第10話


 カチャン……ジィ……ジャラジャラジャラ……カチャン、カチャン……ジジジ。

 ト、ト、ト……。

 チャリン。ツン、ヴィーン……パッ。ツン、ヴィーン……パッ。ヴィーン……ズ、ズズ……ギュウ……ヴィーン、ポトン……ヴィーン……パ。

 チャリン。ツン、ヴィーン……パッ。ツン、ヴィーン……パッ。ヴィーン……ズ、ズズ……ギュウ……ヴィーン、スルン……ヴィーン……パ。

 チャリン。ツン、ヴィーン……パッ。ツン、ヴィーン……パッ。ヴィーン……ズ、ズズ……ギュウ……ヴィーン、……、……ヴィーン……パ。

 チャリン、チャリン――。


「こら、タカヒコ。もう行くよ」

「んー」

「そのおじいさん、フィギュア取らなきゃいけないからって、ここに来るの嫌になったんじゃない?」

「んー」

「ほーら、お菓子買って帰ろ」

 少年の視線は、最後のひとつだという煽り文句と共に、筐体の中で連れ帰ってくれる誰かを待っている、フィギュアの箱から離れない。

「ねぇ。500円分だけって約束でしょ? そこで粘ってても、お母さん、お金あげないよ?」

「んー」

 約束したじいちゃんは、どうして来てくれないのか。

 約束を反故にされたことが、悲しい。その感情を、捨てるゴミ箱が見つからない。頑張っても、見つけられない。せめて、会って、話がしたかった。ちゃんと、「取れない」と言って欲しかった。そうしたら、取れない者同士、笑って話して、諦められた気がするのに。

「あの……それ、やってもいいですか?」

「ああ、ごめんなさいね。ほら、お姉さんの邪魔になるから、どいて」

「んー」

 ちらり、顔を見る。最後のひとつを取るのは、この人か。

 タカヒコは、母に言われた通り、どいた。ちょこちょこと2歩、横にずれた。その場を離れようとは、思わなかった。母にグイグイと手を引かれながらも、最後のひとつの行方を、見守り続ける。

 母が「お姉さん」と言ったおばさんが、ギンギラ銭を、機械に食わせた。

「久しぶりすぎて、何をどうしたらいいのか、わかんないや」

 チャリン、チャリン、チャリン……チャリン、チャリン、チャリン――

「おば……お姉さん、このキャラ好きなの?」

「んー? わたしはね、このキャラわかんない。たけど、プレゼントしたい人がいてね。だから欲しいの」

 チャリン。ツン、ヴィーン……パッ。ツン、ヴィーン……

「こら、お姉さんの気が散るでしょ! い、く、よ! タカヒコ!」

 パッ。

 ヴィーン……ズ、ズズ……ギュウ……ヴィーン、ヴィーン、ブルン、ブルン。ヴィーン……パ――ドン。

 テッテレテッテレ、音が鳴る。ピカピカピカピカ、光りだす。

 女は屈んでそれを、手に取った。刹那、ギュウと抱く。そして、

「キミが、タカヒコくんだったんだね」

「……え?」

「よかった……間に合って」迷うことなく、少年へ――


 これ、あげる。あなたにこれを取ってあげるって、約束をした、おじいさんから。わたしは、おじいさんから、さいごのおつかいを頼まれたの。あなたに、これを、取ってあげてって。だから、もらって。遅くなって、ごめんね。


 微笑む女の顔の奥、名前を知らぬじいちゃんの、しわだらけの笑みを、少年は見た。





〈了〉





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ヴィーン・ブルン・ドン 湖ノ上茶屋(コノウエサヤ) @konoue_saya

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