第13話 再生への道

 ゼロとビアンカはマテウス領を離れてビアンカの叔父であるクレール男爵領に向かった。


 クレール男爵が元々今回のクレール伯爵領奪還を計画してクリスタを旗頭として担ぎ上げた張本人だ。


 しかし不思議な事にクリスタを中心とした反乱軍は首都の制圧部隊によって全て制圧されたにも関わらず、叔父のクレール男爵領には全く何の被害も及んではいない。


 これはいくら考えてもおかしだろう。言わば同じ船に乗った者同士なのにどうして片方だけが船から落ちたのか。


 そもそも今回の襲撃に参加した主力部隊の兵隊達はクレール男爵家の兵隊達ではなかった。


 金で雇われた雇われ兵だ。だから規範もいい加減でむしろならず者に近い兵隊達だった。


 だからそこをいくら探られてもクレール男爵に辿り着く事はない。表向きはクリスタの兵と言う事になっている。


 しかもクレール伯爵に恩義を感じて参加した兵達もいる。これは完全なクレール伯爵家側の兵だ。


 そうなるとどうしても首謀者はクリスタと言う事になる。本人は知ろうが知るまいが。結果としてクレール伯爵家の反乱と言う図式が成り立つ。


 つまりそうなるように画策した者がいると言う事だ。しかしそれにはいくら世間知らずのクリスタと言えどもそれを信用させ納得させる人物が必要になる。


 その一人が叔父のクレール男爵であり、もう一人はどう考えてもあの人物をおいては他にはいない。


 クレール男爵家の屋敷ではこの様な会話が取り交わされていた。


「どうだオット、上手く行ったか」

「はい、クリスタ様を新領主に仕立て上げ、領地に置いてきましたので、必ず首都軍はクリスタ様を反逆軍の首謀者として捕らえ死罪にするでしょう」

「しかしもしクリスタが逃げ出したらどうする」

「それも大丈夫でございます。こちらから派遣した指揮官達に金を握らせて、主君の護衛と称して監視と軟禁を支持しておきました。あやつらは金に目のないならず者です。それにまた最後にはあの女を好きしてよいと申しておきました」


「しかしお前も長年仕えた主人をこうも簡単に裏切れるものだな」

「わたくしと言えども沈む船にはいつまでも乗っていたくはありません故」

「確かにそうだな。わしに取ってもあの娘は目の上のタンコブだ。血筋の上では向こうが上だからな」

「ならば双方の利害が一致した訳でございますな」


「その様だな。今度は地獄行きの泥船に一緒に乗ってもらおうか」

「だ、誰だ。誰かおらぬか、曲者だ」

「表の護衛ならみんな先に行ったぞ」


 そしてゼロとビアンカが隠形の術を解いてその場に現れた。


「あ、あなた様はビアンカ様」

「なに、ビアンカだと。お前は生きておったのか」

「悪かったわね叔父上、わたしが生きていて」

「しかしお前は確か娼館に身をとして殺されたはず」

「誰がそんな事を言ったのかしら。あのデブのオッサンかしら」


「しかしビアンカ様、今更何をしに」

「よくもそんな事が言えたわね。クリスタを殺した張本人が」

「わ、わたくしは何も」

「さてそろそろいいか。みんな地獄に行く準備は出来たか」


「貴様何を言っておる。わしがただの領主だとでも思ったか。貴様など普通のヒューマンには手も足も出んわ」

「わたくしもただの執事ではございません。ビアンカお嬢様にはわたくしをどうする事も出来ないでしょう」

「いいわ、その言葉地獄で言うのね」


 そして二組の戦いが始まった。確かにクレール男爵は並みのヒューマンよりは多少強い力を持っていたが、ゼロの前ではナメクジとカタツムリの違い程でしかなかった。


 ゼロの一蹴りで腹に大きな穴が開いていた。これは勁を使った波動蹴りだった。それでクレール男爵は地獄へ一直線だった。


 ただ体の中には魔粉石の影響があった。ゼロはやはりなと思った。


 一方執事とビアンカの戦いだが、面白い事に執事のオットも暗殺技術を持っていた。


 しかしそのレベルはビアンカとは比べ物にもならなかった。大人と幼稚園園児ほどの差だ。


「ま、まさかビアンカお嬢様がこのような技術をお持ちとは」

「人はね、変わるのよ。本気で変わろうと思ったらね」


 その時既にオットの片腕は失われていた。


「左様でございますか。わたくしは変われなかった愚者と言う事でございましょうかね」

「そうね、あの世でクリスタに謝って来なさいよ」


 そしてオットの命は絶えた。


 その後ゼロがやった事はクレール男爵屋敷の完全破壊とこの領地の全ての兵士をあの世に送った。一人残らずに。


 その後この領地がどうなったかなんてゼロの知った事ではなかった。それこそが『戦場の死神』たる所以だろう。


 これを空から見ていた者がいたがゼロは無視していた。特にゼロに対して今直ぐに敵対してくる気はないようなので。


『流石は軍師様。間違っても戦いたくはありませんね。これでは幾ら命があっても足りませんわ』


 ここ獣人の聖地カールでは重い空気が漂っていた。


 ここに集っていたのは獣人国の首相と左大臣、そして彼らと一緒に転送して来たダッシュネル率いるゼロマ遊軍騎士団だった。


 そしてこの地でハンナの指導を受けていた残りのゼロマ遊軍騎士団3部隊の面々も参加した。誰も彼もが真剣な顔つき、いや悲壮な顔つきをしていた。


「お主たちは何をそんなに辛気臭い顔をしておるのじゃ、もっと元気を出さんか」

「しかしハンナ様、そうは言われましても何しろ相手はゼロ様ですから」

「馬鹿かお主らは、お師匠様相手に何か出来るとでも思うておるのか。何も出来はせんよ。それこそ何か仕掛けたらこの地から獣人国は消えるぞ」

「そ、それほどまでに」


「だから言ったじゃろう。真面目に改革せよと。お主らがいい加減な事をしておるからお師匠様の怒りに触れたのじゃ。責任はお主らにある」

「そ、それは・・・」


「しかしハンナ様、マテウス領はまだしも、この中央大陸に君臨する我が獣人国キングサルーンは広大です。如何にゼロ様と言えどもこの大陸ごと消す事など」

「お主らはまだ何も知らぬようじゃな。お師匠様が今まで誰と戦ってこられたか。この世界に現れた上位悪魔達と戦いこれを倒し、神の僕たるたる上級天使四天王を倒し、更には大天使エルリカ様とも戦いこれをも破った。そんなお方に我々ごときがどうにか出来ると思うか」


「そ、そんな、大天使エルリカ様と戦うなど、この世界が崩壊します」

「そうじゃ、お主らはそう言うお方を相手にしようとしておるのじゃ」

「で、では我々は死ぬしかないのですか。獣人国はこの世から滅びると仰るのですか」

「このままではそうなるの」

「そ、そんな。それでは我々は」


「まぁ、そう結論を急ぐな。まだ手はある」

「本当でございますか、ハンナ様」

「ただしじゃ、今度が本当の最後の正念場じゃ。一つ間違えたら本当に獣人国はこの世から消えるぞ」


 みんなはぞくりと背を振るわせた。


「そ、それは如何なる方法でございましょうか、ハンナ様」

「オリジナルに戻る事じゃ」

「オリジナルと申されますと」

「お主ら、今のこの獣人国が本当に我らの国じゃと思うておるか」

「そ、それは・・・」

「仮初じゃよ。この中央大陸の獣人国は仮初の国じゃ。本来ここはわしらの国ではない」


「ではオリジナルと申されますと」

「そうか、ここカール国と南のカサール国でございますね」

「そうじゃ我々の出生の国じゃ。その国こそが我らの本当の国じゃろう、我々獣人のな。我々は手を広げ過ぎたのじゃ。身の丈に合わぬ国を動かしておったと言う事じゃ」

「ではオリジナルに戻ると言う事は」

「そうじゃ、こことカサールに戻ると言う事じゃ。全ての獣人を祖国に戻すのじゃ、そうすればお師匠様の逆鱗も解けよう」


「しかしハンナ様、あれからもう100年でございます。今更戻りたくないと言う者もおりましょう。そう言う者達は」

「だからこそ正念場と言うたのじゃ。国の消滅か帰国かの二つに一つじゃ。お主ならどちらを選ぶ」

「それはもう選択の余地がありません」

「ならそうすればよい」


「しかしそれでも反対する者は」

「お主も頭が悪いの、これまでのお師匠様のやり方を見ていなかったのか」

「えっ、まさか。反対するのは殲滅するとでも仰るのですか」

「そうじゃ、と言うてもお主らには出来まい。じゃからわしがその悪者になってやる。わしがお師匠様の代わりをやってやると言うておるのじゃ」

「そ、それではハンナ様のお立場が」

「わしはもう100年も生きた。これだけ生きればもう十分じゃろう。ろくにゼロマ様に恩返しも出来ておらんし、ましてゼロお師匠様にはな」

「それは・・・」


「よいか、お主達は職責に戻りすぐさまこの国の放棄を公布して、各自自国に戻るように伝えよ。そしてそれに逆らう者は厳罰に処すと伝えるがよい。それでも従わぬ者はわしが処分する。これしか方法はない。恐らくお師匠様も同じ事を考えておられた事じゃろうて」

「それであまりに貴方様が」


「それでよい。ルイトボルト、お主の祖先は確かカサール国じゃったかの」

「はい、左様でございます」

「ならお主はカサール国に行け、そしてブルームはここカールじゃったか」

「はい」

「ならお主はここじゃ。それぞれに分かれて施政を行え」

「御意」


「ただしルイトボルト、お主は少し優し過ぎる。悪く言えば優柔不断とも言う。じゃからわしの片腕のコイカをつけてやろう。必要があればこやつを使え。頼りになるぞ。いや必要な時はこいつが勝手に動いてくれるじゃろう。はははは」

「はい、それはゼロ様にも言われました」

「それだけわかっておればよい」


「それとブルーム、お主にはもう一方の片腕サイカを付けてやる。好きに使え」

「有難き幸せにございます」

「良いな二人とも、手伝ってやれ。頼むぞ」

「わかりました、お師匠様」

「ご期待に応えて見せます。お師匠様」


「しかしハンナ様、これには少し時間がかかりますが、それまでゼロ様は待ってくださるでしょうか」

「それはわしの仕事じゃろう。わしが話をしてみる」

「わかりました。お願いいたします」

「わかったら行け」

「はい!!!」


「よろしいのですか、そう安請け合いをなさって。本当にゼロ様は待ってくださいますでしょうか」

「今度ばかりは如何にわしと言えども、命を賭けてお師匠様にお会いしなければならんじゃろうの」

「その割には嬉しそうですね、お師匠様」

「そう見えるか」

「はい。ねぇサイカ」

「そうね。こんな嬉しそうなお師匠様のお顔は、この100年見た事がありませんわ」

「ああ、嬉しいとも。100年ぶりの嬉しさじゃ。ふふふふ」

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