第9話

 僕の幼馴染である九倶都貢は、男だとか女だとか言う前に、そもそも人ではなかった。幼少期に親からもらった人形に、僕は『貢』と名前を付けて、孤独感を紛らわすために常に持ち歩いていたのだ。


 そして、友人や恋人を渇望していた僕は、いつしか手に持っていた人形を人として見るようになり、妄想を描いて、イマジナリーフレンドを創り上げた。


 それが、九倶都貢の正体。孤独に苦しむ僕が生み出した幻想。先日、僕と貢が河川敷で遊んでいた姿も、周囲から見ると僕が岸辺で人形を川に浸して遊んでいたように見えたのだろう。


 あまりの衝撃的な事実に当惑してしまいそうな状況だけれど、不思議と僕は冷静だった。あー、そうだったのか、という感じでしかない。たぶん、薄々気が付いてのだと思う。年齢を重ねていくにつれて貢への違和感が増していったのは、人として正常でいられるようにと、僕の脳が防衛反応を示していたと思えば不思議ではない。


 高校三年生になって、その違和感が完全に消し去った。そして、貢のおかげでなんとか保っていた僕のアイデンティティも、同時に消え去った。貢がいないとなれば、僕はまた一人孤独の世界に逆戻りだ。自分だけの世界で生きていられるほど、僕は強い人間なんかじゃない。


 と、朝のHR中に窓の外を眺めながら悲観的になっていると、ガラガラと扉を開く音が聞こえた。誰か遅刻でもしたのだろうか、と特に気にも留めていなかったのだけれど、教室に入って来たそいつの言葉で、僕は気に留めるどころの騒ぎではなくなった。


 気にするな、と言われても気にする。


「オラ、九倶都貢! よろしくな!」


 思わず、おっす、と言ってしまいたくなる挨拶をした奴は、紛れもなく、僕のイマジナリーフレンドである、九倶都貢だった。

 女生徒の制服に身を包んだあいつは姿かたちも、そして声も、何もかもが僕の知っている、思い描いていた貢そのものである。


 また、僕の脳がおかしくなったか。


 そう思ったけれど、どうやらそうではないらしく、先生や他の生徒たちにも貢の存在は認識されているようだった。先生が指定した席を元気よく拒否した貢は、僕の方へと視線を向けて「残念だが、先生。俺の席は既に決まっているんだ」などと自分勝手な発言をする。


 まさか、な。と、視線を横に向けるとおあつらえ向きに、僕の隣の席が空席となっていた。確か昨日まで別の生徒が座っていたはずだけれど……。


 いつの間にか席を教壇の前に変更している。歩き出した貢が彼女に何かカードらしきものを渡しているところから察するに、買収されたか……。


「やあ、未錐。久しぶり、いや、初めまして、かな?」


「多分、初めまして、が正解だろうな。しかし貢、一体彼女に何を渡したんだ?」


「ん? かいりきリザードン」


「ポケカ!? しかも、超レアカード!?」


 現実の存在となった貢の正体よりも、なんでそんな貴重なものを持っているのかが気になってしまうんだけれど……。


「そんな物欲しそうに見つめるなよ。しょうがないな。俺の正体をずばり言い当てることが出来たら、未錐にも何かカードをあげよう」


「本当か! えっと、じゃあ――。僕が勘違いをしていただけで、貢は本当に僕の幼馴染で実際に存在していた」


「んー。答えはNOだ。そして、真実は――一つとは限らない!」


 貢は、眩しいほどの笑顔を僕に向けた。

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