ホワイトルーム編

ホワイトルーム・ロストヴァージン

「ァ、起きた?」

夕暮れ時のマンションの一室。轟々と燃える様な赤色が部屋一面を照らしていた。

そう声を掛けたのは、〝ホワイトルーム〟の女王・艷花ナユである。

淹れたてでアチアチの紅茶が入ったティーカップを両手で持ってふぅふぅ冷ましながら必死こいて飲んでいる。

時々、その動作と共に紫と白の光が部屋に反射する。ナユが爪代わりに嵌めているアメジストとダイヤモンドだ。

その光を見つめながら、ナユに声を掛けられた人物がゆっくりと体を起こし、乱れた長い緑髪を緩めの三つ編みにしながら結んだ。

「……今何時ィ?」

バー・五臓六腐の店長・デンジャラス樹麗穴が寝起き声を上げた。

この部屋はナユのセーフハウスであり、遊びに来た樹麗穴がお部屋探索をしていた時、寝室に置かれた天蓋付きの豪奢なベッドを見た途端に樹麗穴がそこに一目散に飛び込み、一瞬で寝てしまったのだ。

そして今、漸く目を開けたのである。

「六時くらい」

スマホ片手にナユが樹麗穴にそう答えると、樹麗穴は大きな欠伸を手で覆い隠しながらし、「じゃあも少し時間あるわね」と言った。

「ねーえ。紅茶飲むでしょ」

「飲みたい飲みたい。あっちいのがいい」

「そう言うと思ってお湯沸かしてたの」

二人して並びながらキッチンへ向かう。

コンロの上には、シュンシュンと注ぎ口から湯気を出す赤色のちまこいホーローやかんと、大きな寸胴鍋がグツグツと音を立てている。

「ヤダ、いい香りするわね」

「香辛料いっぱい入れたの。カレー粉ももうすんごいタップリ。手がもうスパイスの匂いしかしないの。ほら」

「ガッッッッ」

ナユは無理矢理指を樹麗穴の鼻の近くに持ってきたかと思えば、それだけでは飽き足らず鼻穴に指を突っ込んで来た。

にんにく、生姜、クミン、コリアンダー、ナツメグ、カルダモン、……!?

樹麗穴が知りうるスパイスの名前が一気に頭の中によぎる。それ程過激だったのだ。

しかもついでに涙もボロッボロ出た。

「んぉッ……おッ……」

「アッ、泣いちゃった」

「もう何でもいいから……紅茶……」

「スグ持ってくる!!」

約束通りナユはあっちい紅茶を持ってきた。

樹麗穴がお土産に持ってきたクッキーをサクサク摘み食べながら、二人して何気ない話をして時間を潰していた。

_______。


【昨日】


ナユは、ン。とした衝動でホワイトルームで雇っていた若人(わかんちゅ)を殺してしまった。

何故かって、ナユちゃんとっておきの苺を勝手に一つ摘んで食べてしまったからだ。何時もならば「じゃあ目だけ潰すね」と言えるのに、今回はそういかなかった。

恋人(らぶんちゅ)のロクリュと一緒に、シャンパンと食べるつもりだった苺だったのだ。

その場にあったシャンパンボトルを掴んで頭を一撃。若人はすぐさま撃沈。其の儘意識を手放して死んだ。


い〜〜〜〜〜やどうする。


昔、一度だけ死体を処理(※青木書房/ホワイトルーム参照)した事はあるけれど、あれはロクリュが助けてくれたから出来たのであって、一人で処理する事はまだやった事がない。この女王に〝させる〟って事もなかったし、自ら進んで行う事も無い。女王はただ「処刑せよ」と言うだけで済んだのだから。

「ン〜〜……」

業者に頼むには大きい金が動きすぎる。ホワイトルームから出すってなると、一番信頼する片腕たりうる黒服にどやされる気がする(否、絶対にしない。も〜しょうが無いんですからだけで済むがナユちゃんはそれを信じない)

「ヤダッちょっとアンタなにしてんのよ!」

艷花ナユ復帰会で場を提供してくれたバー・五臓六腐の店長、デンジャラス樹麗穴だ。あの日の出来事から二人は一気に意気投合し、時間があればショッピングに出掛けたり、共にホスクラに乗り込む間柄になっていた。

「じゅ、樹゛麗゛穴゛!!!」

「汚ったないわね〜!いやアタシの顔も汚いっつってね笑 殺すわよ」

「なにもゆってない」

ナユは鼻水でじゅびじゅびの顔を樹麗穴のモコモコヒョウ柄ファーアウターに押し付けた。「アもうこれ着れん笑」と樹麗穴は天を仰ぎみたと共に、すぐ様脱ぎ捨てその場にあったゴミ捨て場に放り投げた。

「アタシ、前知り合いに死体処理の方法教えてもらったから手伝おっか」

「マジで!?!?!?!」

「やるやる。やるわよ」

「報酬は?」

「アンタとの一日。客からアンタの好きなブランドのパーティに招待されたの」

「好き」

「キスは死体処理してからよ」

誰もが恋焦がれるナユのぷるぷる唇を手で押し退けると、樹麗穴はナユの腕を掴んで「アンタ、セーフハウスとかあんの」「あるある。行く?」「行く」とだけ会話して、一先ず解体しちゃおうか。とナユのセーフハウスとして間借りしているマンションの風呂場で一先ず解体を行う事にした。

それをするにあたり、ホームセンターに寄ってレジャーシートやらノコギリやら、暇つぶし用のドリンクにスタバに寄るなどして準備をした。

マンションに着いた途端、すぐ様風呂場に向かい隙間なくレジャーシートをひいては全裸の死体をゴロンと寝かせて解体に取り掛かる。

赤と緑の髪がジットリと死臭と汗をまとい、部屋に異常な空気を齎す。ゴリゴリ、ガリガリといった音が室内に響く。骨を切る音だ。



解体を始める前、ナユの部屋は角部屋ではあるが、休日の真昼間なので、当然居るであろう隣人の口封じをどうするかの話を樹麗穴としていた。

ソイツも殺すかどうか、金で買収するか、人権買取屋さんに持って行って、ストックしている〝人権〟共のアンコにしてやるか、どうするかの地獄のあみだくじをした。結果は金で買収。隣人は何とか一命を取り留めた。

「お邪魔しま〜〜〜〜〜〜〜〜す!(元気)」

隣人が扉を開けたと同時に開けられるケースいっぱいに詰まった金、金、金。

「今から隣の部屋でさ、でっけえ〝パズル〟するんだけどちょっと法に触れててさ!これでお口チャックしてくれたらアタシら助かるんだけどどうかな?ダメ?なんでダメなんだよ金だよ金は神に優る権力に優る貰えよ」

「発作始まっちゃったわね」

隣人はあ、え、あ、としか言えず、ただただ急に現れた美丈夫となよ竹のような美女を前にしてしまい、足がすくんでしまっていた。

「____いやダルいわ」

タイミング最悪の樹麗穴の飽き性が出た。隣人の玄関に飾っていた花瓶を取っては勢い良く顔面にぶち当てる。

「え、そういう事しちゃうの」

じゃあこうするね。とナユは花瓶の横に置いてあった防虫スプレーを鼻の穴に吹きかけた。隣人は玄関に転がり落ちる。

カハッ、と何とか息を口で吸おうとし、手足を痙攣しながら悶え苦しんでいる。

ナユと樹麗穴は煙草を一服しながら、

「コイツ、死んだらどうする?」

「赤飯炊くわ」


______という事もあって、隣人の口封じは順調に終わった。煙草を吸い終えてすぐ、「そう言えば、此処って空燕(コンイェン)が所有してるマンションだったわ」(※アングラオーナーズの一人。彫り師をしている)と思い出し、見知らぬ隣人に金を渡すよりも友人に金を出した方が気持ちが良い事を理解した。

なので空燕に連絡し「ごめん借りてたマンションの隣の部屋の人、多分殺したかもだから処理しておいてね」とだけ伝えた。後々「なんでそんな事してしまうんですか?」「おっ母さんが泣きます」「田舎に帰ります」と返事が来ていたが、その頃には解体作業に追われていたのでナユは一つも気付いていない。



「はい、これで一通り終わりね」

服を脱いでパンイチ状態になった樹麗穴は、血でベタベタになった服を浴槽に投げ入れた。ナユもそれと同じようにした。

同じホームセンターで購入したバケツの中に取り出した内蔵やら、手やら骨やらをわけ入れて、傍に置いておいた寸胴鍋に骨を除いて全ての肉を突っ込んだ。

それをコンロまで持っていき、水を入れて香辛料を色々足して火をつける。

最初は不調和音だった香りが次第にいい香りに変わっていく。お腹をきゅう、と鳴らしたナユは(倫理に反することしてもお腹って空くんだなあ)とぼんやり思った。それと一緒に、明日は何食べようかなとも。

樹麗穴は「〝出来る〟まで結構時間いるから、その間に風呂はいって寝るわ」と宣言してまた浴槽に戻って行った。風呂場の清掃もしてくれるのだろう。ナユはお言葉に甘えて一人ソファに座った。座って煙草を沢山吸った。

「ロクリュにあいたい」

それだけ呟いて、ナユは目を瞑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

逢食社の皆さんのおかげでした。 QT @QT_Flash

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ