17時からの17音

いととふゆ

夕方五時のリズム

「お先に失礼します」


 十七時。お疲れ様でーす、という乾いた言葉を浴びて会社を出る。


 派遣で今の職場に営業事務として働き始めて三ヶ月。

 正社員が当たり前のように残業をしているのを横目に、少しの罪悪感を持って退社する毎日だ。この職場では派遣社員は私しかいない。


 まあ、私が残っていたところで手伝えることなんてないし。


 就職活動で正社員としての仕事が見つからず泣く泣く事務専門の派遣会社に登録したのだか、今ではそれで良かったと思っている。会社の人間のつながりなんて煩わしい。飲み会があっても断って、さっさと家に帰れるのがいい。


 人間関係を断ち切れるだけ断ち切って積極的に仕事もしようとしない私。そんな社会人生活も四年目だ。


 一緒に暮らす両親も人間関係に苦労してきたから、正社員になれとは言ってこない。それが私を不安にさせることもあるのだけれど。


〈ありがとう だけでやりがい 感じない〉


 最近は会社から駅までの徒歩十分の間に川柳を作りながら帰っている。

 上手くできた句は会社員の悲哀がテーマの某川柳コンクールに応募してテレビで読まれてやるのだ。


 今の川柳は、よく「ありがとう」と感謝されることで仕事のやりがいを感じる、という人が多いけど私は別に……という句。なぜなら、


〈ありがとう 心込めずに する感謝〉


 職場では「ありがとうございます」という言葉が飛び交い過ぎて、とりあえず言ってるだけに聞こえる。心なんか感じない。

 まあ、言わなければ角が立つけどね。


〈無愛想 課長よ声が かけづらい〉


〈とか言って 私も目を見て 話せない〉


〈知らんぷり いつかランチしようと 誘ったくせに〉


 字余りだ。リズムが崩れた。


〈全部不安 今も未来も 何もかも〉


 …………。


 ユーモアのかけらもない。川柳の入選は夢のまた夢だ。


 そんなどうしようもない川柳を作っていたら人と肩がぶつかってしまった。女子高校生だ。


いた! ちょっと! 前見て歩け!」

 お前もな。


 ……思わず川柳ができてしまった。


 あんたスマホ持ってるじゃん。歩きスマホしてたんじゃない?


 学生時代の私だったら舌打ちして通り過ぎるだろう(怖そうな人だったら謝るけど)。

 だけど社会人経験を三年経て、大人の対応も覚えてきた。


「すみません、大丈夫ですか?」

 まあ、私も下向いてぼーっと歩いてたし。


「えっ……と、あの……」


 女子高生は動揺しているのか、さっきの勢いはどこへやら「すみませんっ!」と足早に過ぎ去ってしまった。


 ……きっと何かイライラしてることがあって、つい感情的になっちゃったんだろうな。


 高校生の頃の私みたいだ。まあ、働き始めてからも感情的になって口答えしちゃったことあったけど。


 それにしてもあの子、見た目がカオリに似てる。


 カオリは高一の時のクラスメイトで、ぼっちだった私をグループに入れてくれた友達だ。

 グループ内で機嫌が悪くなるとついひどいことを言ってしまう私をカオリは他の友達にフォローしてくれた。


 本心じゃないから。マリはいい子だから。


 幸運にもカオリとは高校三年間同じクラスだった。大学は別々だったが、月に一度は会う付き合いが続いていた。


 だけど大学四年の春、カオリからの就職先が決まった(もちろん正社員)というメールに私は返信しなかった。

 カオリとの差を強く認識してしまった。大学は私のほうが上だったのに。

 

 私は派遣社員として就職先が決まったことを報告していない。同情されたくなかった。


 カオリはどんな私でも受け入れてくれる。そんなカオリを私は受け入れることができなくなってしまった。

 唯一の友達だったのに。


〈変われない 嫌な性格 この先も〉


 ため息をついて改札を入った。



 数日後。

 いつものように定時で上がり、川柳を作りながら帰り道を歩く。


〈今日もまた たいした仕事 してないな〉


〈川柳も 仕事も成長 しませんね〉


 相変わらずくだらない川柳だが、こうして五七五のリズムを唱えていると心が落ち着く。

 願わくば、笑い飛ばせる明るい句が読みたいのだけど。


 駅に到着してICカードを取り出そうと鞄を探る。が、見つからない。

 失くした? 半年分の定期買ったばっかりなのに! 

 焦りながら、がさこそと探していると「落としましたよ」と声をかけられた。

 

 女子高校生だ。

 私は「ありがとうございます!!」とICカードを受け取り、頭を下げてお礼を言った。心から。

 女子高生はニコッと笑う。と、尊い……。

 するとその子のすぐ後ろに、あの時の女子高生がいることに気付いた。決まりが悪そうにこちらを見ている。

 

 会釈をしてICカードを拾ってくれた子が歩き出すと、その子も小さく会釈をして歩き出した。ちらっと目が合った。


 電車に乗り込み、ドア付近に立って車窓の景色を眺める。


〈いいじゃない うちらみたいな 人間も〉


 何も知らないのに、相手のことをわかった気になってしまうのは私の悪い癖だ。


 とりあえず、私が今の職場にいる間、帰り道にあの二人が楽しそうに喋っている姿を何度か見られたらいいなと思った。


(了)

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17時からの17音 いととふゆ @ito-fuyu

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