第14話 獣人国の終焉

 この日、獣人国に激震が走った。100年前に大戦が終わって以来の激震だった。


 この中央大陸に君臨する獣人の大国獣人国キングサルーンの獣人達にこの大陸からの国土撤退の公布が出されたからだ。


 それこそ獣人達には寝耳に水だった。そんな馬鹿な、そんな馬鹿な公布に従えるかと国中が大騒ぎになった。


 中にはどうせあの優柔不断な首相の事だ、みんなが反対したらこんな公布など直ぐに取り下げるさと高を括っていた者達も多かった。


 普段なら確かにそれもあったかも知れないが、今度ばかりは事情が違った。それは本気だった。


 その公布に異議を唱えた官職役人達は直ぐさまに役職を解かれた。それでも反対する者は本当に拘束され処罰を受けた。


 今までこんな事はなかった。だから獣人達は余計に驚き慌てふためいた。国は本気なんだと。


 しかし片やあの戦争から既に100年が過ぎている。この国で生まれて死んだ者もいる。親子三代でこの国で住んでいると言う者もいる。


 彼らに取ってこの国はもはや自分の故郷と言ってもいい。そんな彼らに国を捨てろと言われてもそれこそ行く所がない。


 獣人の国、カール国とカサール国、話には聞いているがそこがどんな所かすら知らない。そんな所に移れと言われて、はいそうですかとは言えなかった。


 国としてもそれは難しい事はわかっている。しかし今回はそんな事を言っていられる時ではないのだ。


 それこそ国の命運がかかっている。ただこれは国民には言えない事だ。だから嫌でも無理押しするしかなかった。


 首相としても苦渋の決断だった。しかしこれまでの国の在り方や獣人のヒューマンに対する接し方等を見ていると今までの政権の運営の仕方が間違っていたと認めざるを得なかった。


 そもそも戦勝国の人間が敗戦国を統治管理する事が間違いの元だったのだ。


 不条理を押し付けられ支配される者の心には恐怖と悲しみ、そして憎しみと復讐心が生まれる。


 支配する方はする方で高圧的な支配意識と差別意識が生まれ、より無慈悲な行いが横行するようになる。


 この根本が間違いの元だったのだ。


 敗戦国は敗戦国として自国民で復興させればいい。それは本来のあり方だ。戦勝国と言えどもそれをどうこうして良い事ではない。


 だから今回の様な事が起こったと言えるだろう。しかも100年に渡っていればこの修復も正直難しい。しかし今やらなければ国は亡ぶかも知れない。


 この国のあり方は少なくとも創始者たるゼロマ様やゼロ様の意に沿った国ではなかったと認める事から始めないと先には進めなかった。


 勿論これに抵抗する者達はいた。中には高ランクの官僚や領主達だ。官僚に関しては首相の権威でまだ何とかなるが領主となると難しい。それなりに軍事力も持っている。


 だからこそ、ここはゼロマ遊撃騎士団の出番だった。如何に領主と言えどもゼロマ遊撃騎士団を相手に戦おうと言う者は少なかった。


 それでも尚抵抗する者はいる。例え武力を持ちいてもと。そう言う者達はきっと今まで甘い汁を吸っていたのだろう。だから今の暮らしと利益を無くしたくないと言う事なんだろう。


 流石のゼロマ遊撃騎士団と言えどもそう言う者達を無下に殺す訳にもいかないのでそこにつけ込む者達もいた。


 ただしハンナは別だった。命令に逆らう者達は徹底的に排除しそれでも逆らうものは皆殺しにした。まさにハンナは修羅と化していた。


 ハンナには聖地でハンナが育てた戦闘部隊がいた。彼らを使って情報を探らせ隠れているもの達を探し出し徹底的に排除した。


 ただその過程でハンナは一つ面白い現象に気がついた。それはかっての右大臣の領地に近いほど抵抗力が強くなっていた事だ。


 軍事力とかそう言う事ではない。もっと意識的なものだとハンナは思った。


 ハンナは今回のミッションにワイバーンの機動力使って各地を回っていた。


 そこで今度はこの地域をゆっくりと観察してみようとワーバーンの高度を上げて高高度から下を眺め、魔力感知を広げてみた。


 すると今まで見逃していたものが見えた。それは途方もなく大きな魔法陣だった。領土そのものを覆う様な。


 勿論普通の者には見えない。ハンナの様な優れた魔法使いでないと。しかもその魔法陣からは今も魔力が放出されている。


 ただその魔力は普通の魔力ではないようだ。ハンナの感覚ではそれはどうやら呪いの類に感じられた。しかしそれほど強い物ではない。


 一体誰が何の目的でこんな物を作ったのか。ハンナは最も反応が強い場所に降りた。


 そこは右大臣の屋敷があった所だ。今はハンナの部下コイカによって破壊されている。


 しかし魔力はまだ地下から出ていた。なるほどな、そう言う事かとハンナは納得した。


 入り口には頑丈な扉と結界が張り巡らされていたがそんなものはハンナ取っては問題にもならなかった。


 ハンナがその地下室に入ってみるとそこには大きなガラスの球体が設置されていた。


 その形はかって右大臣が手に持っていたあの球体を大きくした様なものだった。しかもその中から漂う魔力は同じものだった。


 ハンナがその球体に近づいた時、球体の後ろから4人のヒューマンが現れた。いや違うとハンナは思った。


 これはヒューマンではない。では何だ。そうかこれがそうなのかとハンナは理解した。そして初めて出会った。


「お主達は何者じゃ。ヒューマンではあるまい」

「ほーわかるのか。まぁ我らの魔力を感じればそれは当然か」

「お主達が噂に聞く悪魔と言う者か」

「そうだ。恐ろしくて動けぬか」


「こんな所でお主達は何をしておる」

「せっかく計画が上手く行きかけたと言うのに、全く厄介な邪魔が入ったものよ」

「今回の国替えの事を言うておるのか」

「そうだ。ここで獣人共に居なくなられると困んだよ」

「ヒューマンと争う者がいなくなるからか」


「良く知ってるじゃねーか。殺し合う者がいなくなると魂が取れねーんだよ」

「なるほどのー、それでその玉の魔力で獣人にヒューマンに対する嫌悪感や敵意、殺意を植え付けていた言う事か」

「ほーそこまでわかるのか。猫にしちゃちっとは頭があるじゃねーか。ただちょっと違うがな。植え付けてたんじゃねー。元々持っていた感情を増幅してやったのよ」

「そう言う事か、それはわしらの一種の欠点じゃからの」

「わかったら、お前もその一人になりな」


 その悪魔はハンナに意識誘導の魔法を掛けて来た。それはこの玉から放出される魔力よりも遥かに強力なものだった。勿論悪魔は詠唱などしなくても魔法が使える。


 しかしその魔法はハンナの手前で消えてしまった。


「な、何がどうなってやがる。俺の魔法が消えたぞ」

「おい、ゲルゾ、手抜いてんじゃねーぞ」

「いや、そんな事はねーんだが」

「お主にはまだわからんのか。そんな下位の魔法など上位者には効かぬわ」

「ば、馬鹿な事言うな、俺は悪魔だぞ。獣人やヒューマンなど足元にも及ばんわ」

「しかしそれがお前の実力じゃろう。大した事ないのー。ではこれはどうじゃ」


 そう言ってハンナはファイヤーフレームを浴びせた。その悪魔は一瞬にして灰になってしまった。


「そ、そんな馬鹿な。ゲルドが一発で灰になるだと。クソが俺がお前を灰にしてやる」

「止めておけ、バザル。お前では無理だ」

「しかし」


「獣人、お前の名は何と言う」

「わしに名を問うなら主の方から名乗るのが筋じゃろう」

「これはこれは、いいだろう。俺の名はゾルゲン、中位悪魔だ」

「やっとまともな悪魔が出てきおったか。わしはハンナと言う。これで面白くなると言うものよ」

「お前は余程自信があるようだが、所詮は表の世界の住人だ。我ら魔界の悪魔には敵わんよ」


「そうとも言えんじゃろう。知っておるか。かってこの世界に八大魔将がいた事を。100数年ほど前の事じゃがの」

「八大魔将だと。その様な者など・・、いや待て。あれか『反逆の魔将』と呼ばれた方々か」

「そうよ、その八大魔将ですら、この地で果てておるぞ。我ら表の住人の手によってな」


「まさかその様な事が。如何に『反逆の魔将』と呼ばれようと上位悪魔様だぞ。その様な方々が高がヒューマンや獣人に負ける訳がなかろう」

「なら試してみるんだな。己の体で」

「よかろう。ここではちょと狭い。表に出よう」

「いいじゃろう」


 表の焼け野原でハンナと3人の悪魔が対峙した。中位悪魔のゾルゲンと下位悪魔のバザルとロイルだ。


 ゾルゲンは風魔法が得意な様で烈風でハンナを引き千切り、風刃でハンナを切り刻もうとしたがハンナの結界魔法でそれらは完全に防せがれてしまった。


 ハンナは片足でトンと地面を踏みしめた。するとまるで地震の地走りの様な衝撃波がゾルゲンを襲った。これにはゾルゲンも空中に逃げるしかなった。


 そこにハンナのファイアアローが襲った。それをモロに受けて全身が黒焦げになっていたが再生魔法で復元した。


 これは確かに途方もない魔法の攻防だった。


「確かに大したものだ。獣人でありながらそこまでの魔法が使えるとはな。しかし無駄だ。いくら俺にダメージを負わせても直ぐに再生してしまうのでな」

「そうでもあるまい。お前達の弱点を知っておるか」

「馬鹿め、俺達に弱点などあるはずがなかろう」

「いいや、お前達は光魔法に弱い」


「ははは、それは無理だ。光魔法の使える聖騎士はもうこの世にはおらん」

「それはどうかな。聖波!」


 ハンナの放った魔法はゾルゲンの片腕を消し飛ばした。


「何故だ、何故復元せんのだ」

「それは復元せんよ。わしの使ったのは光魔法じゃからの」

「ば、馬鹿な。何故お前に、いや何故獣人に光魔法が使えるのだ」

「所詮魔法は魔法じゃ。魔法は使う相手を選ばんよ。しかし100年振りに使ったので手元が狂うたわ」

「貴様は一体何者だ。100年だと。獣人が100年も生きられるか。それにお前はまだ若いではないか」


「嬉しい事を言ってくれる。そんなに若く見えるか。ならばこれが最後だ」


 そう言って放たれたハンナの光魔法は完全にゾルゲンを捉え消滅させた。それを見た二人の悪魔は恐れ戦き背を向けて逃げて行った。


「逃がすと思うたか」


 ハンナのファイアアローはザバルを貫きこれもまた灰にした。これ位の力差があれば光魔法でなくても悪魔を倒せる。


 最後のロイルはまるで矢の様にさっきの地下室に駆け込んだ。


「あ奴は足が得意と見えるの。確かに速いわ」


 ハンナが地下室に辿り着いた時ロイルは何かの装置を外していた。


「これでお前も終わりだ。獣人」

「お主何をした」

「これが何かわかるか。これは『妖魔人』と言うものだ」

「『妖魔人』噂では聞いた事があるが、確か獣人の体と悪魔の肉体を混ぜ合わせるとか」

「そうだ。そして最強の狂戦士を作るのよ。出ろ3号」


 その体と顔はもはや獣人でもヒューマンでもなかった。醜いバケモノになっていたが、その顔には少しだけ面影があった。


「お主はハーライトか」

「そうだ。こいつは元右大臣ハーライトだ。今は戦うバケモノだがな」

「何と醜い。いいだろう。敵だが今は安らかに眠らせてやろう」


 鎖を引き千切ったハーライトはハンナに襲い掛かって来た。ハーライトの武器は強靭な肉体と力だ。どんな物でも破壊してしまう拳がある。


 流石にこの狭い部屋の中では魔法も使い辛いのかハンナはただただかわしていた。


「どうだ獣人、ここではお前の得意な魔法も使えまい。このハーライトに捕まって八つ裂きになるんだな」


 しかしハンナは何もただ逃げ回っていた訳ではない。そのタイミングを計っていたのだ。


 次のハーライトの右の拳が襲って来た時それをかわして懐に飛び込んだ。


 そしてハーライトの腹部に拳を当てがって寸勁を放った。いやこれは魔力を使った魔動寸勁だった。


 その衝撃はハーライトの腹を突き破り巨大な穴を空けた。そのままハンナは飛び上がり今度は顎から顔を砕いた。


 これでもうハーライトは動かなくなってしまった。


「何故だ、何故魔法使いのお前に戦闘術が使える」

「わしのお師匠様は戦闘術の天才だったのでな。今度はお前の番じゃ」


 そしてハンナは瞬歩でロイルに接近し、魔動掌波で吹き飛ばした。これでロイルも完全に息の根が絶たれた。


『やはりお師匠様に教わった戦闘術は役に立つのう』


『しかし今回の事、これを見抜けなかったのはわしの責任じゃの。またお師匠様に拳固を食らう事になるかの。はははは』


 その後ハンナはこの地で『殲滅の魔女』と呼ばれ、皆から恐れられるようになった。


『これで少しはお師匠様に近づけたかのう』

 そう言ってハンナは笑っていた。


 全ての仕事を終えたゼロとビアンカはかってあったクレール伯爵領を見下ろしていた。


「悪いなビアンカ。ここを消してしまって」

「いいえ、これでわたしも新しく旅立てます。きっとクリスタもわかってくれると思います」

「そうか、ならいい。でお前はこれからどうする」

「はい、お師匠様は」


「俺は冒険者だからな、これからも冒険を続けるさ」

「わたしはお師匠様に教えて頂いたこの知識と技術を役立てる何かをしたいと思います。まだこれと言った事は思いつきませんが、これからわたしの生き方と共に探してみたいと思っています」


「そうか、それだけわかっていればいい。元気で暮らせよ」

「はい、この度は命を助けていただき、その上ここまで生き方を教えて頂き本当にありとうございました。お師匠様の御恩は一生忘れません。本当にありがとうございました」

「ああ、では達者でな」


 そう言って去って行くゼロの後ろ姿にビアンカは深々とお辞儀をしていた。その目元には涙が滲んでいた。

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