第3話 天使と恋

「千聖!三馬鹿なんかにかまってないで早く行くよ!」

「ごめん~すぐ行く!」


 遠くから、彼女の友人らしき声が飛んでくる。早速、三馬鹿という蔑称が使用されているという事実を突き付けられた。


「じゃあ、神崎くん。またね!」


 こちらが挨拶を返す前に天羽さんは教室の外へと走っていく。

 彼女の姿が見えなくなると、死体のように倒れていた悠馬がゆっくりと起き上がってきた。

「なあなあ、明人と天羽さんって付き合ってんの?」

「付き合っていない。どこをどう考えたらそうなる馬鹿ゾンビ」

「馬鹿ゾンビ……?」

 この質問は高校に上がってから何度目だろうか。恐らく、高校生とはすべてのことをゴシップにつなげないと気が済まない生き物なのだろう。

「でもさ、普段女子と喋らない明人があんなデレデレしてんの天羽さんだけなんだよな」

「女子と話してないのは共通の話題がないからだ。天羽さんとは妹と弟の事という極めて高尚な話題がある。……というかデレデレはしていない」

 中学三年生で初めて話したときから、彼女のことは好ましく思っている。だが、それは良き理解者であるというだけで、恋愛対象として見ているわけではない。

「悠馬、こんなシスコンに彼女とかいるわけないじゃん」

「確かに」

「納得するなよ」

 嘲笑を浮かべた甘次の言葉に、悠馬は真顔で頷いた。

「じゃあ明人は妹ちゃんのことをエロい目で見てるってこ――」

 何かを閃いたかのような顔で、こちらを指さしてきた悠馬の脛に渾身の蹴りを入れる。

「ゴベフッ!」

 無駄にでかい悠馬は、勢い良く前に倒れ込んだ。無駄に奇声のレパートリーが多い奴である。

「二度と俺と美歌の関係をそんな汚らわしい言葉で語るな」

 冷え切った声で言いながら、目の前に転がっている愚か者の頭を鷲掴みにする。

「イタイ……」

「アハハ!そんぐらいにしときなよ。悠馬死んじゃうって」

 ケタケタと笑いながら手を叩く甘次。構わず俺は、掴む手の力を強めた。

「ちょっ、マジでシャレにならないくらい痛い。ほんとごめん!謝るから、妹のことエロい目で見てる変態って言ったの謝るから」

「二度とそれを言うなって言っただろ。脳みそないのか大馬鹿ゾンビ」

「なんか呼び方進化してるんだけど……というかそろそろ離して……」

 もちろん記憶力のない屍もどきの言うことを聞いてやる義理もないので、こめかみに置いてある指に思いっきり力を込めた。


 各々が食事を終えて、談笑に花を咲かせる昼休憩。俺の教室には悠馬の断末魔と甘次の笑い声が響いた。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 友人たちと歩いていると、私の教室から大きな悲鳴が聞こえてきた。


「なんか騒がしくない?」

「この声……鹿野君だ。また三馬鹿何かしてるんでしょ」

「千聖も三馬鹿に関わるのやめなよ。馬鹿が移っちゃうよ」


 三人のは、嘲笑を浮かべながらそんなことを言った。


「あはは……大丈夫だよ。他の二人は知らないけど神崎くんは優しいから」


 私は、いつも通りの笑顔を浮かべる。


「それにさ、神崎君とはよく弟の話をしてるんだ」

「それこそやめたほうがいいよ!あいつと居たら千聖までヤバいブラコンだって思われちゃうよ」


 『ヤバい』という言葉で、心に小さな波が立つ。大丈夫、私は普通だ。何の変哲もない女子高生。

 

「そうかなぁ、私も結構なブラコンだよ」


 少し眉を下げて、困ったように笑う。何度も鏡で確認した、一番自然な誤魔化し方。


「じゃあさ、もし弟さんに彼女が出来たらどうする?」

「あっ、それ私も気になる!」

「やっぱ、『うちの弟はお前なんかにやらん!』とか言うの?」


 輝いた瞳の三組が、私の方に向けられる。年頃の同級生の好奇心は、謙虚さだけでは乗り越えられなかった。


「そうだなぁ……みこちゃんに彼女かあ」


 脳裏に浮かんだのは、私の弟、天羽尊あまうみことが女の子と手を繋ぐ姿だ。

 お気に入りの丸メガネの奥の目を細めるみこちゃん。まるで、天使のように恋人に向かって微笑んでいる。

 でも、目の前の少女は……口を歪めて邪悪に笑っていた。


「……みこちゃんが選んだ人なら応援するよ。でもそれはそれとして、二日ぐらいは泣いちゃうかも」

『泣いてる時間なんてない。みこちゃんは、私が守らなきゃいけないんだ』

 

 口に出した噓をかき消すように、私が叫ぶ。

 本当に気分の悪い質問だ。口角がちゃんと上がっているか不安になってきた。


「二日も泣くの?確かにそれはヤバいかも」

「でもさ、神崎君にこの質問した時、『俺の天使に手を出す奴は、どこの誰だろうと容赦しない』って言ってたよ。割とマジトーンで」

「やばー!マジでキモイんですけど。それに比べたら千聖なんて、弟思いの優しいお姉ちゃんだよ」


 どうやら、興味の対象は神崎君に移ったようだ。これ以上この話題に触れられなくなったことに安堵したが、私の理解者の悪口を言う彼女たちにザラついた感情を抱く。


 ――でもそっか、神崎君は私と同じなんだ


 私はさっきの神崎くんの言葉を思い出した。


『ありがとう。君なら、そう言ってくれると思ってたよ』


 私の唯一の理解者。そんな彼の笑顔が、今も鮮明に蘇ってくる。

 




 


 

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うちの天使に手を出すな! 猫山鍋田 @Nekoyama15

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