第85話 死肉喰らいの獣



 そのエリアは先ほどの“墓地エリア”よりは、光源に関しては申し分なかった。恐らく偽物だろうが、遠くの山に掛かりかけの太陽が周囲を照らしてくれている。

 ただし、丘のそこかしこに転がる死体も、夕暮れに照らされて陰惨な印象は拭えない。その死因だが、大きな戦があったのは想像に難くない。


 大半は腐りかけていて、血も乾いているけど不気味なエリアには変わりない。死体は大半が人間だが、獣人軍のも混じっているようだ。

 そして朔也さくやの到着と共に、早くもその転がっている死体達に反応が。幸い、全部がゾンビ化している訳ではないが、その数は結構多いかも。


「うわっ、前回は死肉喰らいがいたのに、今回は普通にゾンビの群れだよっ。厄介なエリアだなぁ……みんな、撃破頼んだよっ!

 お姫さんも、突っ込み過ぎずに箱入り娘を操ってね?」


 任せておいてと、宙でご機嫌なお姫はこの風景を特に何とも思っていない様子。まぁ、確かに作り物だと思えば心にダメージを受ける事も無いだろうか。

 朔也もそう割り切って、仲間達に迫り来るゾンビ群の迎撃を命じる。敵のゾンビは足は早くなくて、素早さも同じく感じない設定だ。


 その代わり、痛みを感じない鈍感さと人外に進化(?)した為の並外れた膂力りょりょくは厄介かも。後は単純に、腐敗臭とか生理的な嫌悪感は相手の武器となってる気がする。

 そんな連中も、パペット達は全く気にせず戦ってくれて何より。寡黙かもくなエンも、文句ひとつ言わずに近付いて来るゾンビを刃にかけている。


 その点、聖属性のメイドさんは不快さを顔に出しまくりで、鼻をつまみながらの敵の撃破である。そのはたき攻撃は相変わらずえげつない威力で、ゾンビがほこりに見える程。

 朔也も経験値とカードを稼ぐために、その戦いに勇んで参加する。そしてパペット達の援護を受けて、見事2体のゾンビを撃破に成功。

 その内の1体が、何とかカード化に引っ掛かってくれた。


【腐肉ゾンビ】総合E級(攻撃E・忠誠E)


 さすが元兵隊さんだけあって、前の層の奴より性能は高いようだ。武器を持っていないので、攻撃方法は掴みかかってのみ付きに限定されてしまうけど。

 なまじっか脳が残っているせいで、腐敗して武器の使い方を忘れてしまったのなら不幸ではある。何しろスケルトンは、槍や弓使いの割合が明らかに多いのだ。


 その辺は不思議である、腐った脳はやはり行動の邪魔になるのだろうか。それとも腐った肉体を捨て去ると、骨だけの存在に諦めがついて優秀な殺戮さつりく兵器になれるとか?

 良く分からないが、朔也のチームが優秀だと言うのはハッキリとした事実。1ダース以上の襲い掛かって来たゾンビ群を、駆逐するのに5分も掛からなかった。


 その主力として働いてくれたのは、メイドさんことブラウニーであった。最初に貰った時は使えないカードだと思っていたのに、まさか聖属性だったとは。

 エンにしろ宝剣にしろ、本当に第一印象だとかランクだとかは当てにならない気がする。まぁ、これも出会いの妙と言う事で、朔也としては感謝しかない。


 そんな事を思いつつ、魔石を適当に拾いながら周囲を見渡す。フィールド型のエリアは、どっちにも向かえるので階段を捜すのが厄介で大変だ。

 お姫と相談しつつ、朔也は行く方向を戦場跡地で模索する。ちなみに沈みかけの太陽は、山裾やますそにかかったまま全く動く気配がない。


 これがこのエリアのギミックなのは分かるけど、超常現象を見てるみたいで不思議なのには変わりない。朔也が動くにつれて、戦場の死体も起き上がる奴も増えて来る。

 その中にはスケルトンも混じって来て、案の定そいつ等は武器持ちが多い。難易度が途端に上がる戦闘だが、相変わらず召喚ユニットは心強い動きをしてくれる。


 妖精のお姫が操る箱入り娘も、今の所は順調でサポートに徹してくれている。自らキル数は稼がず、朔也に倒させてくれようとする動きは本当に助かる。

 そのお陰で、2体目のゾンビもカード化に成功した。続けて槍持ちスケルトンも、箱入り娘のサポートを受けつつ光の棍棒+2で粉砕に成功した。

 順調な回収率に、思わずガッツポーズの朔也である。


【ソルジャー骸骨兵】総合E級(攻撃E・忠誠E)


 名前は凝ってるけど、要するにスケルトンの亜種には違いなさそう。合成の素材には持って来いだが、果たして弓スケと合成して弓矢持ちでいてくれるかは不明だ。

 そんな事を考えていると、カー君がこの先気に不穏なモノがあると知らせてくれた。良く分からないが、前方注意的な鳴き声は何度か聞いて覚えている。


 お姫も警戒した表情で、アッチだねぇと指差して箱入り娘を先行させ始めている。コックさんもそれに続かせて、朔也は念の為にと追加の召喚の準備。

 とは言え、MPコストの余裕は10くらいしかないので、C級を呼ぼうと思ったら誰かを引っ込めるしかない。色々と考えながら進んだ丘の先には、地面の窪みで食事中のナニかが。


 この演出は、かつてこの4層でも見た事があった。あの時は確か、死体喰らいの群れが散らばる死骸を喰らっていたのだったか。

 ところが今回はもっと陰惨で、それより一回り大きなモンスターが死体を喰らっていた。それは獣タイプで、牛ほどの巨体だが体毛は全く生えてない。


 この巨体はコックさんには手に余るかなと、朔也は彼を送還して代わりに硬根ゴーレムを呼び寄せる。その動きに気付いたのか、その死体喰らいは突然に食事を中断した。

 そして赤く光る眼でこらを見遣って、新鮮な獲物も美味そうだって愉悦の表情を浮かべる。コイツにもメイドさんのはたき攻撃は通じるのかなと、朔也が考え中に戦闘は巻き起こっていた。


 その巨体を封じ込める様に命じられた硬根ゴーレムは、ご主人の言われるまま死肉喰らいの体当たりをガッチリとキャッチ。箱入り娘も手伝って、最初の衝撃は何とか遣り込める事に成功した。

 ただし、その隙を突いてのアタッカー陣の攻撃は、身をひるがえされてすべて不発に。エンの斬撃さえかわす敵の身のこなしは、なかなかの速度であなどれなさそう。


 獅子娘さんの炎のブレスは、辛うじてヒットしたけど大ダメージとまでは行かず。それでも数の優位は揺るぎなく、このまま押すよと朔也の叫びに。

 ソウルも炎を飛ばして、これも相手の顔に命中して良い感じ。のっそりと進み出る硬根ゴーレムだが、動きが遅過ぎて敵の死肉喰らいは再び距離を取ってしまった。


 そんな戦闘の気配に、周囲の血だまりのような沼地から新たにゾンビやスケルトンが生まれて来た。これはピンチと、こちらもカー君を引っ込めてC級カードを召喚する事に。

 朔也が現在持っているC級召喚ユニットは、合計5枚で一時期に比べるとずいぶん増えてくれた。その内の武器のソードブレーカを除くと、一番使うのは死神クモと白雷狼だろうか。


 それから祖父の遺産カードのフェンリル(幼)と、一番の新入りの魔甲アルマジロの2体。アルマジロはまだ未召喚だが、名前からして盾役のユニットだろう。

 ここは敵の速度に合わせて、こちらもスピード型のユニットを呼び出すべきか。そうすると狼の2体のうちのどちらかになるが、さてどうしよう?


 ここはスキンシップも込めて、フェンリル(幼)を召喚すべきだろうか。彼も朔也の仲間になってくれて、暴れる機会が少ないなと思っているかも知れない。

 それはひとえにMP量の問題なので、レベルが一桁の朔也には一朝一夕でクリアするには難しい。恐らくその辺は伝わっていない気もするし、早く解消したいモノだ。


 それはともかく、素直に召喚に応じてくれたフェンリル(幼)は、敵を素早く見定めて戦闘に参加してくれた。今はエンが追いかけていて、何故か彼の義手はボロボロの状態になっていた。

 それを人身御供に敵に一撃を加えたのか、死肉喰らいの首筋には大きな傷が出来ていた。ただし相手の特徴なのか、流血は少なくてひょっとして肉厚特性でもあるのかも。


 毛根が無い分、その辺りで調節でもされているモンスターなのだろうか。この死肉喰らいは、D級かC級ランクはある敵とみて良さそう。

 なにしろ、あのエンが倒すのに手古摺てこずっているのだ……その死肉喰らいだが、今や口は限界まで裂けて前脚の爪は長く伸びて臨戦態勢。

 しかも毛根の代わりに、表皮は油でテカって打突や殴りに対応し始めている。


 フェンリルも面倒だと思ったのか、勢い良く戦場に駆けつけた割には攻撃を躊躇ためらっている。ちなみに周囲に湧いたゾンビや骸骨は、メイドさんが処理してくれていた。

 しかも楽しそうに鼻歌を歌いながら、戦場をメイド服で飛び回っている。それをサポートするように、獅子娘さんが炎のブレスや爪攻撃で追従している。


 なかなか良いコンビで、朔也としては頼もしい限りである。そちらを確認しながら、大物の死肉喰らいを倒すために硬根ゴーレムを前進させる。

 とにかくコイツは、自由にさせると被害が広がりそう。エンが斬り伏せれない時点で、こちらの最大戦力が機能していないって事でもあるのだ。


 ここで頼れるのは、唯一C級ランクのフェンリルのみである。硬根ゴーレムは防御寄りのユニットなので、攻撃力に関しては当てに出来ない。

 炎の攻撃もそこまで効果が無いので、このままだと手詰まりになる可能性が。朔也も何か手が無いかと考えるけど、これと言った手段が思いつかない。


 何しろ相手は、闇属性ながら死霊系では無いのだ。魔玉(光)でダメージは入るだろうが、浄化ポーションは効果は無さそう。同じく、メイドさんのはたき攻撃も効くかどうかは不明である。

 取り敢えずは連射式ボウガンに持ち替えるが、どうやらそれを使う隙も無かったようだ。今までまごついていたフェンリルだが、急にスイッチが入ったように動き出す。


 体格では負けていない幼体のフェンリルが、敵のギトギトの獣の首筋に咬み付いたと思ったら。思い切り力技で投げ飛ばして、組み伏せてしまったのだ。

 そこに傷付いたエンが駆け寄って、愛用の刀を逆手に取って死肉喰らいの口にブッ刺して行く。見事なコンビネーションで、大暴れしていた強敵を倒してしまった。

 最後は呆気無かったが、何だか貴重なコンビプレーを見れた気分。


 どうやらフェンリルが戸惑っていたのは、脂ぎった敵に近付くのが嫌だったからみたい。人間っポイと言うか、感情き出しの対応はお姫に似たモノを感じるかも。

 それだけ成熟した性格を持つ、何年も生き続けたモンスターなのだろうか。その割には幼体ではあるけど、その辺はどういう理屈なのだろう?


 敵が魔石(中)に変わっても、嫌そうな顔は変わらずのフェンリルである。反対にエンの方は、何とか倒してやったぜと満足そうな雰囲気を醸し出している。

 周囲に湧いたゾンビ&骸骨兵達は、メイドさんと箱入り娘の水鉄砲で倒し終えたみたい。これでこのエリアの敵の姿は、全ていなくなってくれた。


「ありがとう、フェンリル……ごめんね、こんなエリアで呼び出しちゃって。フェンリルとしては、召喚に要望があるのかな?

 例えば、もっと頻繁にしてくれとか、逆に放っておいてくれとか」

「…………」





 ――睨まれた、そして返事は来ない模様。







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