第11話

「なあ、未錐。嬉しいか? 俺が人間になって」


 そんなものは、愚問だ。問う意味もない。だって――。


「嬉しくないわけないだろ。人形の姿も大好きだけれど、こうして意思疎通が出来るんだ。より好きになるに決まってる」


「えへへ、そっかそっか」


 嬉しそうに机の上ではしゃぐ貢。その光景を見ていると、僕が妄想していた貢とは、確かに違うんだなと思わされる。現実の中で息づいていて、僕が思い描いた通りに動く人形ではないのだ。


「貢。僕とお前の関係性だけれど、幼馴染ってことで構わないか?」


「ああ、俺は構わないよ。そもそも、俺が未錐と一緒に暮らすようになったのも、未錐が小学生の時だったし、幼馴染に違いないだろ」


「それもそうか。じゃあ、大切な幼馴染に一つ確認しておきたいんだけれど」


「おう、どんとこい!」


「お前は、人形の姿に戻れるのか?」


「んー、無理、かな」


「だとすれば、お前は人形に戻りたいか?」


 貢は脚をぱたぱたと動かして、どこか幼い動きを見せた。脚が動く度スカートがひらひらとめくれて、心臓に悪い。


「いや、全然戻りたくない。ていうか、ずっと人間になりたい、って思ってたから、今、超嬉しいよ。やっと、未錐と一緒にお喋りできるんだもん」


「可愛いことをいうな。ますます好きになるだろ」


「まだ上限値にきてなかったのか」


「とっくに突き抜けてるよ」


 そうだ。遥か昔から、天に向かって聳え立つ貢への好感度。僕は、この幼馴染のことを心から大切に思っている。友人や恋人がいなかった、孤独な僕の唯一の支えだったのだ。


 だから――僕はこいつを守りたい。そのために、行かなければいけない所がある。


「こうして生身の身体になったことだし、あの思い出の河川敷にでも行くか? 

 今度は一人じゃなく、二人で」


「嬉しい申し出だけれど、貢。僕は今日も一人で行かせてもらうよ」


「現実よりも妄想の俺の方が良かったのか!?」


「それは違う、と断言するよ。でも、今日だけは一人じゃないと駄目なんだ」


 貢ではなく、彼が妄想であるならばどれだけ喜ばしいことか。現実離れしていたあの話も全部なかったことになって、僕と貢は安心して愛を育むことが出来るようになる。


 しかしながら、皮肉なことに貢の存在こそが、あの男、グラッシーズの発言の信憑性を高めてしまっているのだ。


 レギュラーとイレギュラー。そして、レギュメント。


 レギュメントという組織は、イレギュラーを抹消し、この世の平常を取り戻す活動をしているらしい。眼鏡の男グラッシーズもそこに属しているということは、彼もまたイレギュラーを消し去るために日々行動をしているということだ。


 僕の大切な幼馴染を。消し去るために。

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レギュラ『イ』レギュラ スライム系おじ @pokonosuke

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