第35話準備だ。準備だ。収穫祭は直ぐそこに。
いよいよ収穫祭前日、本番のために練習を早めに切り上げた俺ら兄弟とアラニーはステージの様子を見るために中央広場へとやって来た。広場周りにはぐるりと屋台も設営され準備は万端のようだが、まだ忙しなく動いている人たちも見受けられる。
「ねぇ、ぼくたちもお手伝いしますよー」
いすを並べている流れの祭りスタッフにアラニーが声をかけると、稲穂の絵柄の法被を着たいなせな若い男はブンブンと首を振った。
「いやいや、これはあっしらの仕事ですからね。これでお賃金をもらってるんですから坊ちゃんらのお手をお借りすっことはできねぇっす」
他のスタッフも似たり寄ったりの返事で、アラニーはつまらなさそうに頬をぷくっと膨らませ唇をツンと尖らせる。
「ちぇーっ、ぼくだってお祭り前の雰囲気を楽しみたかったんだけどな」
「まぁまぁまぁ、かえって邪魔になるといけないしさ。俺らはおとなしく小城に引っ込んで晩飯までゆっくりしてようぜ」
なだめるように背中をトントン叩いていると、アラニーはまた目を輝かせてタッタッターとステージに向かって走り出した。
「ねぇ、その大きい木は何に使うんですかー」
そこには大きなベニヤ板を抱えた若い従僕のバッキーが、途方に暮れた様子で突っ立っていた。足元には色とりどりのペンキの缶とハケも置いてある。
「あ、アラニー坊ちゃん、実はですねー、執事長にこれで看板を作るように言われたのですが、どうしたらいいやらどうにも分からなくて」
「へー、何の看板?」
「第一回あいどるふぇすた? というのらしいです」
「あー、ぼくらが出るヤツだねぇ」
追いかけた俺とユーリス兄の前で、アラニーはさっき以上にキラキラした目でベニヤ板をするするとさすった。
第一回アイドルフェスタ……俺らエアミュレン5とシエラとリリコスのユニットであるガーリースターズの二組しか出ないイベント……何故そんな仰々しいタイトルになってしまったのかというと、話は三日前にさかのぼる。いつものように出張に出かけた父上は、最後の訪問先であるビスケッタ町で演奏旅行中のマーカスさんと出会った。町のレストランで食事と酒を楽しみすっかり二人は意気投合し、酒の勢いもあってかマーカスさんが思いつきで提案したこのアイドルフェスタに父上はノリノリで賛成してしまったのだという。
そして夕べ出張から帰るなり執事長にそのことが告げられ、バッキーが急きょ看板づくりを押し付けられてしまったという顛末なのだろう。
「うちの親父が大工をやってるもんで息子の私も出来るだろうと思われたのかもしれませんが、実はこういうことはからっきしで……」
バッキーは、ほとほと困り果てている。
「よし、これならボクたちにも関係あるしさ、レオたちも呼んできてみんなで看板づくりやろうよ!」
ユーリス兄は張り切ってシャツの袖をまくり上げた。
「うんうん、エルー、ちょっとみんなを呼んで来てよ。ついでに飲み物やお菓子もねー」
アラニーもすっかりその気だ。
「えっ、でもバッキーはそれで大丈夫なの? 執事長に叱られたりしない?」
「はぁ、大丈夫だと思います。それでは私は屋敷で仕事があるので」
バッキーは軽く会釈をすると、肩の荷が下りたようなすっきりとした笑顔でさくっとその場を立ち去って行った。
うわー、バッキー現代っ子だなぁ。シブい祭りスタッフとずいぶん対応が違うぜ。まぁ、本来の業務じゃないしなぁ。それにしてもあっさりしてんな。
俺は首をひねりつつ言われたとおりに、小城への道をゆっくりと引き返し始めたのだが……
「ちょっとエルー、のんびりしすぎ。牛じゃないんだからさっさと行って行ってー」
「ほいほーい」
既にハケを手に持ってやる気マンマンのアラニーに急き立てられ、仕方なく歩みを早める。
「看板かぁ……」
おそらく中高の文化祭などに参加していれば作る機会もあったのだろうが、ずっとホームスクーリングだった俺にはそんな経験は一度もない。すっかり遠ざかったアラニーたちの目もなくなりまた歩みをゆるめ、秋の初めの澄んだ青空に向かって大きくうーんと伸びをする。
「そういえばシエラ、ゆめめもずっとアイドル生活してて文化祭とか出たことねぇかもしんねぇな。まぁ俺とはずいぶん違うけどな」
シエラとリリコスのユニットはイベントの初めに登場する。日中に予定されている楽団と舞踊団のパフォーマンスが終わった後、同じステージでアイドルフェスタが始まるのだ。ただの看板の付け替えなのだが、一応この世界での初のアイドルイベントだ。初のアイドルグループというのは俺らエアミュレン5がもらっちゃったから、トップバッターを飾るのはやはりシエラがふさわしいのであろう。
考え事をしながら金色ススキの脇を進み小城へと段々近づいてくると、向こうから弾けるように飛び出してきたヤツらが俺にぐんぐん近づいてくる。
「おーいエルー、何やってんのっす」
小城で一緒に昼食を取り、そのまま俺のベッドで昼寝していたリューリーを先頭に、ジリオン、ウェン、レオ、ちょっと遅れてミュッチャが呼びに行く前に向こうからやって来たんだ。
「窓から来んのが見えたからよ、一人だしどうせ呼びに来たんだろうなと思ってこっちから来てやったぜ!」
おぉ、レオのツンデレ久しぶりだわ。
「レオ―、置いてかないで」
やっと追いついたミュッチャは、息も絶え絶えだ。
「すまんすまん」
いつもならミュッチャのペースに合わせるレオが、こんなに急ぐなんて実は収穫祭が楽しみでならないんだろうか。
そうかそうか、じゃあもっと燃料を投下してあげますか。
「あのさー、明日のアイドルフェスタの看板を俺らで作ることになってね。手伝いがいるからみんなを呼びに来たー」
「ふーん、そうかよ。めんどくせぇけど、まぁやってやっか」
あらあら、レオさん小鼻がふくらんでひくひくしてるじゃないですか。本当はうきうきして仕方がないんでしょうね。
もしレオが俺やシエラの元居た世界の住人だったら、ちょっと不良っぽいのに毎日学校には来てさ文化祭とかの準備も「ちっ、めんどくせぇ」とか言いながらもテキパキやっちゃうんだろうなぁ。そんで案外いい人ねとか言われちゃって、女子にモテモテなんだぜ。
「ちっ、リア充め爆発しやがれ……」
「はぁ、お前今何か言ったか」
「ううん、何も何も」
やべーやべー、妄想に悪態ついてたら口から出ちゃってたぜ。
「ねぇ、リア充って何―」
いつの間にか俺の背中にピタッと張り付きのしかかって来たウェンには、思いっきし聞かれちまってるし!
「あー、えーっと、生活がめっちゃ充実してる人のこと、かな? 人生をエンジョイしてる人」
「へー、いい意味なのに、何で爆発するの」
「うひゃ、ちょ、それはやめて!」
肩に手を置きふーっと耳に息を吹きかけつつ、ニマニマと俺の悪態を暴露するウェンの口を慌てて両手でふさぎ、レオをチラッと盗み見てみる。
「なー、収穫祭ってどんな食いモン出るんだろうなー」
「ミュッチャ、綿あめ食べたい」
「おー、アレはうまいからな」
あー、ミュッチャと祭り談議に夢中で全然こっちのこと気にしてないわ。良かった……
「ほぉ」と安堵の息をつき、ウェンの耳元で「あれはただの独り言だから、忘れてー」と懇願してみると、ウェンが両手でピースをしたのでやっと彼の口から手を離した。
「わー、爆発しちゃうぞー!」
結果、めっちゃ大声で叫ばれちゃったけど……
「何だよウェンうっせーぞ、何が爆発すんだよ」
レオ振り向いちゃったじゃんよー。
「うーん、僕らの情熱がかなぁ」
「はー、それは明日までとっとけよ。まだはえぇだろうが」
「うんうん、そっだねー」
適当に誤魔化しながら横を向き、俺をじっと見つめるウェンの口は今にも吹き出しそうににゅまにゅまと動いている。
あぁ、俺はヤバい人、いやヤバ精霊に弱みを握られてしまったのかもしれない。口は禍の元だ。自分のうっかりな口をギリギリと自らつねりつつ、俺はひっそりと肩を落とした。
「わー、みんなー、看板だよー! 出来たよー」
しかも、ゆっくりと休み休み呼びに行ったせいで、広場に着いた時には既に看板は出来上がっていたし……
「おぉエルよ、手伝いがいるんじゃなかったんか」
あぁ、レオの目がチカチカ光ってる……この怒りに満ちた目を見るのは、特区での頭突き以来かも……楽しみだったんですね、妄想に悪態といい重ね重ねごめんなさい。
「レオ、まだ文字の周りにお絵描きできる」
この時ミュッチャの助け舟が無かったら、俺この場で土下座しちゃったかもしれません。
「ねっ、ねっ、じゃあさ、みんなの手形で飾り付けしよー!」
返事が来る前から、アラニーはピンクのペンキにどっぷり手を浸してしまっている。
「よーし、ボクもー」
ありゃ、ユーリス兄まで。
結局俺らはべたべたとペンキをひっつけあい、第一回アイドルフェスタの看板はミュッチャの描いた猫の絵を含めずいぶんにぎやかになったのだった。
「ちょっとちょっと、いくら何でも汚し過ぎですよ! 早く落としてきてください」
ちょうど母上と一緒に玄関ホールにいたミズブリギナにカンカンにしかられ、男子全員で入った大浴場は看板の絵柄以上ににぎやかになって、水生ペンキのカラフルな汚れを洗い落とす間中も笑い声はずっと絶えなかったんだ。楽しくて、楽しくて、楽しくて、そうしている間にも、どんどん本番までの時間は過ぎ去ってゆく。
収穫祭まで後十二時間、アイドルフェスタまで十五時間、パップンとのお別れまで……
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