第7話 騎士団長様、あなたが愛しているのは……
「私は気付いていますのよ。ロイド様が……ルシアをずっと想っていらっしゃることを……」
フィーリアが告げると、近くにいた騎士達が聞いていいものかとこちらをちらちら見ている。
そしてますます恐ろしい顔で騎士団長に睨まれている気の毒な新人騎士は、すでに半泣きになっていた。
「私がルシア嬢を想っていると? 誰がいつそんなことを?」
ロイドは本心がフィーリアにばれていたことに慌てたのか、
いやフィーリアではなく、新人騎士に向かって。
「ひいいい。ぼ、僕は今日入団したばかりで何も知りません。許してください、団長様」
新人騎士はこのまま斬り捨てられるのではないかと、震えながら答えた。
「誰かに聞いたのではありませんわ。ロイド様を……見ていれば分かります。いつだってルシアのことを見つめているではありませんか」
「そ、それは……」
追い詰められたのか、ロイドの横顔が鬼の形相になっている。
ついに耐えきれなくなった新人騎士が「もう許してください‼」と叫んで逃げていった。
それでもまだロイドはフィーリアの方を見ようとはしない。
「そのように顔を見るのも嫌な私と結婚しても不幸にしかなりませんわ。もう無理をなさらないでください。私は大丈夫です。ロイド様がルシアと幸せになったからといって恨んだりしませんわ。お父様も私が説得致します。だから安心して幸せになってください」
そう。
今は辛いけれど、きっといつか心から祝福できる。
このままフィーリアの結婚相手は見つからないかもしれないけれど、その時はロイドとルシアの間に生まれた子が家を継いでいってくれるだろう。
それでいい。
ロイドとルシアの子供なら、きっと美しく聡明に違いない。
プリゴール家をきっと繁栄させてくれるだろう。
遠巻きに見ていたルシアと母が「よしっ!」という顔でガッツポーズをしているのが目の端に映った。
しかし。
「あなたは間違っている‼」
ロイドはそう言って、初めてフィーリアを見た。
「間違っている?」
「そうです。私は確かにいつもルシア嬢を見ていました」
団長の赤裸々な告白に、周りを取り巻いていた騎士達から「おお!」という歓声が上がる。
ルシアは嬉しそうにぽっと頬を染めて「まあ、そんな大胆な告白を。ロイド様ったら」と言って照れている。隣の母まで嬉しそうに顔をほころばせていた。
「ですがそれはルシア嬢が好きだからではありません」
「え?」
しかし想像していなかった言葉にルシアと母の笑顔が消えた。
「ロイド様は好きでもない令嬢を見つめるご趣味がおありなのですか?」
訳が分からず、フィーリアは尋ねた。
「ち、違います。私は……私は……ルシア嬢があまりに露出の多いドレスで魅惑的だから、気になって注視していたのです」
「…………」
変態?
(いま、ロイド様はご自分で変態だと認めたの?)
周りの騎士達も団長のセクハラまがいの言葉にどん引きしている。
言い方を間違えたと気付いたのか、ロイドは慌てて言い直した。
「ち、違います! そういう意味ではなく。騎士達がルシア嬢に
「え?」
周りの騎士達は思い当たる節がいろいろあるのか、バツが悪そうに顔を見合わせている。
そういえば、以前ルシアの取り合いで決闘まがいの事件が起きたことがあった。
ルシアをめぐって足の引っ張り合いの小さなトラブルはしょっちゅうあると父からも聞いていた。
「では……いつもルシアを目で追っていらしたのは……」
「団員達がトラブルを起こさないか、見張っていた」
ロイドは答えた。
(まさか、本当に?)
「では……ルシアにしつこく付きまとっていた騎士から助けたのも……」
「あいつは以前からルシア嬢を見る目つきがおかしかった。司令官のお嬢様に失礼なことをしないように気を付けて見ていた」
結局彼は遠方の騎士団の配属に変わったと聞いたけれど。
「では……ランディス様とルシアが話していると、嫉妬して邪魔していたというのは……」
「し、嫉妬ではありません。いや、ランディスには嫉妬していたかもしれない。あなたと婚約したと聞いて、なぜ彼より先に申し出なかったかと悔やみました。けれど、この気持ちは封印して、あなたの幸せを見守ろうと決心していました」
「え?」
「それなのに、ルシア嬢がやけにランディスに話しかけていて、ずいぶん二人の関係が馴れ馴れしくなっていることが気になって……。もしもフィーリア嬢がその様子を見てショックを受けたらと思うと我慢できず、私が二人の間に割り込むようにしていました。それなのにあの馬鹿は……」
ランディスは今、追放は免れて自宅謹慎になっている。
「ランディスは馬鹿なことをしました。彼は悪い。けれど、ルシア嬢はもっとひどい」
「え?」
思いがけず非難されたルシアは目を丸くしている。
「明らかに露出の多いドレスで体を寄せてランディスを誘っていました。血気盛んな若者に美しいご令嬢がそのようにして、平常心でいられる男の方が少ないでしょう。ランディスもまた被害者だと思ったから、私は司令官に許して欲しいと頼みに行ったのです」
騎士達は思い当たる者もいるのか、何人かが俯いた。
そして何人かはルシアの方を見てコソコソと話し合っている。
「な! 何をおっしゃいますの! ま、まるで私が娼婦のごとく男性達を誘ったような言い方をして! 失礼ですわ‼」
ルシアは真っ赤になって叫んだ。
「そ、そうよ。純真なルシアに、なんて無礼な! こんな人だとは思わなかったわ‼」
母もロイドを
だがロイドは平然と言い返した。
「気付いていないとしらを切りますか? ですが、フィーリア嬢が少し仲良くなった騎士に、ことごとく近付いて気のあるような態度を取っていたでしょう? 知っていますよ」
そうだったの?
だから仲良くなりかけたと思ったら振られてばかりだったの?
「し、知らないわ! なんの証拠があって、そんな濡れ衣を着せますの?」
「そ、そうよ。これ以上の無礼は許しませんよ。旦那様に言ってあなたこそ騎士団から追放させますわ‼」
ルシアと母は、ロイドに怒鳴り返した。
「追放と命じられるならば、甘んじて従いましょう」
「ロ、ロイド様っ‼」
慌てたフィーリアだったが、ロイドは落ち着いて続けた。
「ですが……司令官様は奥様のお言葉を受け入れるでしょうか? フィーリア嬢に対する母とも思えぬ冷たい態度もずっと見てきました。それらすべてをお話すれば、追放されるのは私ではなく奥様の方ではありませんか?」
「な……」
母は蒼白になって言葉を失くした。
「私が気付いていないと思っていましたか? 私はすべて知っています。なぜなら……」
ロイドは切ないような視線をフィーリアに向けた。
「なぜなら……、私はずっとフィーリア嬢を見ていましたから」
「ま、まさか……。だって私が見ていても全然目が合わなかったのに……」
「騎士団長たるもの、想い人に気付かれるような間抜けな見かたはしません」
そして、はっと気付いた。
「では……このパンを作っているのが私だということも……」
「ええ。司令官様のお屋敷に所用で行くたび、今日も勇ましくパン作りをしているだろうかと、いつもこっそり見ていました」
「‼」
見られていたのだ。
一心不乱に生地を叩きつける姿を……。
「心から尊敬する司令官様に似た面影のフィーリア嬢を初めて見た時から、私はずっと憧れていました。憧れるあまり緊張で怖い顔になってしまい、避けるような態度になって申し訳ありませんでした」
「憧れるなんて……。私の方こそ……結婚相手にお名前を出すのは畏れ多い方だと思っていました。まさかそんな風に想っていてくださったなんて……」
「改めて申し込ませてください。どうか、私と結婚してください、フィーリア」
片膝をつき、差し出された手をフィーリアは恐る恐る掴んだ。
まだ何かの間違いなのではないかと思っている。
けれど……。
真摯に見つめるロイドと目が合うと、信じてみようと思えた。
「私でよければ……喜んで……」
消え入りそうな声で頬を染めて答える。
「わあああ!」という歓声が上がり、周りにいた騎士達の祝福の拍手が響いた。
(夢を見ているのかしら)
まさかこんなどんでん返しがあったなんて……。
ルシアと違って振られ続けの人生だったけれど、
いつも母に似て美しいルシアが羨ましかったフィーリアだったが、初めて父にそっくりな自分で良かったと思えた。
「こ、こんなの嘘よ! ロイド様はおかしくなってしまわれたのだわ」
「ええ、ええ。こんな愛らしいルシアよりもフィーリアがいいだなんて、どうかしているわ」
ルシアと母は信じられないという顔で呟いた。
「お母さま~。私はどうすればいいの? みんなひどいわ。うう……」
「ああ、かわいそうなルシア。こんな失礼な人達に付き合っていられないわ。あなたには野蛮な騎士などより、もっと素晴らしい縁談を私が用意してあげますからね。さあ、行きましょう」
ルシアと母は、いたたまれなくなったのか捨て台詞を吐いて立ち去っていった。
今までルシアに懸想していた騎士達も、もう庇う者はいなかった。
ルシア達が去ると、騎士達はロイドとフィーリアの周りに集まってきた。
「俺達目が覚めました。ルシア嬢を好きになって幸せになった者など誰もいないのに」
「思わせぶりなルシア嬢にすっかり手玉にとられていたのですね」
「まったく揺るがなかった団長はさすがです」
「いやあ、それにしても浮いた話一つないから、団長は男色なのかと心配しましたよ」
「俺達も団長には早く身を固めて幸せになって欲しいと思っていたのです」
「まさかずっとフィーリア嬢を想っていらしたなんて」
「早く言って下さいよ。みんなで協力しましたのに」
そしてさっきまで怖い顔でロイドの告白を受けていた新人騎士が、涙ぐんで告げた。
「ほ、本当に良かったです~。おめでとうございます、団長」
これで団長が振られるようなことがあれば、最悪の初日になるところだった。
みんながどっと笑って、ロイドも頭を掻いている。
「いや、巻き込んで悪かったな。フィーリア嬢の前ではどうにも意識しすぎてそっけない態度になってしまうのだ」
「私はてっきり嫌われているのだとばかり思っていました」
「いえ、断じてそのようなことはありません。私があなたを嫌うことは、おそらくこの先、一生ないでしょう。断言します」
生真面目な顔で答えるロイドが愛おしい。
目の前には怖い顔を封印して、照れ隠しのように微笑むロイドが立っていた。
フィーリアが微笑み返すと、騎士達がひやかすように口笛を鳴らし、祝福の歓声が遠い未来まで二人を包んでいくようだった。
END
騎士団長様、あなたが愛しているのは私の妹です 夢見るライオン @yumemiru1117
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