悪堕ち変身ヒロインに支配された戦闘基地



 今日も悪の組織の怪人が町を襲う。

 逃げ惑う人々。破壊される建物。全裸で歩く猫。


「待てい! 悪行はそこまでだ、怪人!」


 しかし、正義のために戦う者達がここにいる。


「燃え盛る炎の剣、レッド・ソード!」

「現在異動申請中、ブルー・ランス」

「キュートにポップにデストロイ、ピンク・モーニングスター!」

「数多の刃が敵を穿つ、グリーン・ナイフ」

「将来の夢は大好きなあの人のお嫁さん! イエロー・アックス」


「今の時代は結婚ばかりが女性の将来設計じゃないよ。グリーン・ナイフ」

「愛は時代で変わらない! イエロー・アックス!」

「あまり重いと男の人が逃げちゃうかも。グリーン・ナイフ」


「お尻は軽いより重い方がいい! 弾ける若さの十六歳! イエロー・アックス!」

「若すぎる女の子だと大人の男性とは話題が合わないね、グリーン・ナイフ」


「グリーンよりスレンダー! イエロー・アックス!」

「料理が得意だしイエローより胸も大きい、グリーン・ナイフ」


「え、舐めてるんですか? やりますか? イエロー・アックス!」

「そろそろ決着はつけないといけないと思っていた、グリーン・ナイフ」


「胸なら私が一番大きいよ? ピンク・モーニングスター!」

「今更司令官の苦労が身に染みる、最年長の俺がもっと司令官を支えてあげるべきだった。ブルー・ランス」

「お前らそろそろ黙れ!? レッド・ソード! そしてっ! 俺達は!」


 四人がポーズをとり、ブルーのみ一歩引いた状態で彼ら彼女らは高らかに宣言する。


「正義の刃が敵を裂く! 装刃戦隊ブレイドレンジャー!」


 名乗りはアレだが彼らも歴戦の勇士。

 危なげなく怪人を倒し、今日も町の平和は守られたのだった。




 ◆




 俺は瞬時に土下座してイエローに謝り倒した。


「申し訳ございませんっ! 寝ぼけてたなんて言い訳にもなりません! 全ては俺の悪行ですっ!」

「は、初めてなのに確実に十八歳未満お断りのキスですよこれ……」


 目を潤ませ、顔を真っ赤にしてプルプルと震えるイエロー・アックス。

 基地司令官が十六歳の戦隊メンバーに淫行。もう許される道が何処にも残されていない。


「ごめんなさい! 俺はイエローを傷つけてしまった! 償いをさせてもらえるならば、ちゃんと責任はとる!」


 そこで、イエローがぴくんと反応した。


「せ、責任ですか?」

「ああ、当然だ。君を傷つけたんだ、ちゃんと責任を果たさせてくれ」

「そ、そうです、よね? うんうん、私の唇を奪っちゃったんだから、それはもう、そう!」

 

 少し機嫌がよくなったみたいだ。

 俺は覚悟を胸に口を開く。


「責任をとって……今回の件を上層部に報告、俺の罪を公にして基地司令を退く。勿論イエロー・アックスが淫行をされたと周囲に漏れないよう、司令官が基地スタッフに、という形で公表する。その上で、賠償請求にも応じ、警察に出頭するつもりだ」

「私の想像した責任の取り方と違う過ぎる!?」


 何故か驚かれた。

 もしかして、示談金でも用意して終わりだと思われていたのか。

 そんなことを許されない。俺はイエローに


「ダメです、司令官!? ほら、事故! 単なる事故ですよ! 私全然気にしてないですって!」

「だけど、初めてだと。責任をとらなくては……」

「そ、そもそもですね! 鍵が開いてるからって私が勝手に入ったことも原因の一つ的な感じではありますしね!? とにかく、辞めるのはナシで! 責任ならもっと違う形で……!」


 混乱する俺達。

 その時、ノックの音が響いた。


「司令官、おられますか?」


 声はグリーンのもの。

 イエローが「私、ちゃんと閉めてない……」と小さく呟いた。

 まずい、こんなところを見られたら。

 

「あれ、半開き。危ないな……」


 俺が返事をしなかったことで、まだ眠っていると判断したのか。

 グリーンがそっと部屋の中を覗く。彼女の目が、正座する俺とイエローを捕らえ、大きく見開かれた。



 * * *


 その時、グリーン・ナイフの思考は高速で駆け巡った。


(え? なんで、司令官とイエローが?)


(落ち着いて、グリーン。冷静に考えなさい)


(司令官は、ゴールドとのことがあって沈んでいた私を慰めてくれた。でも、弱っているところに付け込んで抱くような卑怯な真似はしなかった。そもそも、プライベートで部下と二人きりになるシチュエーションを意識的に避けようとする彼が、イエローを私室に呼ぶとは考えにくい)


(イエローの服は着崩れていない。髪や肌も汚れていないし、一晩この部屋で過ごしたわけでもなさそう)


(なら、イエローの方が無許可で、朝にやってきたと考えた方が自然)


(ここから導き出される答えは一つ……襲ったのは司令官ではなくイエロー!)


 ただし方向性が間違っているのに高速でどっかにすっ飛んでいった。


 * * *



 そうしてグリーンはどこか冷めた目でイエローを見る。

 

「イエロー……まさか、貴女がそんな手に出るなんて」

「えっ、なにが!?」

「前も言ったよね、司令官が優しいからって我儘はダメだって……!」

「私はなにもっ! ていうか、むしろ司令官の方がぁ、私を」

「は?」


 どこで変換を間違えたのか、彼女のナカではイエローが何かしでかしたことになっているらしい。

 怒ってる、めっちゃ怒ってる。


「それは違う! 悪いのは俺なんだ、俺が……」


 俺の言葉を遮るように朝っぱらから警報が鳴る。街に怪人が出現したのだ。 

 時々アレな時もあるけど彼女達も根っこは心優しい戦士。すぐに表情が変わる。


「……詳しい話は、後で」

「司令官、いってきます!」


 そうして少女たちは欠けていく。

 俺はその背中を見送るしかできなかった。




 ◆



 

 冒頭のやりとりを経て、怪人は撃退された。

 しかしながらオペ子さんの冷たい視線が突き刺さる。


「司令官、なにをしたんですか?」


 あんなもん分かるよね。

 俺は今朝に会ったことを包み隠さず説明した。呆れられるかと思ったら、彼女はどことなく楽しそうだ。

 

「なるほど……私と間違えて。私と間違えて、イエローに……」

「夢に見てさ。二人暮らししてた頃を」

「それはもう仕方ありませんね、えぇ、えぇ。ですが、結果として恋愛脳爆発していますよ?」

「うん、俺もあれは意外だった」

 

 もっと嫌悪感マシマシになると思ってたのに。

 上司と部下以上の繋がりがあったわけでもないのに、なぜああなったのか。いや、俺が想像していた以上にイエローが情の深い子だったということなのだろう。


「ただ、本人がどうあれ俺が淫行クソ司令官であることには変わらない。だからこそ、地位を返上しようと」

「それはいったん待ちましょう」


 ぐっと、肩を抑えられた。

 だが、俺にはもう責任をとる方法がこれしかない。

 オペ子さんは俺の胸中を察したのか、静かに首を横に振った。


「まず、あなたが罪を犯したのに、あなたが自らの処遇を決める……というのが、おかしな話です。その権限を持つのはイエロー・アックス以外にいないでしょう」


 それは、確かに。

 納得したのを見計らい、オペ子さんが司令室にイエローを呼び出してくれた。

 朝のことが尾を引いているのか、文字持ちとしている。何故かグリーンも一緒についてきていた。


「ど、ども、司令官」

「う、うん。来てくれて、ありがとう」


 俺の方もどもってしまう。

 なので、場を取り仕切るのはオペ子さんだ。


「さて、イエロー・アックス。経緯は聞きました。司令官にとんでもないことをされたと」

「いや、そんな。別に、嫌では、なかったし」

「本人の気持ちはこの際置いておきます」


 それ一番置いておいたらダメな奴じゃね?

 とか、突っ込める立ち位置にはいない俺です。


「問題は、今回の件に責任を感じた彼が、退任及び警察への出頭を考えていることです」

「だからっ、私は大丈夫だって……!」

「それでは本人の気が済まないのでしょう。ですが私も、ここで辞めるのは責任の放棄でしかない、と考えています。真にイエローを考えるなら、もっと違う選択があるはずです」

「そうです! オペレーターさんの言う通りです!」


 こくこくと高速首振りをするイエロー。

 グリーンも、「私も同意見です」と言ってくれた。この子達は、なんとか俺を思いとどまらせようとしている。

 優しい子達だ。

 だからこそ、俺のような痴れ者がいてはいけない。


「つまり、イエローの望む形で責任をとるのがもっとも正しいでしょう」

「さすがです、いいこと言いました。つまりぃ、私をおよめさ……」

「ですがっ! 基地司令官と未成年の淫行が上層部に伝わば大問題です! 普通にお付き合いをしているだけで解雇事由になるし、よくても左遷の憂き目にあうでしょう! 故にイエローと司令官の交際は肯定できません!」


 あれ? 流れ変わったぞ?


「でっ、でも! そんなのはバレなければ」

「バレるよ? 私が密告するから」

「……グリーンっ!」


 ギスってきた。

 イエローとグリーンがばちばち視線をぶつけ合っている。


「そう、二人が特別な関係になれば、それだけで彼は非難の対象になるのです。私もオペレーターとして、未成年に手を出すスタッフの存在をしりながら、上層部になんの報告もなしというわけにはいきません。なにより、司令官自身が、イエローとそういう関係になるのを忌避しています」

「そんな……私のこと、きらい、ですか?」


 イエローが瞳を濡らして俺を見つめる。

 でも、オペ子さんの言うことに間違いはない。


「俺は、親御さんから君を預かった身だ。寝ぼけてあんなことをしておいて説得力はないだろうけど、現状でそういう関係になるわけには。ただ、もしも四年経って……君が、俺に特別な感情をまだ抱いてくれるなら、その時は」


 本心からの言葉だったが、またもオペ子さんが上書きしてしまう。


「四年って長いですよね……。あれだけレッドと想い合っていたピンクは、出会って一年と半年のブルーに心を奪われましたよ。宣言しましょう、司令官は貴女に手を出さない。その間に、カラダの関係を結んだ誰かに、寝取られることだってありえるでしょう」


 イエローの不安を煽らないで。

 実例を目の当たりにしてるから表情がヤバいことになってる。

 

「そこで提案です、イエロー・アックス。もしあなたが、私たちに分け前をくれるなら、司令官との関係を上層部には報告しません。そうですね、七日を2:2:2:1で分け、三人でシェアをして、互いに監視し情報を外に漏らさないようにするんです。独占は出来ないけれど、司令官と愛し合えますよ? カラダの関係から始まる愛もあると思います」


 完全に悪魔の囁きやんけ!?

 だが! イエローは装刃戦隊ブレイドレンジャーでも屈指のいい子!

 そんな簡単には……!


「司令官と……♡」


 あっ、早い。

 悪堕ちだ。変身ヒロインらしく、悪堕ちしちゃった。




 ◆




 レッドにとってグリーンは大切な幼馴染だ。

 彼の実家はバイク屋を経営しており、父親は三軒隣の洋食屋の店主と仲が良かった。

 そこの娘がグリーンであり、幼稚園の頃から家族ぐるみの付き合いがあった。

 小学校、中学校といつも一緒に行動しており、「お前ら夫婦かよー」とからかわれたことは一度や二度ではない。

 しかし二人は別の高校に進学した。

 頭の良いグリーンは、レッドの通う高校よりもレベルの高い女子高を希望したのだ。実家の洋食屋のために経営を学びたいらしい。

 女子高なのであまり出会いはないようだが、レッドの方はピンクと恋人同士になった。

 グリーンは驚きつつも祝福してくれた。いつだって彼女は最高の幼馴染だった。


 年月が経ち、レッドは戦隊ヒーローになり、正義のために頑張って戦ったのに、結婚まで考えていた愛しい恋人ピンクを寝取られた。

 そんな時でさえグリーンは心配して慰めようとしてくれた。なのにそれが煩わしく感じられて、当たり散らしてしまった。

 改めて考えれば最低な態度だった。

 少し冷静になれた今は反省している。同時に、どれだけグリーンに助けられていたかを思い知った。

 だからこそいつも傍にいた頃みたいに戻れたらと思った。


 ……しかし、彼女はいつの間にかレッドではない男性を優先するようになった。

 別に付き合っていた訳ではなく、浮気には該当しない。だというのに言いようのない寂しさが胸にはある。

 相手は基地の司令官。

 大切な幼馴染がいつの間にか職場の中年男に……なんて、まるでよくある寝取られ漫画だ。

 そんなはずはない。レッドはイヤな想像を振り払いたくて何度も頭を振る。


「…………え? グリーン……?」


 だけど、居住スペースを歩いている時、彼は見つけてしまった。

 グリーンとイエローと、オペレーターが司令官の私室に入っていくのを。

 なんで? 嫌な予感に心臓がうるさいくらい早鐘を打つ。

 もしかして、本当に? 

 足が動かない。目の前で起こった現実に、レッドは呆然と立ち尽くす。

 どれくらい時間が経ったろうか。彼は意を決して、司令官の私室の様子をうかがうことにした。

 基地内の部屋だから防音性能はかなり高い。そのため変身して、感覚器の強化を行う。

 常人よりも遥かに優れた聴力を持って聞き耳を立てる。

 そこでレッドは、追い詰められたような、淫らな悲鳴を聞いてしまった。



『ちょっ⁉ まっ、まってイエロー! すごすぎて、ぐ、グリーンも同時には! オペ子さん、オペ子さん!? はなして、はなしてくださいィぃィぃ!?』




 ……寝取りおじさん認定した司令官が、なんか大変なことになってた。


「ピンクと同じか。グリーンも、俺の大切な幼馴染も変わっちまったんだな……」


 大切にしてきたはずだった。

 なのに、二人とも、今は遠い。

 無性にシルバーに会いたくなって、レッドはその場を後にした。




 ※次で終わりです



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