ細ってよ……、や、そんな事いってもわかんねえよな。ていうか、お前可愛かったんだな」


「ちょ、草太? 冗談は……、冗談は……」


 関口の様子がおかしかった。




 何がおかしいかわからない。まるで落ち着いた大人のような雰囲気に変わる。


「……あんた、頑張ったじゃん。バカなりにさ。……指輪買ってくれなかったわよね」


 自分の目が大きく広がるのを感じる。どうやら俺は驚愕しているようだ。


「貧乏で迷惑かけたな。ていうか、マジでお前なのか?」


「たまには神様だって奇跡起こしてくれるんじゃない? ていうか、奇跡じゃないわよ。あんたの努力のおかげでしょ。……私、幸せだったよ。ほら、だってあんたいっつも笑っていたんだもん。すごく楽しかったよ」


 目頭から熱いものが止まらない。


「もう一人ぼっちにさせねえよ」


「もちろん、あんたと私はいつも一緒でしょ?」


「愛してるぞ」


「私も愛しているわ」



 俺は関口を抱きしめた。

 関口もそれに答える。

 長い長い包容の後――


 意識が遠くなった。




 ***




 目覚めたらベッドの上だった。

 新居のアパート。起き上がると隣に誰かいることに気がついた。


 俺の胸の上で寝ている白百合。

 起こさないように……。


「う、うぅん……、あっ、起きた。よかった……すごくびっくりしたんだよ」


「白百合、俺は一体……」


「あの後大変だったんだよ」


 白百合は俺に色々説明してくれた。

 俺と関口が気を失って倒れた。関口はすぐに意識を取り戻したが、俺との会話の記憶が無かった。

 お父さんが心配をして病院に連れて行ったそうだ。


 俺もよく覚えていない。ただ、何か達成感と充実感を覚えた。

 そして、気を失った俺を運んだのは島藤先輩。

『病院? それは駄目だ。こいつは違う所に連れて行かれてしまう。俺が家までおんぶして運ぶ』


 との事だった。関口は俺とおんぶした島藤と一緒に家まで歩いた。……あそこから10キロはあるぞ。


「……俺は何をしたんだ? 全然覚えていない」


 少しだけ頭が痛い。多分、あの力は身体を酷使するんだ。

 思考能力は普段と変わらない。


「し……」


 白百合、と言おうとしたが、その表情を見て思いとどまってしまった。

 ほっぺたが膨らんでいる。少しすねているような顔だ。

 非常に珍しい表情。この可愛い生き物は一体……?


「抱き合ってた、草太君。カフェで私の事抱きしめたと思ったら、関口さんにまで抱きついた。……とんだハーレム野郎だよ。草太君はなろう系の主人公?」


「ち、違う、覚えていないんだ!? その、白百合を抱きしめた事ははっきり覚えている。関口は、あれは……」


 白百合は動揺している俺を見て吹き出して笑った。


「ぷっ、冗談だよ、わかってるもん。あの時の草太君、いつもと違った。なんていっていいかわかんないけど、草太君だけど草太君じゃなかった」


「と、とにかく、これだけは言っておく。せ、関口のことは友達として好きなだけであって、恋愛的なそれではない」


「ん、りょーかい。私も変な気を回さないね。なんかごめんね」


「そうか、わかってくれて良かった。……ところでいつまでベッドの上でゴロゴロしているんだ? その、少し恥ずかしい」


「ん〜、もう少し?」


「何故疑問形なんだ……。全く、白百合じゃなかったら叩き出していた所だぞ」


「わ、私だって草太君以外にこんな事できないよ!」


 俺達はそのままのんびりとした時間を過ごす。

 今日の休日の締めくくり。

 色々あったが、最高の休日となったのは間違いないだろう。










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