第10話

 転校生という立場で学校に現れた貢は、たちまち注目の的となった。休憩中は大勢の生徒に囲まれて質問責めにあい、気さくなあいつの性格は、すぐに友達を作ったようだった。僕が二年を費やして成し遂げられなかったことを、あいつはものの数分で成し遂げてしまいやがったのだ。


 まったく、頭にくるぜ。格好良くて可愛い、優しい奴なんてよ。


「まあ、そんなふてくされた顔をするなよ。ほら、放課後になれば俺と未錐の二人っきり。独り占めのご褒美タイムだぜ」


「確かに、お前の人気ぶりを見れば贅沢な時間と言えなくもないけれど、正直なところ、僕にとってはこれまでと変わらない時間にしか感じられない。今までも、こうして二人でいたわけだし」


 ただし。僕の妄想が生み出した貢だが。


「はてさて、とりあえずはお互い気になるところを確認するとしようか」


 夕日が差し込み、オレンジ色になった教室の中、貢は自分の机に臀部を乗せてこちらに身体を向けた。椅子に座っている僕からすると、この視線は、紛れもない超ご褒美タイムなのでは。


「残念、スパッツを履いている」


「僕レベルとなれば、それでも十分だ」


「ズボンを履いてるのと変わらなくないか?」


 スカートのひらひらがあるじゃないか。あれがいいんだ、あれが。


「未錐の変態性については今後じっくりと矯正していくとして、俺の正体の話だが、一つだけはっきりとしていることはある」


「なんだ?」


 僕が首を傾げると、貢は僕の学生鞄を指差した。言葉はなくとも、開けてみろ、というのが伝わる。

 鞄を開けた僕に、貢が再び指示を出す。僕は指示に従って、中身を確認した。この中に、一体何があるというのだ。

 

 僕は、懸命に探った。それはもう、女王様に命令された奴隷の如く。


 そして、見つけたのである。あったはずの物が、なくなっていることを。


「いつも持ち歩いている貢人形が、なくなっている」


 これはつまり――。と、僕の思考がまとまる前に、貢が答えを言い渡した。


「そう。未錐が大切にしていた人形、それが俺だ。妄想で幻覚を見ているんじゃなく、実際に、人間として変化しここに存在してる」


 口を開けてぽかんとしている僕に「まあ、なんでこうなったかは分からないんだけど」と、貢は付け加える。

 なんで、か。

 以前の僕ならば、貢と同じ分からないままだったろう。けれど。あの日、河川敷であの男に出会った今の僕ならば、貢が抱く疑問の答えを知っている。


 イレギュラー。


 本来、人形が有していないはずの能力、今回で言えばおそらく、『人間になる』という能力を、貢人形は発現した。そして人形の姿を変えて、目の前にいる九倶都貢という一人の人間になったのだ。


 人形でありながら、人形の枠を超えた。人形のイレギュラー。それが、九倶都貢の――正体だ。

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