ゴールデンウィーク

飴傘

ゴールデンウィーク


 キーンコーンカーンコーン。

 

 「やーっと終わった! よっしゃ! 明日からゴールデンウィークだぁ!」


 長かった六限が終わって、とたんにざわざわし出す教室。先生も心なしか弾むような足取りで教室を出て行く。開放感のあまり机にぐでっと突っ伏した俺を、隣の席のジュンペイがつんつんとつついた。


 「ほーら、まだホームルームあるから。支度しないと」

 「やだー、もう休みだし。俺の休みは今、ここから始まるの! 今すぐ寝たい。いや、今すぐゲームしたい」

 「また遅くまでゲームしてたの? 今度は何のゲーム?」

 「バイオ8」

 「また? トーヤそれ好きだね」


 軽口を叩きながら、のそのそと帰り支度をする。夕日を浴びて、グラウンドの砂粒がきらきらと金色に光っていた。眩しい。サングラス欲しい。

 そしてふと気づく。グラウンドの砂って、こんなにきらきらしてたっけ。周りを見渡すと、あちらこちらがきらきらと金色に光っている。ん? 何だ? よく見ると、きらきらした金粉のようなものが辺りを漂っていた。


 「なー、ジュンペイ。この金粉っぽいやつ、何?」

 「あー、もうそんな時期だもんね。今年は僕のおじいちゃんも黄金に変わるんだよね」

 「ふーん。・・・・・・は?」


 今なんて言った? おじいちゃんが黄金に変わるって?


 「え? ジュンペイの爺ちゃんが? 黄金?」

 「え? 常識でしょ? 毎年ニュースでやってるじゃん」


 ジュンペイがきょとんとこちらを見る。待て。ちょい待て。


 「シルバーウィークは?」

 「九月の大型連休だね」

 「ブロンズウィークは?」

 「いつだったか忘れちゃったけど、長いお休みじゃなかったっけ」

 「じゃあゴールデンウィークは?」

 「五月の大型連休で、八十才以上の人が黄金に変わる週でしょ?」

 「はー?!」

 

 頭を抱える俺を、ジュンペイは訝しげに見つめた。俺はもう一度ジュンペイにシルバーウィークの定義から聞き直そうとしたが、担任の先生が教室に入ってきたので、大人しく口を閉じた。



ーーー


 八十才くらいのおばあちゃんが、五才くらいの男の子と仲良く手をつないで、公園のベンチでおしゃべりしている。よく見ると、おばあちゃんの手の甲やほっぺたが、金色に変色していた。おばあちゃんが笑ったり、咳き込んだりする度に、周りを金粉がきらきらと舞う。


 「そっかー。ゴールデンウィークは八十才になった人が、黄金に変わる週だと」

 「うん」

 「ゴールデンウィークの少し前から体がだんだん金になっていって、ゴールデンウィークが終わると同時に、完全に黄金になるんだっけ」

 「そう。うちのおじいちゃんも、もう金になり始めてるよ」


 ホームルームが終わって、帰り道。周りをよく見れば、体の一部が黄金に変わったおじいちゃんおばあちゃんがたくさんいた。動く度に金粉が舞って、それらが地面に落ちてきらきら光っている。そしてそれを戸惑い無く踏んで、人々が往来している。


 「ってかさー、なんで人が黄金になっても驚かないの?」


 ジュンペイに尋ねてみれば、不思議そうな顔をされる。


 「え、逆に聞くけど、驚くの?」

 「驚く。だってそんなお手軽に金になることある?」

 「あるでしょ。だってトーヤ、桜って何で四月に咲くの?」

 「えー・・・・・・? 四月に咲くから?」

 「そんな感じでしょ。なんで人が黄金になるの? だって人は八十才を超えると、ゴールデンウィークに黄金になるから。そういうものなんだよ、きっと」


 当たり前のような顔をして言うジュンペイに、ずっと気になってたことを聞いてみる。


 「ジュンペイは、さ。おじいちゃんが黄金になって、悲しくないの?」

 「悲しい? なんで?」


 ぽかん、と俺の顔を見返すジュンペイ。


 「だって、黄金になるのは名誉なことじゃん。途中で自殺しないで、八十年もの長い時間をきちんと生きてきたってことだし。最後には黄金になって、国の財政を救うことになるし。黄金になったら、家族にも大金が入るし」


 微塵も悲しそうな顔を見せないで、ジュンペイは語る。


 「それに、黄金になった後は、ずっと幸せな夢を見続けられるんだって。それって、幸せじゃない?」


ーーー


 家に帰ってから、俺はゲームをほっぽり出して、ゴールデンウィークについて調べまくった。ゴールデンウィークに、ゴールデンウィークをほぼ潰して、ゴールデンウィークについて調べるとは、これ如何に。分かったのは、ゴールデンウィークに八十才以上の人が黄金に変わるのは、『常識』であること。俺が知っているより、日本の財政が大幅に改善されていること。黄金に変わることは名誉であり、家族を助け、そして自分も幸せになれる、とされていること。


 あまりのギャップに呆然としながら、ゴールデンウィークは過ぎていった。


 そして、ゴールデンウィーク最終日。お母さんがとんでもないことを言った。


 「トーヤ。おじいちゃんが今年黄金になるから、最後の挨拶に行くわよ」


ーーー


 「ミカ、トーヤも。よく来たね」


 おじいちゃんは、俺の記憶の中のおじいちゃんと同じように、笑顔で俺を迎えてくれた。

 もう体の八割方が黄金になっているらしく、車椅子をおばあちゃんに押してもらっていた。パジャマから見える両足と左腕は、もうすでにツタンカーメンのように硬くなっていた。でも、まだ右腕は完全に固まりきってはいないらしく、金色に光りながらぎこちなく動いている。顔は左半分は黄金のマスクのようになっていて、右半分が薄い金箔が貼られたようになっていた。


 「おじい、ちゃん」


 おそるおそる、おじいちゃんの右のほっぺたに触れてみる。まだ、柔らかい。でも少しひんやりとしている。そっと手を離すと、手に金粉が付いていた。


 おじいちゃんは、俺をじっと見た。重ねた歳の分深く、俺の底まで見透かすように。そして、ふっと表情を和らげた。


 「そうだな、お別れの挨拶をしよう。最初はミカ。次はミカの旦那。最後にトーヤでどうだろう」


ーーー


 おじいちゃんとお母さんのお別れの挨拶が想像以上に長くて、俺に順番が回ってきたのは、あと十分弱でゴールデンウィークが終わる、というころだった。


 「・・・・・・おじいちゃん」


 おじいちゃんの希望で、おじいちゃんの部屋で二人きりになった。深呼吸して、少しだけ、ほんの少しだけ震える声で、おじいちゃんを呼ぶ。おじいちゃんは、かすかに右目を細めた。


 「なんだい、トーヤ」

 「あのさ、・・・・・・俺、おかしなこと言ってもいい?」


 おじいちゃんは、ゆっくりと頷いた。


 「俺、さ。今日まで、ゴールデンウィークのこと知らなくて。八十才以上の人が黄金に変わるっていうのも、おじいちゃんが今日黄金に変わるのも、知らなくて」


 息が詰まった。時間は、もう無いんだ。もう一度深呼吸して、続ける。


 「ずっと、おじいちゃんと一緒にいられると思ってた。これからも、ずっと。でさ、今になって思うんだ。もっとおじいちゃんと過ごしたかった。釣りに行きたかった。遊園地行きたかった。部活だからって断るんじゃなくて、もっと一緒にいればよかった」


 視界がにじんできて、顔を見られたくなくて、下を向く。そんなにおじいちゃんっ子ではない方だった。でも、人並みにおじいちゃんのことは好きだった。そんな、急におじいちゃんが黄金に変わっちゃうって言われても。心の準備期間が足りない。


 「変だよね、俺。誰に言っても、名誉なことだとか、金銭的に助かるとか、高齢化社会の救いの手とか。人が黄金に変わることを、皆、喜んでる。俺がさ、こんなに、なんか、悲しくなるのって、間違って、」

 「間違っていないよ」


 瞼に、何か硬い物が触れた。顔を上げると、おじいちゃんが動かない手で懸命に車椅子を漕いで、俺の所まで来ていた。ぎぃ、ぎぃ、と軋みながら、俺の涙をそっと拭った。


 「これはね、おじいちゃんがトーヤと同じくらいの頃の話なんだけど。少子高齢化が進んで、大きな災害やパンデミック、デフレや円安が続いて、国の財政がとんでもなく悪くなっちゃったんだ。全世帯の三分の二が貧困、って言われる時代。トーヤも学校で習っただろう?」


 習った覚えはない。でも頷いた。


 「日本ほど悪い状況じゃないけれど、世界各国でその傾向は続いていてね。もう人類は滅びるんじゃないかって、そう言われていた。でも、その年のゴールデンウィークにさ、八十才以上の人が全員、黄金に変わったんだよ」


 おじいちゃんは、ぎぃぎぃ軋みながら笑った。


 「黄金ってすごいよね。瞬く間に経済は回復して、皆が幸せに暮らせるようになった。八〇になったら黄金になるから、少子高齢化も改善されたし。一石五鳥くらいになったんじゃないかな。それで、メディアや政府は、黄金に変わることを褒めそやした。だれも証明した人なんかいないのに、黄金に変わったらずっと幸せな夢を見られるなんて、公式に発表した」


 おじいちゃんは、ゆっくりと腕を持ち上げて、俺のほっぺたを包み込んだ。


 「これはさ、おじいちゃん達やそれよりもっと前の世代が、自分たちのことだけ考えて資源や資産を食い潰してきたツケだと思ってる。だから、おじいちゃんたちは黄金に変わることを拒まないし、それを若い世代が喜ぶのも仕方が無いと思っているよ。でもね、」


 そこでいったん切って、おじいちゃんはゆっくり息をついた。時計の秒針が煩い。おじいちゃんの体は、話せているのが不思議なくらい、ほとんど黄金に変わっていた。


 「トーヤに、こんなに想って貰えて、俺はなんて幸せ者なんだろう」


 そして、おじいちゃんは微笑んだ。


ーーー


 ボーン、ボーン、ボーン・・・・・・。十二時の鐘が鳴る。

 おじいちゃんの部屋の扉が開いて、おばあちゃんとお母さんが入ってきた。

 そして、黄金の乗った車椅子を押して、部屋から出て行った。


 また視界が滲んできて、乱暴に目元を拭う。すると、ざらりとした感触があった。

 指先を見た。きらきらした金粉が、涙に混ざって、美しく輝いていた。


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