ぶるぶる
平中なごん
ぶるぶる(※一話完結)
都内某所にある某貸スタジオ……。
趣味でバンドをやっている俺はちょくちょくそこを使っているのだが、そのスタジオではある共通の現象が起きるという特徴があった。
といっても、一見するとそれらはお互いに関係のない、まったく別々の事象に思われるかもしれない。
例えば夏の時期──。
「寒っ……なあ、ちょっと冷房効きすぎじゃねえ?」
そこを利用する客達には、そんな感じで異様に冷房が効きすぎていると身震いする者が多かった。
「そうか? ……いや、25度設定になってるけど……うわっ! 俺も今、ぶるっときた!」
だが、仲間がエアコンの操作パネルを見てみても、別にそれほど低い温度に設定されているわけではない……それなのに、やはり彼も突然の寒さに身体を震わせている様子だ。
ちなみにそのスタジオは地上一階にある。地下ならばまだしも、真夏の東京で、建物内の空気がそれほど冷却されるとも思われない……。
また、別の捉え方としては──。
「なんか背中がぞくぞくする……震えが止まらないし、風邪でもひいたのかな? あたし、今日はもう帰るは……」
その突然の寒気と震えを、風邪などによる高熱の影響であると考え、額に手を当てながら早退していく者もいる。
あるいは、その震えを寒さとも風邪とも思わず──。
「おい、おまえ、脚震えてねえか?」
「いや、なんかさあ、大観衆の前でもないのに、ここで演奏すると毎回震えがくるんだよなあ……手もほら。こんなに震えてうまくギター弾けねえよ。逆にライブハウスなんかじゃこんなこと一度もないんだけどなあ……」
という風に、緊張からくる震えだと誤解するお惚けなバンドマンも中にはいたりなんかした。
とまあ、そんな風に感じ方・捉え方は様々なのだが、彼らの身に起こった共通の現象が〝震える〟というものだ。
けれどもみんな、それぞれにその理由を誤解して認識しているため、それらが同一の原因によるものとはまったく気づかず、結びつけて考えるようなこともない。
だが、俺はその真の原因というのを知っている……いや、俺同様に〝視える〟人間ならば、他にもそれに気づいた者はいるかもしれない。
そう……〝視える〟人間が見れば、彼ら、彼女らがなぜ震えているのかがわかるのだ。
「いやあ、今日もガンガン冷房効いてるなあ……」
「ああ、そうだな……」
彼の呟きに、俺はそう合わせて生返事をしてみせるが、本当はぜんぜん寒さを感じてなんかいないし、それが冷房のせいでないこともよーく理解している。
〝視える〟霊感スイッチをオンにして、そのぶるぶる震えているバンド仲間の方を見つめてみれば、やはり彼の首筋には半透明に透けた女が今日も絡みついている……。
長い髪をボサボサにして、まるで凍りついているかのように真っ白くなっているいつものあの女だ。
彼のように冷房効きすぎだと感じている者も、熱が出たと思っている者も、緊張してるから震えているのだと勘違いしている者も、じつは皆、その首筋にはあの女が取り憑いているのである。
女が幽霊なのか? それともまた別の魔物のような存在なのかは専門家じゃないのでわからない。
ただ、気になってちょっと調べてみると、どうやら世の中には〝ぶるぶる〟という妖怪がいるらしい……。
水木しげる先生の某ゲゲゲの漫画にも登場している妖怪だ。
別名〝臆病神〟や〝ぞぞ神〟ともいい、首筋がぞっとして恐怖に総毛立ったり、臆病風に吹かれたりするのはこの妖怪の仕業だとされている。
その〝ぶるぶる〟の姿は水木先生の漫画の他、古くは江戸時代に
いや、まさか妖怪なんてものが実在するなんて俄かには信じられないが、しかし、女の絡みついた人間達が一様に震えを感じているというのも、その妖怪〝ぶるぶる〟の特性と一致している。
そうなってくると、両者がまったく無関係なものとはどうしても思えないのである。
また、心霊体験や心霊スポットでは「温度が急に下がって寒気がした」というような話もよく聞くが、一説に幽霊というものが存在したり、活動したりするエネルギー源として、その場にいる人間や周辺の熱量を奪って消費しているのではないか? というような仮説もあったりなんかする。
もしかしたら、この女もそうして熱量を奪う幽霊であり、そんな幽霊の引き起こす現象が妖怪〝ぶるぶる〟の起源なのかもしれない……。
だが、みんなに真相を知らせたところで〝視えない〟者は信じてくれないだろうし、仮に信じてくれたとしても、俺には祓ったり成仏させたりする能力も技術もないので、ただただ相手を怖がらせるだけのことだ。
まあ、震えがくる以外、深刻な実害はなさそうなので、むしろ誤解したまま何も知らない方が全員平和であろう。
「こんなに寒いのに25度だぜ? ここ、冷房壊れてんのか? これは一度、ちゃんと直せってスタッフに言っといた方がいいな」
「ああ、だな……風邪ひかないように気をつけろよ?」
霊感がなく、いまだ勘違いをしているバンド仲間に、俺は再び生返事をすると、せめてもの注意をそう言って促した。
(ぶるぶる 了)
ぶるぶる 平中なごん @HiranakaNagon
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