拝啓、次の高校生へ。

友川創希

拝啓

 ――この春、高校生になります。


 この言葉が自分のものになるなんて、夢のまた夢だと思っていた。何光年も先の話だと、どこかで感じていた。


 最近届いた新品の制服、そして手元にある合格通知書。これを見ると、高校生になるんだという気持ちが込み上げてくる。


 義務教育が終わり、これからは自分たちの選んだ道に進む――


 もちろん、ワクワクが止まらない。感じたことのない新しい感情が押し寄せてくる。自分の世界が待っているのだから。高校生になったら、帰りに寄り道しても怒られることはないし、休憩時間にお菓子を食べたって注意されない。やりたいことが――自分の思い描いていたことが沢山できるじゃないか。


 でも、でも――!


「やっぱり不安だー!」


 誰もいない昼間の海で一人、叫び声をあげた。何も無い空に響く。


 知らない世界に飛び込むのだから。何をすればいいのか分からない。不安だ。


 その声は海風によって流れ去っていく。もちろん声は返っては来ない。すぐに消えてしまった。


 ただ――


「そうかそうか、不安か」


 不意に現れた、宙に浮く、見たこともない奇妙な生き物が、僕にそう言った。


 大事なことだからもう一度言う。僕の前に、宙に浮く、見たこともない奇妙な生き物が現れたのだ。


 これは人間ではない。


「えっ……」


 もちろん変な生物を前に、僕が驚かないわけがない。このどこか人間の形をしているけど、僕の三分の一ぐらいの小ささで、全身真っ白な不思議な生物に。


 幽霊? 新種動物? 宇宙人? 


 警戒しながら、刺激しないように一歩後退りしたが、その生き物も同じ速度でこちらに向かてくる。なぜだか分からないが、無意識に手で口を押さえる。


 どこまで後ずさってもその状況は一向に変わらない。僕は頬を強くひっぱたいてみたが、痛い。つまりここは現実。仮にここで逃げたとしても何の意味もないのではないか。


 僕がそう悟ると、思い切ってその変な生物に話しかけてみた。


「あの、どちら様でしょうか……」


 もちろん返答は期待してはなかった。ただ、変な生物は間髪を入れずこう答えた、


「君の不安をなくしに来た、ただの通りすがりだ」


 と。


 通りすがりというのはなんとも疑い深いが、なぜだか僕はその時にはその変な生物の存在を半分受け入れていた。悪いことをしそうとも思えないからなのだろうか。それとも、受け入れるしかないと悟ったからだろうか。


「で、今、不安をなくしてくれるって言いましたよね! じゃあ、質問してもいいですか?」


「ああ、もちろん。高校生活について知りたいんだろ? お安い御用さ!」


 僕が前のめりになり変な生物に問いかけると、変な生物は堂々と腕を組みながら答える。危害を加えてくる様子は感じられなかった。僕が警戒しすぎただけだったようだ。


「じゃあ、テストって前日徹夜すれば大丈夫ですか?」


 まず勉強の不安について変な生物に問いかける。できればテスト1週間前の部活のない期間はハマっているゲームなどをして楽しみたい。


「前日だけで詰めるのはきついと思うぞ、最低でも1週間はほしいところ……。まず中学と違って教科数が多すぎるからな」


 変な生物は淡々と述べた。中学生の時は前日徹夜でもなんとか平均点を取ることはできていた。だが、変な生物はそれは厳しいと警告したのだ。確かに高校生になると、国語も古典と現代文で分かれるみたいだし、他の教科も細かく分かれると聞いたことがある。なんだ、テスト週間にはゲームを楽しむことができないのか。少しがっかりだ。


「じゃあ、周りは皆知らない人だけど、その雰囲気には慣れますか……?」


 中学まではクラスが変わっても、知っている人が多いけれど、高校に上がると一気に周りは知らない人だらけになってしまうから、それも不安だった。環境変化が苦手なのだ。


「……まあ、それは皆と時間を通わす間に、いつの間にか慣れとる。かつての俺もそうだったからな。ただ、皆に知られたいからって自己紹介で羽目を外しすぎるなよ。俺なんて自己紹介でやったオヤジギャクで滑って、高校3年間『つまらないオヤジギャグ言う人』っていうレッテルが付いちゃったからな」


「なにそれ、傑作!」


 特別おもしろいわけでもなかったが、なぜかツボにはまってしまい、笑いがこみ上げてきた。そうか、自己紹介の時、失敗するとレッテルを貼られるのか。気をつけなければ。


「おい、そんなに笑うな!」


 変な生物はどこからかムチのようなものを取り出して、僕のお尻をそれで打ってきた。激痛が走る。痛い。そこで我に返る。


「ってか、変な生物さんも高校生の時あったんですよね。放課後とかはどう過ごしてたんですか?」


「んー? まあ、バイトとか、ファミレス行ったりとか。部活に精を出してるやつもいたな。高校生になると社会で働けるっていくのも大きな違いかもしれん」


 そうだ、バイトもできるのか。少しながらバイトに憧れているので、余裕ができたらそういうのも挑戦してみたいかもしれない。自分で稼いだお金というのはさぞ誇らしいことだろう。


「どうだ? 不安は少しは飛んだか? それなら俺はもうすぐ帰えるが……」

 

 変な生物がそう言うと、僕から少し距離を取った。

 

 いや、まだ聞きたいことが――!


「じゃあ、最後に1つだけ! 電車のつり革を握ろうとしたら、めちゃくちゃかわいい女子高生と手が触れちゃった……っていう展開、ありますか?」


「最後に変な質問するな! その確率は隕石が落ちてくるより低いわい! じゃあ、帰るで――ほい、お前に手紙だ。暇なときにでも読め。高校生になる君に伝えたいことだ」


 そう言うと、変な生物はあっという間に消えてしまった。どのように消えたのかは、僕が瞬きした一瞬の間に消えてしまったので分からなかった。


 なんだったんだ? ただ、僕の足元には手紙のようなものが落ちていた。僕はしゃがんでそれを拾い、中を開いてみた。


『拝啓、高校生になる君へ


 新たな門出を迎えようとしている君に、いくつか大事なことを教えておこう。それは、中学生の3年間と高校生の3年間は同じ3年間であるけれど、まるで違う世界が待っている。そのことを心に留めておいてほしい。


 なんといっても、世界の大きさが違う。高校生はもう義務教育ではない。自らが決めた進路に進む。高校生活3年間は大人になるための道の重要な1つだ。だから、自分に責任を持て。小さなことも安易に決めてはいけない。


 そして、色々なものに触れろ。高校の授業は、確かに難しくなるかもしれないが、それと同時に新たな発見や友人との出会いも待っている。部活動や行事を通じて、他の高校の仲間と交流して、色々な経験を重ねることができるだろう。そんな中で、自分が今まで知らなかったものや興味がなかったものにも、沢山出会うと思う。だから、この世界の広さに驚くと思だろう。沢山驚け! そしてどんなものにもとにかく触れてみろ! きっとその経験はどこで糧になるはずだ。


 最後に、全力で楽しめ! どんなことが待ち構えてるかは誰にもわからない。でも、その一瞬を楽しめ。自分の瞳というカメラに一瞬一瞬を収めろ。もちろん責任を持って行動しなければいけないけど、大人になったら許されない、でもまだ高校生のうちは許されるものだってある。まだ許されるのにそれをやらないなんてもったいないだろ? 多少は暴れろ(笑)。今しかできないことをして、後悔なんて単語を大人になってから振り返った時使うんじゃないぞ。


 たった3年間しかない高校生活が君にとって意味のある3年間になることを願っています。自分の選んだ道なんだから、誇りを持ってそこから未来に向かって羽ばたけ。


君の側にいる、とある人より』




 ――おい、起きろ!


 手紙の最後の一文を読み終わったところで、そんな声がした。起きろ……?


 僕はとある事に気づいた。さっきのは全て夢の世界だったこと。確かに、現実にあんな生物がこの世界にいるはずがない。


「入学式早々から遅れるきか? 早く起きろよー」


 少し老けた顔、でも僕にとってそれが頼れる証拠――お父さんだ。そのお父さんが僕の隣にいる。


「うん、今から起きるよ」


 お父さんはあくまで怒ってるのではなく、笑っていた。確かに時計を見てみると、すでに時間が迫っていた。


「入学式、緊張するだろー」


「少しだけ……」


 さっき、夢の世界で変な生物からアドバイスや手紙を受け取ったりしたためもあってか、不安というものは実はもうほとんど消えていた。でも、相槌を打つためにそう答える。


「まあ、お父さんがなにかアドバイスできることがあるとしたら、自己紹介は結構大事ってことかな。そこで印象決まるからな。お父さんなんか、自己紹介でオヤジギャク言って、滑ってさ高校3年間『つまらないオヤジギャグ言う人』っていうレッテルが付いちゃったからな」

 

 ……。……。それって……。オヤジギャグって……。


 つまらないオヤジギャグ言う人って――。


 あの夢は……。


「えっ、結構面白いと思ったけど笑わないのか……?」


 お父さんは急に目を点にしてそう尋ねてきた。いや、それ――


 僕は急に目尻が熱くなった。涙は出ていないものの、どこか泣きたい気持ちになる。


「おとうさん」


「ん?」

 

 僕のすぐに消えてしまった声に、お父さんはクエスチョンマークを浮かべる。何が起きてるのか、僕にしか分らないだろう。


「ありがとう」


「おいおい、どうした急に」


 そうだろう、そんな急にありがとうなんて言葉を使われたら。でも、僕はお父さんにありがとうという言葉を言わずにはいられなかった。だって、あの生物は――


「いや、じゃあ朝ご飯食べようか」


 僕がそう言って体を起こすと、お父さんは何事もなかったかのように手を僕の肩にまわしてきた。そして2人で1階に行くために階段を下りて――いや、ある意味上って行く。


 もう、不安はない。 


 これからの3年間、毎日が冒険だ。誰にも邪魔されない。私は自分の物語を紡いでいく。


 胸を張って高校生になれる。


 立派な高校生に。

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拝啓、次の高校生へ。 友川創希 @20060629

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