第15話 終焉の後

 ゼロは青く澄み渡った空を眺めながら一人考えていた。


『俺も少しこの世界に長く居過ぎたかも知れんな。そろそろ帰っても良い頃か。復活に必要な魂も十分貯まった事だし。それにもう今ならあいつも異次元転移の解析も終わってるだろう。行ってみるか、久しぶりにあいつの所に』


 話は少し戻るが、この時一人眠りから覚めた者がいた。


「ここは何、私は一体何を・・何んでドラゴンが」

「恐れずともよい、お前を取って食ったりはせんよ」

「私はどうしたのですか。ここは何処なんでしょうか」

「ここは霊峰山のわしの塒じゃ」

「貴方は、まさか神龍様」

「人はわしの事を破滅竜とも呼ぶがの」


 ミレには何がどうなっているのか状況が掴めないでいた。確かあの時あの人と戦った所までは覚えているがその後の記憶が飛んでいた。


「お主はあ奴にここに運ばれてきたのじゃよ」

「あの人が私をですか。どうしてですか」

「覚えておらんのか。お主は戦ってあ奴に負けたのじゃ」

「そうでしたか。やはり私では勝てませんでしたか」

「いや、そう悲観したものでもないぞ。お主はあ奴より強いと言っておったわ。はははは」


「ではどうして」

「まぁ言ってみれば経験の差かの。見てみい、そこにある物を」

「腕ですか、これは」

「お主が切り落としたあ奴の腕じゃ」

「私があの人の腕を切り落としたのですか」

「そんな事の出来る者はこの世でお主くらいの者じゃろうて、ふははは」


「私があの人の腕を・・・ではあの人は」

「死んではおらぬよ。あ奴もここで長い間眠っておった。そして出て行きおったよ」

「長い間とおっしゃいますとどれ位でしょうか」

「そうよな、ざっと百年程かの」

「ひゃ、百年も眠っていたと言うのですか。私も」


「ああ、そうじゃ、あ奴もかなりの痛手を負っておったからの、それ位の時間は必要じゃったんじゃろう」

「それってもしかして私がやったんでしょうか」

「まぁそうとも言えるし、違うとも言えるかの。お主、何故あ奴と戦こうたかわかるか」


「そ、それは確か女神様のご神託が降りて」

「あ奴は、お主が洗脳されたと言っておったよ」

「洗脳とはどう言う事でしょう」

「要するに神の意思によって動かされていたと言う事じゃ。自分の意思ではのうての」


「そ、そんな。私はただ女神様の為に」

「どうじゃ、今その神の声は聞こえるか」

「えっ、女神様の声ですか。…なにも感じません」

「であろう。あ奴が洗脳の糸を切り離したと言っておったからの」

「女神様との繋がりを切ったと仰るのですか」


「これから先は自分の意思で行動するが良かろう。本当に自分が何がしたかのかをよく考えてな」

「教えてください神龍様、女神様のご意思とは」

「それはあ奴をこの世から葬り去る事じゃよ」

「何の為にあの人を葬り去らなければならないでしょう」

「簡単な事じゃ。自分の意にそぐわぬからじゃ」


「女神様の意にそぐわない。それってこの世の為ではなく」

「さーそこは難しい所じゃの。この世の摂理を維持するのが神。その摂理を乱すものは排除する。そう言う事じゃろう」

「ではその女神様の摂理を乱す者が現れたらどうなるのですか」

「どうにもならんさ、ただ神が困る。それだけの事じゃ」


「でも、それって、それじゃー・・・」

「そうじゃ、地上に住む者には何の影響もない事よ」

「そんな事の為に私はあの人を殺そうとしたのですか」

「それはお主が神の僕だからじゃよ。当然じゃろう」

「そ、そんな、そんな。そんな事で私はあの人を、お父さんを殺そうとしたのですか」


「神とは時に無慈悲な物よ。しかし摂理の維持もまた必要な事故の」

「私は何て事を・・・」


「ほれ、そこに必要な物が揃っておる。あ奴がお主の為に用意した物じゃ。持って行け。外の世界はもはやお主の知っておる世界ではない。百年も経っておるからの」

「一つ聞かせてください。世界は変わったのですか」


「ああ、変わった。もうお主の国、聖教徒法国もヘッケン王国もガルゾフ共和国も獣人国カールと獣人国カサールの合同軍に敗れて消滅したぞ。今大陸の2/3は獣人国を統一して一大獣人国キングサルーンと言う国が治めておる。そしてその総指揮を取っておったのが英雄ゼロマ。あ奴の弟子であり、お主の妹弟子でもあるウサギ獣人じゃ」

「あの子が。そうですか、やはりと言うべきなんでしょうね。あの子なら出来るでしょうね。それでそのゼロマは」

「死んだよ。100歳を超える天命を全うしてな。しかし人も獣人も短い命よの」


「そうですか、ゼロマは死んだのですか。出来ればもう一度話がしたかったのですが。であの人は」

「知らん。何処におるのやらな。知りたければ己が足で探せ」


「最後にもう一つだけ教えてください。何故あの人の腕が今もここにあるのですか」

「神の呪いとやらで元に戻らんと言うておった。それとな、これはもしかするとお主に対する忠告かも知れんの。心が曇った時はこの腕を思い出せと」

「分かりました。肝に銘じて生きて行きます。ありがとうございました」


 ミレこと、かっての護神教会騎士団団長、ミレウ・ハイルレーン伯爵は自責の念を持って悲しみと共に霊峰山を一人下って行った。


 これから何処に向かうのか。恐らく本人にも分からないだろう。今はまだ何も考えられなかった。


 何か途方もない大事な物を失ってしまった。自分に取っては命と同じ、いや、それ以上の大事な物を失ってしまったと感じていた。


『あの子は、ゼロマは命を賭けてゼロの弟子たる事を全うしようとした。でも私は出来なかった。私はあの人の弟子である事すら全う出来なかった』


 どうしてもあの人に会って謝らなければならない。例え赦してもらえなくとも、私はこの命に代えても謝らなければならないとミレは思っていた。


『ごめんなさい。本当にごめんなさい、お父さん』

 

 ミレのすすり泣きの声が霊峰山に木霊していた。


『行きよったか。しかしあ奴も酷な事をするの。あのまま逝かせてやれば良かったものを。これから先あの娘に取っては棘の道じゃぞ』


 ゼロの二人の愛弟子は明暗を分けていた。いや、そうとも言えないかも知れない。


 確かにゼロマは天命を全うしたかもしれないが、最後まで会えぬ師匠を慕い続け思いを残したままで逝った。


 ミレはゼロに対する自分の行いへの呵責を背負ってこれから先を生きようとしている。


 どちらが救われるのか。この答えは誰にも分からない。


 ゼロはこの日再びゼロマの墓の前に立っていた。


 緑の草原の小高い丘の上に立てられた小さな墓だった。この国の英雄の墓と言うにはあまりにも質素でまたこじんまりとした墓だ。


 しかしこれはゼロマ自身が望んだ事だった。私は一介の冒険者でありウサギ獣人です。だからそれに見合う墓でいいと言っていたと言う。


 そして墓碑には「ゼロお師匠様の弟子ピョンコここに眠る」と書かれてあった。


 その前でゼロは、

「悪かったなピョンコ。お前の助けになってやれなくて、お前に全てを押し付けてしまった。しかしお前は良くやった。本当に良くやったよ。


 その小さな体で奴隷から一つの国を作り上げたんだ。誇っていいぞ。もうお前の様な奴は二度と現れないだろうな。俺の自慢の弟子だ。


 最後にこの国は少し道を間違えた。それはお前と俺の目指したものではなかった。しかしお前の弟子はそれを正してくれた。良い弟子を育てたなピョンコ。後はお前の後輩達に任そうと思う。


 お前の真の意思を継ぐ者達なら必ず正しい道を歩んでくれると信じてな。俺もそろそろ自分の世界に戻ろうと思う。少しこの世界に長く居過ぎたかも知れん。


 お前ももうゆっくり休め。お前は俺に取っての最高の愛弟子だ。お前は俺の心の中で何時までも生きている。俺もお前に巡り合えた事を誇りに思う。


 それではなピョンコ、さらばだ」


 そのゼロの姿を遠くから師への礼を持って見守っている者がいた。


「今度は本当に行ってしまわれるのですね、お師匠様。これまでのご指導本当にありがとうございました。ゼロお師匠様とゼロマお師匠様のご恩は一生忘れません。私こそお師匠様方とお会い出来、そして共に過ごせた事、本当に感謝いたしております。


 お二人のお気持ちとご意思をこの先もお守りして行きたいと思います。私の命が尽きるまで。そして、そしてもし出来ますならいつの日かまたお会い出来る事をお祈り申し上げております。では良き旅を、ゼロお師匠様」


 ハンナは見えなくなるゼロの後姿に頭を下げていた。


 こうして100年に及ぶ獣人の一国支配は終わりを告げた。獣人達はそれぞれの故郷、カールとカサールへと別れて去って行った。


 ソリエンにいたクロシンと5人の孤児達は皆、獣人国カールへと移転して行った。


「なぁクロシン、俺達これからカールに行ったらまたゼロに会えるだろうか」

「そうだな、国替えしたって別にヒューマンと戦争した訳じゃないんだし、会おうと思ったらまた会えるんじゃないか」

「そ、そうだよな」

「ああ、そうさ、きっとな」


 そしてヘッケン王国とガルゾフ共和国と聖教徒法国は再びヒューマンの手に戻った。


 しかしその譲渡があまりにも急だった為にヒューマン側でも体制が整わず慌てふためいていると言うのが実情だった。


 この功績者は言うまでもなく獣人国の英雄ハンナだ。しかしハンナは敢えて汚名を着て悪役を演じ、必要とあらば獣人達を殲滅した。


 本来それはゼロがやろうとしていた事だが、それをハンナが代わってやった。そうしなければ現状は変わらなかったからだ。


 そしてもし変わらなければ今度こそ本当に獣人国はこの世から消え去っていただろう。


 これまで間違えて来た道を正す為にハンナは敢えて悪人になって粛清を行った。「殲滅の魔女」と言う二つ名で呼ばれても。


 その甲斐あって少なくとも国の主権の譲渡は完了した。後はそれぞれの国での施政に任されていると言っても良いだろう。


 しかしこの100年で染み込んだ差別意識や憎悪の感情が直ぐに消え去る事はないだろう。むしろこれから先、行く道を間違えればまた同じ過ちを犯す事になりかねない。


 双方の良識に賭けるしかないかも知れない。それだけ人種と心情の問題と言うのは難しいものだ。


 ゼロはもうやるべき事はやった。後はお前達の問題だと言ってJPT336895号の所に向かった。


第三部 完


 長らくご愛読ありがとうございました。これを持ちまして第三部、「地上最強の傭兵・獣人世界編」を終了いたます。


 また次回のゼロの冒険をお楽しみください。















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地上最強の傭兵・獣人世界編 薔薇クルダ @Hydra

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