道具裁判
高黄森哉
道具裁判
昔、動物裁判というのがあった。そして、今、道具裁判というのがある。この裁判は、既存の裁判制度に、一つも則っていない。それは道具裁判なのだから。はじめ。
「控訴人を死刑にする」
ガベルの求刑に、控訴人であるナイフは驚いた。
「ええ。もう、クライマックスですかい。だって、だって、まだ始まったばかりじゃありませんか。せ、千文字は稼ぎたい」
「いいや、控訴人を死刑にする」
会場から、そうだー、と気の抜けた罵声が炭酸の泡が破れる飛沫みたいに飛んでくる。そうだー、ソウダー、ソーダー。
「ほらな。多数決でお前の負けだ」
「いつから、裁判は多数決になったんですか。だ、だって彼ら法律知らないんでしょう。と、とんでもない」
「ところが、とんでもないんだよ。いいか、民主主義では法律のホの字も知らないやつが、政治のセの字もわからない議員に票を入れるのだ。そんなことを説明しなくても、陪審員制度というのもある。これは、世間と裁判結果の乖離を防ぐために導入されたシステムだ」
「控訴してるんだから、陪審員制度はもう終わりじゃないか」
ナイフは叫んだ。
「とにかく。俺たちは、お前のしたことが気に入らないから、死刑にするのだ。そこに理論はない。しいていうならば、フットサールの現象学的に思考を哲学して、ナイフを鍵括弧でくくると、お前は死罪に相当する罪人である、という真理が浮かんでくるから、お前は死刑だ」
「無茶苦茶な。そんな哲学があってたまるか」
傍聴席にいたサッカーボールは終始、自分についての話だと、そわそわしてならなかった。
「そうだ。さて、死刑にするとするかね」
「そんな一息のつきかたがあってたまるか。こっちにも言い分があります」
「はい」
「しかたがなかったんだ。俺が人間を殺したのは、俺の意思じゃなくて、俺の持ち主が、俺を使役したからだ。そこに俺の意識は介在してないんだよ。不可抗力だった」
「死刑です」
「なんですって」
ナイフは、ガベルがいつも根拠を持っていることを知っていた。だから、少しの沈黙が生まれる。果たして、どのような言葉が飛び出すのか。
「無言ということは、納得したということでよろしいですか」
「違うわい。なんでです、って、訪ねているんです」
「それは法律的に一般的だからだ。お前、法律を知っているか。当然しらない。この我でさえ知らないのだから当然だ。大切なのは、お前が殺した、ということだ。お前が使役されたのは本当かもしれない。だが、判例を紐解こう。社会の歪に突き動かされ犯罪に走った男、死刑。不倫の情事を目撃して嫉妬に駆られ殺した女、死刑。学生時代のいじめの復讐で毒を盛った少年、死刑。な、そうだろ。これらの人間は、歪に突き動かされ、嫉妬に駆られ、いじめの復讐で、人を殺させられたのだ。つまり、間接的に他者に使役され、道具的に人を殺したとして、それがいくら不可抗力でも、考慮しないことになっている」
それは本当だった。
「じゃあ、私が罪をかぶるとして、このナイフめを使った犯罪者はどうなるんです」
「そりゃ、関係ないよ。社会が通り魔を生み出しても、その罰を受けるのは社会ではなく、通り魔だからね」
「とんだ責任転嫁じゃないか。だ、だって本質は使役したものにあるんでしょう。そりゃあ、ナイフとして生まれてきちゃったかもしれないけど、ナイフだって、人を殺す以外にも使われ方はあるはずだ。それに、俺を処罰したって変わらない。犯罪は続いていく。それは、あふれそうになる水がめから、ほんの一杯、俺という水をくみ取る作業で、決して滝のように注ぐ水をせき止める処置ではないのだから」
「しかし、その場合、滝は私たちなのだよ。自殺はしたくないからね。それに、犯罪を個人的なものに押さえつければ、誰も嫌な気分にならない。私たちはナイフじゃないのだから」
「ですが」
「もう時間だ。予定の千文字を大幅に超過してしまった。それでは静粛に」
ガベルは机に己の身を打ち付けた。硬質な音が室内にこだまする。いままでぺちゃくちゃとしゃべっていたカメラや、同じ属であるのに他人事だと感じていた包丁、首を絞めかねないのに無害を誇るタオル、道具どもは一斉にだまり、面白いことが起こりそうな予感を胸に、判決に注目した。
「控訴人は死刑」
道具裁判 高黄森哉 @kamikawa2001
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