Ⅲ年 「伝心」 (9)それが答よ

【ここまでの粗筋】

 主人公「駿河轟」は、かなり天然な中学三年生。

 辛かった「応援団」もドタバタの日常も、すべてが思い出となる卒業。

 式も終わり、駿河とベーデは、それぞれの思いを胸に、駅に向かって歩みを進めていた。

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「今頃、此様こんなことを教えた私のこと、卑怯だと思ってる?」

「いや。隠し撮りなら逆に人に言うことじゃあないし、知らなければそれで終わったことだしなぁ。それに三島さんヨーサンからの告白を受けた訳でもないし。」


「そう…。…私、此様こんなに沢山手紙を貰ったわ。」

 ベーデが鞄を開けて見せた。


「おいおい、皆夫々想いが籠もっているんだろ、雑に扱うもんじゃないよ。」

「知っているでしょう? 普段のものと違って、卒業式の手紙はその場で交際申込を受ける返事がなければ【一方通行】が答。皆承知の上の伝統よ。

 此のバッヂの為に明け暮れた三年間の想いを共に出来ない人と、私は迚も交際をする気にはなれない。皆、そう丁重にお断りをしたのに、それでも、と渡された物だもの。」


 彼女は、最後に、角が多少擦れて金色になりかけている自分の応援団バッヂをそっと擦りながら呟くように言った。


「それもキビシィなぁ…。」

「駿河は? 誰かに告白された?」

「ボタンは他のも全部取られたけど、あれは皆ただの追いはぎだぁ。それに、団長には誰からも手紙が来ない。それも伝説というか伝統だ。」

「何処までも、孤独ねぇ。」

「末長さんもそう言ってた。どういう謎なのか知らないが、団長ってのは最後まで一人だって。」


「じゃあ、三島さんヨーサンじゃなくて、誰かに告白した?」

「い~や。」

「ふーん。告白しないのも伝統なの?」


「…いや。此の半年で、本当に好きな人が出来たことに気が付いたから、其の人には言わなきゃ不可いけないんだ。」

「…。」


「其の人は、見た目お高くて、ワガママで、ずぼらな俺じゃとても適わないほど隙が無くて華がある。

 それでいて、見えるところでは常時いつも冷静で淡々としているのに、影では人一倍熱く努力して、皆のことを誰よりも考えている。

 そして、素直じゃないときの方が多いけれど、俺のこともよく理解して呉れている。

 俺は、其の人に素直な尊敬の念と、正直な恋の感情を同時に持っている。」


「そう…。其様そんな人が居るのね?」

「ああ、今、…ぐ近くに…。長い時間を共にして確かめた想いだから間違いない。…もう言えたから、後は答を待つだけだ…。」


 二人して前を向いた儘、僕等は、まだゆっくりと歩き続けた。

 駅に着くと、彼女は鞄の中からくだんの手紙を取り出すと、全てゴミ箱に投げ入れた。


「おい、良いのか?」

「良いのよ、私にはこれさえあれば。…それが答よ。」


 彼女は鞄の中で最後に残ったハンカチから金ボタンを取り出すと、眩しい太陽に照らすように光らせて眺めてから、僕を深い緑の瞳でじっと見つめて微笑んだ。


「これが中学校で最後に残った、これからの私にとってただ一つの大切なもの。

 これが私の手にある限り、もう貴男は決して一人じゃないわ。

 そして、私ももう、一人で苦悩を背負い込んだり、心配したりしなくて良いの。」


 僕は、彼女の両肩に手を置いて、片手に持った制帽でさりげなく人目を隠し、目にも止まらぬ早業で、それでいてゆっくりそっと軽く口づけをした。


「…有り難う。随分勇気があるのね。」

「もう一人じゃないから。」

「紳士っていうものは、あまり調子にのるものじゃなくてよ。」

 そう言いつつ、彼女ベーデは僕の左手の肘にそっと手を添えてきた。


「はい。仰有る通りで。」


 僕は彼女のために鞄を学生服と一緒に右手に持ち替え、左手を少し浮かして学生ズボンのポケットに手を入れた。

 彼女と一緒に入団した時のことから、三年間あがき続けた中学校生活が、今度は走馬燈のように頭に思い浮かんだ。


(そういえば、ベーデは、いつだって此様こんなに近くに居たんだな…。)


 彼女は強い春の風に、少し髪を直しながら、これまでの決して気を抜かない鋭い眼差しのクールな顔つきではなく、別人のように穏やかな笑顔で正面を向いていた。

 そう、あのピアノの上のマリア様のような笑顔で。


 早咲きの桜の花びらが彼女のセーラー服の襟に付き、そして、飛んでいった。

 春の日射しの下、僕らは二人並んで、ゆっくりと其の行方を追っていた。見える限り、何処までも。


【第一巻 中学校編「ちはっ、失礼します」了】

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つい先週のこと 第一巻 中学校編「ちはっ、失礼します」 雪森十三夜 @yukimoritoumiya

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