二話 消失

体が冷たい。この冷たさは子供のとき祖母の葬式で遺体を触った時と同じ冷たさだった。ぞっとした。自分は死んだのか?ここはあの世か?考えうる最悪の結末を予想しながら須藤は恐る恐る目を開けた。そこには見慣れた自分の開発室があった。死んでいない!須藤はおぼつかない足取りでコールドスリープ機から体を乗り出した。次に見た風景は目線が低くなった部屋だった。そこでやっと自分が転んだことに気づいた。足の感覚がない。足の感覚どころか全身の感覚がなかった。 


「流石に一年も眠っていたら体がついていかないな…」


須藤は数分床に伏していた。体がゆっくりと感覚を戻していったため、近くの机に手をかけながら立ち上がった。

開発室は全く変わってなく少しほこりが溜まっただけのように見えた。地下にあるため光は届かないが時計は朝の六時を指しているため朝だと分かった。

一年の時がちゃんと経っているか確認するため、事前に用意していたストップウォッチを確認した。そこには三六五日と十七分と示されていた。


「成功だ。成功だ!!!」


 須藤は一年ぶりに出す声とは思えないほどの大声を開発室中に響かせた。

須藤はコールドスリープ機の設計図を金庫から取り出し、地上の家への階段を階段を登った。高揚と感覚の麻痺がまだ残っているからか地上の家へのドアの鍵がうまく刺さらず開けれない。楽しみだ、これで自分の栄光が戻る。さあ、これを国の研究所に届けよう。意気揚々と扉を開けた先は余りにも悲惨だった。

 自分の家のはずなのに見覚えがない内装で、一年しか経過していないのに何十年も放置された空き家のようになっていた。柱は崩れ壁には大きな穴が空いている。壁どころか天井にまで空いていた。それだけではなく、 服が入っていた棚や冷蔵庫など収納の用途があるものは全て開かれ中身が放り出されていた。よくよく見るとボロボロの床には足跡がいくつもついている。

 須藤は困惑した。この家に空き巣でも入ったというのか。この別荘はインターネット回線も届かないような田舎の山奥に建てた小屋のような家だ。何か盗むにしてもわざわざこんな所に来ないだろうに、なぜこんなに荒らされているのか。地下室は絶対に見つかることがないように信用できる人間に作らせたからか、見つかっていないようだった。その証拠に地下室への隠し扉は無傷だ。

 須藤は何か盗まれていないか部屋中を確認した。しかし、荒らされているだけでなにも盗まれていなかった。


「いったい何がしたかったんだ…。いや、後で考えよう」


 須藤は自分の本来の目的を思い出し、足早に玄関のドアを開けた。と同時にほんの数キロ先で大きな爆発が起こった。別荘は高い位置にあるので今の状況が嫌なほど理解できた。

 見たことのないような戦闘機が野鳥の如く空に飛びまわって、糞を落とすように爆弾を落としていった。こんな遠いところからでも人の鳴き声が聞こえる。澄んでいた森の空気は灰と火薬の匂いで充満していた。

 その光景は、歴史の教科書で見た戦争そのものであった。須藤はそこに立ち尽くすことしかできなかった。


 

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ジャンクジャンキーキャラメリゼ 韋駄原 木賊 @idabaratokusa

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