18時の失望
「あ」
最悪の一日だ。とコヨリちゃんは悟った。
何故なら、自分のベッドに横たわる顔面偏差値100を余裕で越えてくる女(何時どこで出会ったか覚えていないし、名前も知らない)と、全然起きてこないのを気になったのか、元気良く部屋の扉を開けて「起きてる?」と声を掛けてくれるプリティラブ田口が邂逅してしまったからだ。
「お」
コヨリちゃんは流石に焦ったのか、先程からひらがな一文字だけしか喋れなかった。しかも緊張しすぎて唾液を飲み込むことが出来ず、口の端からダラダラと布団にシミを広げていく。
田口はパチクリと目ん玉を広げて、ただ黙って見詰めていた。
其の儘何も言わず、田口は部屋から出て行った。これを見てコヨリちゃんは、自分は超えては行けない線を堂々と跨って飛び越えてしまったんだなと瞬時に理解し、女を叩き起して適当に服と鞄を掴んで玄関に放り投げた。
……が、その時。ドン、と強く背中を押され、コヨリちゃんも女と同じく玄関に放り投げられた。後ろには田口がいる……のだろうが、ドス黒い感情が染み出ているのか、部屋の空気が酷く冷たかったので、後ろを見ることが出来ずにいた。
しとしとと足音一つ立てずに、ゆっくり部屋の中に戻る田口の影をコヨリちゃんは歯をかみ締めながら見つめることしか出来なかった。
だがここで終わってしまえば、二度と田口に触れ合うことが出来なくなる。とコヨリちゃんは慌てて田口を追い掛け、部屋の中へと入っていった。
田口は夕暮れに染まる部屋の中で、一人カーテンの向こう側に立っていた。影だけがうっそりと姿を写して、静かに押し黙っている。
静寂の怒りなのか、怒涛の悲しみなのか、田口は何一つ発する事は無い。
「たぐ、ち……さん」
コヨリちゃんは震えながらも、とびきり甘い声を出しながら、カーテンに近付いた。
これは昔よく使っていた女に甘える仕草である。
「あの、御免ね。本当に、そんなつもりじゃ」
「そんなつもりって何」
キッと鋭く返される。田口の影が揺れ動き、顔の輪郭がハッキリと姿を見せる。
「違う。御免。あの、本当に」
コヨリちゃんは意を決して、カーテン越しの田口に触れようとした。女ならセックスしたり物を貢いだりすればコクン、と頷いてくれるものを。と脳裏に思い浮かべつつも、愛しい田口だけはどうしてもそれをする手段が思い浮かばず、強硬手段しかないのだ。
グッと腕であろうものを掴んだ途端である。
ギシギシと高い音を立て、カーテンを引きちぎりながら田口が姿を表した。手には包丁を握っており、コヨリちゃんはアッ、と死を悟った様な悲鳴を振り絞りながら出した。
コヨリちゃんを押し倒す様にして二人は床に倒れ込んだ。夕日の逆光のせいなのか、田口の顔は真っ暗闇に覆われ、何一つその表情を読み取る事が出来なかった。
包丁で体を刺される事は無かったが、田口は爪を立てながら、グ、グ、グ、とコヨリちゃんの腕を掴んだ。
「もっと物分かりのいい相手にしろよ」
大きく瞳孔を広げて、コヨリちゃんの目ん玉と擦り合わせるぐらいに顔を近付けて、鼻のてっぺんを合わせ、そのまま少しずつ顔をズラして頬を擦り合わせた。
「俺もそっちを探すからさ」
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