第36話さよなら俺たちのパップン

 いよいよ収穫祭の幕が上がり、着々とアイドルフェスタの幕が上がる刻が近づいてくる。簡単なリハーサルを午前中に済ませ、日中はジリオンの姉さんフロリーナさんがソロパフォーマンスする舞踊団の花の踊りを観て、リューリーのお父さんが指揮をする楽団の演奏を聴きながら中央広場をうろうろしていたんだけど、前日大浴場であんなにはっちゃけていたみんなが今日はやけに静かだ。いつもなら屋台の食べ物に片っ端から突撃し食いまくる勢いのアラニーが、香ばしいバターもろこしの焦げる匂いが漂ってきてもうんともすんとも言わず、鼻もぴくりとも動かさない。ホームでの初ステージという緊張のせいかもしれない、実は俺もさっきから下っ腹がシクシク痛む。

 これじゃいけねぇよな、いっちょリーダーの俺が盛り上げんと!


「なーみんな、もちもち焼きそば食おうぜ! 腹が減っては戦はできんってな」

「あー」


 何この気のない返事、母さんそんな元気のない子に育てた覚えはありませんよ! 育ててねーけどな。胸の中で下んないノリツッコミしつつ焼きそばの屋台に向かうと、見覚えのある満月色の波打つ髪とほっそりした小柄な背中が目に入った。


「うわぁ、シエラじゃん」


 こっそり引き返そうとすると、ちょうど焼きそばを受け取って振り返ったシエラと目が合ってしまった。


「アンタも焼きそば買いに来たんだ。こっちにもあるんだね」


 シエラは何事もなかったように、普通に接してくれた。


「お、おう。今日は頑張ろうな」


 あれっ、俺の返事かみ合ってないかも。


「そうね、じゃあまたステージで」


 シエラはやはり気にする素振りもなく、スッとその場を立ち去ってしまった。

 あー、落ち着いてんなぁ。さすが百戦錬磨の火事場を潜り抜けて来たアイドルだぜ!

 バシンっと自分の頬を叩き、俺は気合を入れなおす。

 あんなすげえのと同じステージに立つんだ。こうしちゃいられねぇ。


「おっちゃーん! もちもち焼きそば八人前、大盛で!」


 ガツンと食ってゆっくり休んでそれから、がっつりステージだ!


「はー、お腹いっぱいだぁ」

「ねみー」


 ミュッチャが残した半分はレオが美味しくいただき、大盛焼きそばを平らげて眠気に襲われた俺らは控室のテントで仮眠を取り、気付けば外はすっかり日が暮れていた。時計を見ると、アイドルフェスタ開幕まで残り一時間。出番は二番手とはいえかなりのギリギリで、慌てて衣装に着替え髪を整える。もうすっかり、緊張している時間は無くなってしまっていた。


「よーし行くぞー!」


 メンバースタッフ八人全員で手を重ね、そのまま上へ振り上げ俺らはステージ裏へと急ぐ。寝坊、そして自分らの準備もあって結局怖くもあり、楽しみにもしていたシエラのユニット、ガーリースターズの曲は最後の一曲しか聴くことが出来なかった。

 マーカスさんのエレクトリカルでポップなサウンドに乗せて、可愛い華やかな声のハーモニーが、会場中に広がってゆく。


「欲しいモノが欲しかった。欲しいって思えるモノが。空っぽなワタシ、透明な世界。色づいてきたのは、コレを見つけたから。ワタシ、ワタシたちはアイドル、アイドル、みんなの笑顔が欲しいんだ♪」

「うをー、シエラ―、リリコスー」


 会場からは大歓声と男性の野太い声援、さすがだ。初ステージなのにすでにファンを掴んでいる。声だけしか聞こえなかったけれど、ステージ裏にいるこっちまでキラキラが届いてきそうで、俺はそのたった一曲でシエラ、そしてリリコスのプロ意識の高さにすっかり感心してしまった。


「良かったよー」


 大きな拍手の中、俺らのいるステージ裏までマーカスさん、リリコスがはけてくる。あと一人シエラが来たら入れ替わりにステージに行こうと待っていたのだが、何かがおかしい。シエラは一向に戻ってこず、ゆっくりとお辞儀した後でスポットライトが消えたステージの中央でアカペラで歌い始めたんだ。その歌声が発せられたとたん、いぶかし気にがやがやとしいていたた観客が一気に静まり返った。その曲は【光はさすよ、君の所へ】まさかのパップン、そして俺らとの曲被り。


「君がいる世界のことを、私は見ることがでーきなーい」


 出だしを聞いてそのことに気付いた他のメンバーも、おどろきのあまり顔がこわばっているようだ。あぁ、まさかじゃないだろ、これは完全に俺のミスだ。この曲にシエラ、ゆめめの思い入れが深いことなんてちょっと考えれば、いや考えなくてもわかったはずだ。そして、彼女がパップンとの別れにこの曲を選ぶかもしれないことも。


「ごめん、シエラとこの前しゃべってこの曲好きなの知ってたのに、言いそびれてた」


 両手を合わせてみんなに謝ると、ユーリス兄がバシンと俺の背中を叩いた。


「大丈夫だよエル、異国の有名な曲だって聞いてたし。こういうこともある」

「そうそう、このフェスタは第一回だしひょっとしたらみんなそういう企画だと思うんじゃないかな」


 すげぇ、アラニーそんなん俺ちっとも思いつかなかった。そうか、そういう考えもあるよな。ユーリス兄も落ち着いてるし、さすが兄さんだ。


「そうそう、僕らには僕らの表現がある」

「おぉ」


 ウェンもレオもゆったりと微笑んでいる。すごい、俺の仲間はやっぱりすごい。


「おー! 俺の歌をみんなに届けよう」

「ちょっとエル声が高い、まだ歌ってる」

「ご、ごめん」


 頭を下げたのと同時にシエラは歌い終え、会場はさっき以上の大歓声に包まれた。

 本当にすごい、姿かたちも声も変わったけど、胸に直に突き刺すようなその説得力は変わっていない。いや、前よりも凄みを増していた。彼女はやはりすごい、この世界ではアイドルの先輩だなんて思っていた自分がハズい。でも俺も俺らだけに伝えられる歌を歌いたい! 勝負なんてもうどうでもいい。ただ俺らの歌をパフォーマンスをみんなに届けたいんだ。


「こんばんはー! エアミュレン5です」


 ステージの中央に駆け出し、俺らは歌い踊った。スポットライトの光よりも、天に輝く星よりも、輝く何かを届けたくて!

 立て続けにオリジナル曲を歌い踊る中、客席の真ん中にミュッチャパパママを見つけた。横にいるママそっくりの女性はレオママ? だとすると横にいる黒マントのイケオジはレオパパか、あっアラニーパパも大宰相もいる。そのまた横の緑の髪のおじさんはアラニーの親族だろうか。あーみんな笑ってる。ここからでもわかる会場中が笑顔に包まれている。

 ステージ上の仲間たちも、一人残らず弾ける笑顔だ。キラキラの笑顔が、会場中に届いている。

 あー楽しい、楽しいなぁ。ずっとこれが続けばいいのに。

 そう思ってもステージの刻はどんどん過ぎてゆき、自己紹介を終えた後は残すはオーラスのあの曲だけになってしまった。


「【光はさすよ、君の所へ】聴いてください」


 メンバー全員で声をそろえ、歌い始める。光がみんなにさすように。


「君がいる世界のことを、私は見ることができない。想像することしかできない、一人の閉ざされた世界に行ってしまった君のことを。けれど私は願う、私の見たこの美しい光がいつか君の世界を照らすことを、暗い霧が晴れることを。だから私は歌う光をこの声に乗せて、いつか君が気付いてくれるように。暗く深い闇の奥底でうつむいてじっと座る君心はいつももがいてる。歌う、歌う、私は、届くまでずっといつまでも歌い続ける。この歌が、君に届く一筋の光になれ♪」


 始めはどよめいていた観客たちは、俺たちが歌い進めるたびにうなずき、じっくりと静かに俺たちの歌を聞いてくれた。腕を広げ会場に差し出せば、同じくステージ上の俺らに手を差し伸べてもくれた。

 楽しそうに見えるこの会場の人たちの中にだって、かつての俺のようなヤツもいるかもしれない。パップンが俺に光をくれたように、俺たちも届けたい。この歌を、光を。


「ありがとうございました」


 歌い終えて、五人で肩を組み深々とお辞儀をすると会場からは「わー」っという大歓声と割れんばかりの拍手が響いてきた。俺らの歌は、届いたんだ。そう実感し、ステージをハケようとすると暗くなった会場のあちらこちらで、なにやらちらほらと赤い光が見える。

 それは小さな松明で、どうやらサイリウム代わりに振っているようだった。収穫祭、そしてアイドルフェスタのオーラスを彩る感動的な光景……と言いたいところなのだが、最前列にいる侍従長のドレンがぶんぶん松明振り回すからとなりにいるコック長のグーヌスのチリチリひげが焦げて余計チリ毛になっていて、気付いたドレンが慌ててひげをドリンクに浸しているのが目に入ってしまった。そのコントのような光景を見て、感動に包まれてさっきまで涙ぐんでいたはずの俺らは、ゲラゲラと腹を抱えて笑いながらステージを降りることとなったのだった。

 うーん松明をサイリウム代わりにするのはやっぱ危険だな、次回の注意事項だ。一体誰のアイディアだろ。マーカスさんだろうか。それにしても笑えたわー。

 くすくすと思い出し笑いをしながらテントへと戻る道すがら、俺を待っていてくれた人がいた。


「エル、素晴らしかったわ。私の完敗よ」


 ミニスカートのフリフリステージ衣装から着替え、マニッシュなパンツドレス姿の少し大人びた様相のシエラがそこにいた。


「そんなことないよ。ゆめ、あっシエラの歌ズドンってきて、すごかったよ」

「ううん、アンタの勝ち! あたしは仲間の手を取らずに一人で歌ってしまった、でもアンタはみんなで歌ったでしょ、あの重なった歌声を聴いてあれは一人で完結していい歌じゃなかったってはっきりわかった。そしてあんたたちは会場中に光を届けたんだから! もうこれ以上言わせないで」


 アイドルの中のアイドルの心を持った人にここまで言ってもらえて、これ以上言葉を返すのは何か違う気がして、俺は無言のままシエラに差し出された右手をぎゅっと握った。

 んっ!? あれ、この感触……どことなく懐かしいような……ゆめめと握手したことは今まで一度もないはずなのに、このぬくもりとふんわりしたやさしく包み込むような感触には覚えがある。


「もしかして、あの時、俺に声をかけてチラシをくれたのは」

「やっと気づいたんだ。あのチラシの子路上ライブ来てくれたんだーってにっこりしてたら、あたしじゃなくてせららん推しになるとはね、ちょっとびっくりしたわよ」

「そ、それはー」


 俺らの背後では、応援のそれぞれの小さな松明が一つに集まり大きなキャンプファイヤーとなって囂々と燃え盛る。


「エル、顔が赤いわよ」

「こ、これはキャンプファイヤーの明かりで照らされてるだけだから!」

「ふぅーん、そぉですかー」

「ホントだからねっ!」


 この夜、アイドルの明かりは確かにこの地に灯った。こうして生まれた小さな情熱の灯がいずれめらめらと燃え上がって、王国中を巻き込むアイドルムーブメントの始まりになることを今はまだ誰もだれも知らない……のかもしれない!?












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アイドル一筋一直線! 転生ドルヲタのやり直しアイドル道 くーくー @mimimi0120

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