第6話 怒りのルシア

「ひどいわ、お姉様! 私の気持ちを知っていてロイド様を指名なさるなんて!」


 週に一度の騎士団への差し入れの日、フィーリアは馬車の中でルシアになじられた。


 間の悪いことに、ちょうど今朝ロイドとの婚約のことを聞かされたらしい。


「ご、ごめんなさい。でも……私が指名したわけでは……」


「嘘よ! ではロイド様が自ら申し込まれたとでも言うの⁈」


 ルシアは眉を吊り上げ、ぎろりとフィーリアを睨んだ。


 かなり凶悪な表情をしているというのに、それでも愛らしく見えるルシアが羨ましい。


「ま、まさか……。ロイド様が私になど結婚を申し込むはずがないでしょう。成り行きでお父様が命じられて仕方なく……」


 フィーリアはあるがまま正直に答えた。


「やっぱりそういうことだったのね! ひどいわ! お父様を心酔するロイド様なら断れないと分かっていて頼み込んだのね! いくら不器量なお姉様の結婚相手が見つからないからって、権力を振りかざしてロイド様を言いなりにさせるなんて……うう……ううう」


 ずいぶんひどい言われようだが、だいだい合っているので反論もできない。


「ご、ごめんなさい」


 ルシアの隣に座る母も、かたきを見るようにフィーリアを睨みつけている。


「本当に、あなたと旦那様の卑怯さには呆れたわ。わざわざルシアと両想いのロイド様を指名して、二人の仲を引き裂くようなまねをするなんて……」


 確かに想い合っている二人からすれば、ひどい話だと思う。

 母が怒るのもよく分かる。


「私は絶対に認めないわ。必ず阻止してみせるから覚えていらっしゃい‼」


 でも実の母にこんな言われ方までするなんて、と悲しくなる。


 娘の婚約なのに、祝福の言葉はまったくない。


「お、お母様。今日ロイド様にお会いしたら、きちんと話してみます。いくら上司だからって、結婚まで言いなりにならなくていいとちゃんと伝えますから」


「本当に? 本当に言ってくださる? 本心で好きな相手と結婚して欲しいって伝えてくださるわよね? お姉様」


 ルシアはフィーリアの手を取って懇願した。


 ロイドの好きな相手が自分で間違いないと確信しているのだ。


 ここまでお互いに想い合っている二人を引き裂くなんて、フィーリアだってするつもりはない。


 母は念を押すように告げた。


「必ず伝えるのですよ、フィーリア。そしてロイド様をルシアに返しなさい。さもなくばあなたのことを生涯軽蔑しますよ。もう娘とも思わないわ。分かったわね」


 やがて馬車は騎士団の訓練場に辿り着いた。



 ちょうど昼休憩に入ろうとしていた騎士達は、フィーリア達の馬車が到着したことに気付くと、嬉しそうに集まってきた。


 ペリゴール家のメイド達が馬車に積んだお菓子やパンの入った籠を取り出し、フィーリアとルシアと母は騎士達に配って歩く。


 すでに人気者のルシアの周りには騎士達が取り巻いている。


 フィーリアは自分の作ったパンを入れた籠を持ってロイドを捜した。


 今日のパンは今までで一番出来のいいブリオッシュだ。


 戸惑いを紛らすために無心でスパコーン、スパコーンと叩き、練り上げた生地のおかげかもしれない。


 よく膨らんでしっとりと柔らかい。


 このパンを渡して、ロイドをしっかり説得しようと思う。


「ロイド様」


 ロイドはすぐに見つかった。


 入団したばかりらしい新人騎士に剣の扱いを個人指導しているところだった。


「一休みしてパンでも召し上がりませんか?」


 フィーリアはふっくらと焼きあがったブリオッシュを一つ差し出した。


「うむ。では休憩にしよう。司令官様のいつもの差し入れのパンだ。頂くといい」


 ロイドはフィーリアの方をまったく見ずに新人騎士に告げた。


「え、僕もいいんですか⁈ ありがとうございます‼」


 フィーリアは仕方なく、ロイドに差し出していたパンを新人騎士に渡す。


 新人騎士は腹が減っていたのか、さっそくパンにかじりついた。


「うわっ! なんだこれ! めちゃくちゃ美味い! こんなふわふわのパンは初めてです!」


 喜んでくれたようで良かった。


「このパンはこちらの司令官様のご息女、フィーリア嬢の手作りだ。よく感謝して食べるように」


「ええっ! 司令官様のご令嬢が作ってくださったのですか! うわあ、感激です!」


 ありがとうございますと頭を下げる新人騎士に会釈しながら、フィーリアは「あれ?」と思った。


(このパンは私が作っているなんてロイド様に言ったかしら?)


 古参の騎士達は、みんなルシアの手作りだと思っているはずだ。


(お父様がそんな話をしたのかしら?)


 だがまあ今はそんなことはどうでもいい。


 とりあえずパンをロイドにも手渡して、話を切り出した。


「あの……ところで先日のお話のことでございますが……ロイド様……」


「うむ。突然のことで、あなたも混乱していることでしょう。式やその他もろもろ、なるべくあなたの要望に添うようにしますので何でも言ってください、フィーリア嬢」


 婚約者を想う心遣いのある言葉だけれど……。


(いや、こっち見て言って! なんで新人騎士を見ながら言ってるのよ!)


 まったくフィーリアを見てくれない。


「え? 式? あれ? 僕はお邪魔でしたね。あの……僕はあっちに……」


 ずっとロイドに怖い顔で睨まれている新人騎士が戸惑っている。


「いや、お前はここにいろ。命令だ」


(いや、なんで? 彼がいたら話しにくいでしょう?)


 だが、こうなったら話すしかない。


「あの……父は私の結婚が決まらず、ついわらにもすがる思いで先日のような突拍子もないことを命じましたが、司令官だからといってロイド様が意に反して従うことなどないのです。どうか私のことは気にせず、ご自分の心から想う相手と結婚なさってください」


 入団したばかりなのに、団長の重すぎる話に巻き込まれた新人騎士は蒼白になっている。


「え? あの……。僕、やっぱり……」


 しかし、なんとか逃げ出そうとする新人騎士の言葉を遮るようにロイドは告げた。


「意に反して従ってなどいません。私の心から想う相手はフィーリア嬢です」


「‼」


 いや、だからっ! 


 なんで新人騎士を見ながら言うの?


 かわいそうに。団長に怖い顔で愛の告白をされて訳が分からなくなっているじゃないの。


 絶対嘘だ。

 本心じゃないから目を合わせられないくせに。


「私に同情してそのような嘘をつかなくてもいいのです。ロイド様」


 まったく自分を見ようとしないロイドに、フィーリアは淋しげに俯いた。


「嘘などではありません。私はずっとあなたを愛していました」


「え⁉」


 一瞬期待して顔を上げるが……。


 いやこっち見てなーい!!!


 しかも顔こわーい!!!


 完全に無理して言ってる~!


「う、嘘ですわ! 私は気付いていますのよ。ロイド様が……ルシアをずっと想っていらっしゃることを……」


 こんなこと、フィーリアの口から言いたくなかった。


 両想いの二人のキューピッドになんて、なりたくなかったのに……。


 フィーリアはどんな顔をしてロイドを見ていいのか分からず、しょんぼりと俯いた。


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