腐った日々が続くように



 子供の頃、ヒーローになりたかった。

 運よくその才能に恵まれた。

 正義と平和のために戦って……なのに、大切なものを守れなかった。

 そこから立ち上がれなくなって、怠惰な日々に溺れて腐っていった。

 だけどそれではいけないのだと、一緒に腐ろうとしてくれた少女の面影に、もう一度歩いていこうと決めた。

 もうヒーローにはなれないけれど、なら裏方で支えられるような人間になろう。

 そうして歩き始めた俺は……


「ふへへ、三股クソ野郎……」


 ……十六歳の陸上部女子と、二十歳の眼鏡っ娘と、二十二歳になったかつての恋人の妹と肉体関係を結ぶ超ド級の淫行司令官になった。

 なにこれ、どう考えてもブルーやゴールドよりもひどい。

 というかレッドの俺を見る目が超複雑。そりゃそうだろうて、恋人はゴールドに、幼馴染みは俺に寝取られた形だ。それでも仕事は手を抜かず、報連相もしっかりやってくれる辺り、レッドはちゃんとした人間である。

 まったく、ピンクにしろグリーンにしろ彼の何が不満だったのか。


「司令官、戻りました!」

「はい、お疲れ様。ケガはないか」

「問題なっしです!」


 指令室で帰還したヒーローたちを迎える。

 イエロー・アックスはあんなことがあった後も、元気で明るい女の子だ。

 まっすぐ好意をぶつけてくるのでちょっと眩しい過ぎる瞬間もある。俺の淫行まがいな例の件も本当に気にしていないようで、「悪いと思っているのならこの基地を辞めるのは許しません」と言い含められてしまった。


「そうだ、今度陸上の大会あるんです。司令官も応援に来てくださいよー。カメラで私の雄姿を撮ってください」

「それ今だと色々問題あるヤツだなぁ」

「……今更ですか?」

「ぐぅ」


 ただし、十六歳だ。なのにああなってしまった時点で、俺はもう彼女達に弱みを握られ切っているといい。

 だけどそれを利用して脅す気がない当たり、いい子ではあるんだよね。


「司令官、マンガで勉強したんですけど、陸上選手と言えばマッサージらしいんです」

「それさ、オペ子さんから借りた漫画だよね。カレシを校門で待たせている女子陸上選手が部室で顧問にマッサージされる系じゃない?」

「すごい、内容完全に一致です。ということで、マッサージ、してくれません?」


 くそう、この子最近誘惑スキルを覚えてきた。

 明るく無邪気にしゃなりと体をくねらせる。でも、そのタイミングでグリーンがやって来た。


「こーら、抜け駆けはナシでしょう」

「しまった、見つかったかー」


 こつん、とイエローの頭を小突くグリーン。

 以前よりはちょっとギス度が下がり、何かと張り合うがそれなりに親しいくらいの関係に収まっているようだ。

 そうなるとグリーンは素直な半面暴走しやすいイエローのいいストッパー役であり、逆にイエローは尻込みして失敗することのあるグリーンの背中を押すという、なかなかの相性を見せていた。


「じゃあ、今度は一緒に」

「イエロー、詳しく」


 ただ余計なところでもコンビネーションを見せるようになったのは、俺にとってかなり不利な状況である。主に性的な意味で。

 寝取らレッドにじーっと見られるのはもうどうしようもない。


「グリーンが、司令官に……」


 違います、逆です。司令官が、グリーンに……です。

 ごめんなさい、嘘を吐きました。三人とも魅力的なので、最終的に俺も欲望に負けています。普通にクズです。

 恨みがましいレッドの目をシルバーが被う。


「大丈夫。こっちで手綱は握るから」

「助かるよ、シルバー」


 当初は何を考えているか分からなかったくノ一女子高生のシルバーが一番状況をよく見て動いてくれております。

 また今度なにかをご馳走しないといけない。

 そんなことを考えると、心を読んだように彼女が言う。


「私も、食べたいってこと?」

「そんなこと一切まったく考えておりませんが!?」

「分かってる、冗談」


 手をひらひらさせてシルバーは小さく笑う。

 最近は表情が柔らかくなった。この基地に来たことで少しでも彼女にいい変化があったのなら嬉しい。

 ブルーが異動して既に一週間が経った。

 多少爛れた性状況ではあるが、装刃戦隊ブレイドレンジャーを取り巻く環境はかなり穏やかになったと言っていい。


「ピンク、さっきの戦闘。ケガはなかったか」

「平気だよ。ありがとうね、レッド」


 驚いたたことに、レッドとピンクの関係性も少しずつ改善されている。

 お互いに恋愛感情はまだ少し残っている。レッドにとっては奪われた恋人だが、ピンクにしたってカラダの相性が悪かっただけで嫌いになった訳じゃない。

 それでももう戻れないと知っているから、かつての恋として終わらせようと頑張っている最中なのだろう。


「じゃ」

「うん」


 短く、熱のない。だけど和やかな挨拶。

 こうなれたのは発端であるブルーがいなくなったことも要因の一つだ。そう思うと、司令官としては複雑な気分だった。


「なあ、司令官」


 最近では珍しく、レッドの方から声をかけてきた。


「どうした?」

「いや、やっぱりさ。急なお別れって……辛い、よな?」


 煮え切らない態度、その後ろではシルバーがサムズアップをしている。

 あ、これ俺の昔の話をしおったな。くノ一ちゃんめ、余計な気を回してくれたものだ。


「そうだね。だから、後悔しないようにしないとな。今日の喧嘩して明日謝ろうと思ったら、もう遅いなんてオチもあるから」

「……おう」

 

 それだけ言って、レッドはシルバーと司令室を出て行った。

 前のように戻るのは難しいだろうけど、なんとかやっていけそうだった。

  

 異動したブルーとは今も時々連絡を取り合っている。

 ブルーは他県の戦隊基地に配属され、妖精戦隊ローナイツの追加戦士で頑張っているようだ。

 彼は「司令官、俺はあなたに甘え過ぎていた。今度、呑みにいって、お互い愚痴でも零しましょう」と言ってくれている。

 ローナイツの新戦力、TSクールロリ・ブルーはその槍捌きで既に複数の怪人を倒しているそうだ。

 リーダーのメスガキ・レッドから「しれーかんさん、ありがとねー。のじゃロリパワー付与で誕生した、うちでも初のTSっ娘。大活躍だよー♡」と連絡をいただいた。

 どうやら変身する時だけTSするタイプなので日常生活は問題ないようだが、どうか現状に負けないで頑張ってほしい。

 なお、他のローナイツの面々は本物の女子小学生だそうです。

 ピンクとゴールド? 相変わらず盛って「んほおおおお♡」してる。

 そして密かに俺がそれを上回ってるよ、どんな基地だ。


「お疲れですね」

「……まあ、体力的には」

「そこで“心労が”と言わない辺り、とても司令官らしくて素敵だと思いますよ」


 くすりと、何事もなかったかのように微笑むオペ子さん。

 今回の元凶は間違いなく俺なんだけど、この状況にまで引っ張ってきたのは彼女の手腕だ。


「なあ、なんであんなことしたんだ?」

「そうですね……貴方はきっと、私との二人暮らしの日々を、腐っていくだけの怠惰な日々だと感じていたでしょう。ですが、私にとってはそれほど悪いものでもなかったんですよ」


 意外な返答だった。

 亡くした恋人の代わりに性行為をさせられるような毎日を、そんな風に言うなんて。


「だって……腐りかけの果物は、一番甘いじゃないですか。たとえ貴方にとっては停滞でも。姉さんではなく、私だけを見つめてくれた。抱き締め合って、溶け合うくらいに肌を重ねたあの日々は……あぁ、例えようもないくらいに、甘美だった……」


 あるぇ? 

 もしかして、オペ子さんって若干ながらヤンデレな気質がおありになられる?


「その割には昔さ、恋人になる気はないって自分で言ってたじゃないか」

「当然でしょう。貴方は本質的には背負い込むタイプです。姉さんの面影がある私を恋人にしたら、“あいつの代用品にした”とか“また甘えて縋ってしまった”とか、見当違いの悩みに頭を抱えますよ」

「よくご存じで」

「ずっと見ていましたから」


 たぶん彼女は「姉さんがいた頃から、ずっと」という言葉を飲み込んだ。

 だけど気付かないふりをする。きっと俺達の関係性は、見るべきものを見ないことで成立している。


「イエローは、一途でいい子だと思いますよ。グリーンも、多少落ち込みやすく意志の弱さもありますが、ちゃんと誰かを想える子です。伴侶にするには、彼女達の方がいいと思います。ただ、私も“誰かの幸せのために身を引いてそっと背中を見送る”なんてタイプではありません」


“だから、いつかあなたが本当に誰かと結ばれるまでは”。

 言葉を隠すように、オペ子さんは掠める程度のささやかな口付けをした。


「しばらくは、腐りかけの果実を楽しみましょう?」


 退廃というにはインモラルさが足りないけれど、まかり間違っても健全じゃない。

 そういう腐りかけの甘美さに、今は浸っていたいのだとオペ子さんは言う。

 優しく、蠱惑的な笑みだ。まるで落とし穴にはまったような気分である。

 

「ねえグリーン。これ、私たちうまくオペレーターの野望に利用されました?」

「でも私の場合は、そうじゃないとチャンスもなかったわけだし。ベストでなくてもベター、かな」

「あ、そう言えば私もだ。普通なら未成年に手を出さないっぽいし」 


 ひそひそイエローがグリーンに耳打ちをするが、二人とも現状に不満を抱いてはいないようだった。

 俺? そんなん言わんでも分かるやろがい。

 なんだかんだで、皆かわいくていい子なんだから。


「ところで、司令官。防衛省から、ブルーの穴埋めに人員を送ろうかと通達がありました。データが、こちらです」


 オペ子さんからデータを受け取って確認する。

 候補として挙がっているのは二十四歳の、身長2メートルもある男性だ。

 名前は……【ブラック・ビッグキャノン】。『HAHAHA! ヨロシクお願いしマース!』という挨拶も添えられていた。


 コンプラじゃなくてポリコレ的にやべーヤツじゃねえか⁉

 こいつの本名絶対ボブだよ! あとどこもかしこもデッカいパワータイプだよ間違いなく!


「どうしますか?」

「上層部にはお礼を言いつつ、丁寧に。素晴らしく丁寧にお断りしておいて」

「分かりました」

「しかしまぁ、なんでこんな問題起こしそうなのを……」

「ゴールドにシルバーにと、訳アリな人員を流して一時的な混乱はしても現場は回せているんですから。テイのいい左遷地だと思われてるんじゃないですか?」

「勘弁して……」


 もしそうなら、今回断れても後々には騒動起こしそうなヒーローが配属されるってことじゃねえか。

 なら、基本メンバー・五人は維持した方がいいのかもしれない。 


「ブルー、呼び戻せないかなぁ」

「おっと、TSっ娘にも興味が出てきましたか?」

「え、待って。なんの話をしてるの?」


 だけど、上からの命令には逆らえないのが下っ端役人というもので、自分の感情さえままならないのが人間というヤツだ。

 きっと俺は、今後も舞い込む厄介ごとに右往左往しつつ、五人も集まれば諍いは当然のようにあって、それでもどうにか皆で正義の味方をやっていくのだろう。

 なのでひとまず、体力を残すためにも週六は勘弁してくださいってオペ子さんたちに土下座しようと思いました。




・おしまい




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レッドの恋人のピンクがブルーと浮気する戦隊ヒーローの司令官の憂鬱 西基央 @hide0026

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