第34話オーラスは、最初で最後のパップン曲

 収穫祭まであと五日、一週間を切った。屋敷の庭園内にある中央広場では、ステージの設営が早くも始まっていた。俺らエアミュレン5も通しでのリハーサルをすでに行い、はやる気持ちは既に本番へと向かっている。今回はいつもの祭りステージでは恒例になっていた【センセーショナルレインボー】をトリに置かない。リーダー権限という名のわがままを通させてもらい、パップン曲をラストに持って来させてもらったからだ。


「あのさー、異国の曲をこれまでずっとやってきたけどそろそろあれは卒業して、今後はすべて俺らのオリジナル曲でいった方がいいと思うんだよね。でも、収穫祭には間に合わないから、今回で最後ってことで」


 シエラからの手紙を読んだ翌日、練習後のミーティングでの俺の提案にまずはリューリーが飛びついた。


「おー、おいらもそれがいいと思うなっす。エアミュレン5にピッタシの曲をもう十三もつくってるでなぁ」


 思いのほか、ストックが多い。収穫祭が終われば次の祭りは春までないし、作詞も十分間に合うだろう。


「うんうん、異国の曲も楽しかったけどこれからはぼくらの力だけでやっていくのがいいね。新しい挑戦っていっっつもわくわくしちゃうよー」


 アラニーもノリノリだし、ウェンやレオもうなずいて賛同してくれている。


「おー、アレンジもいいけどな、それだけだとちょい物足りねぇしな」

「ミュッチャもわくわくするよ。お手伝いもする」


 振付師もマネージャーもやる気まんまんだ。収穫祭後に俺はかつての自分の想い、そしてパップンにお別れする。その最後は、華々しいものでありたい。願わくば、聞いてくれた人たちの心に深く刻まれるように。


「それでさ、実はいつもの異国の曲のほかにやりたいのがあってさ。同じグループの曲なんだけど……」


 俺はもう一つ大きなわがままを通させてもらった。あの日、パップンと出会って俺の暗く閉じた人生に光が差したその時の曲を最初で最後に披露したい。そんな想いが胸を占めてしまったから。



「タイトルはさ、【光はさすよ、君の所へ】っていうんだ」


 ノリのいい弾けた楽曲が多いパップンのナンバーの中では異色のゆったりした静かなバラードで、振り付けは腕と指先のみ。そして俺が路上ライブで初めて聞きパップンを応援するきっかけになった曲でもあり、のちにメジャーデビュー曲の【夢の中にも会いに来て☆彡ウチらはキミのシューティングスター】のカップリングとしてCD化された。ゆめめが、唯一作詞に参加した曲でもある。

 この曲の時は、せららんがコーラスとユニゾンのみということもあって俺らパップニストオンリーも直立不動でヲタ芸もしなかったし、俺自身にとっては思い入れが強すぎてアラニーにすら今まで一度も歌って聞かせることはしなかった。せららん推しのトップヲタグループの副団長という立場もあってヲタ仲間にも最後まで明かすことはなかったが、実は俺の中でパップン最高峰の曲だ。


「わがまま言って申し訳ないとは思うんだけど、最後にどうしてもこれがやりたいんだ。振り付けもほとんどないから、ジリオンにもつまらない思いをさせてしまうけど……良かったら俺の歌を聞いてみてくれ」


「わかった」


 歌を聴くためにシーンと静まり返った練習室の中心で、俺は一音一音に心を込めて歌い両手を広げ、拳で自分の胸を押さえ、それから仲間の一人一人を見つめてゆっくりと広げた手のひらを全員に差し出した。


「暗く深い闇の奥底でうつむいてじっと座る君、体はそこにしばられたまま、でも心はいつももがいてる。歌う、歌う、私は、歌う。君に届くまで歌い続ける。そして、この手を伸ばし続ける。この歌が、この手が、君に届く一筋の光になれ♪」


 この世界に来てから初めて歌った、でもずっとこの胸の中でともにあった。歌い終えた後も、練習室は静まり返ったままだった。

 マズい、気に入らなかったのだろうか……伝いたい気持ちが先走り過ぎて、空回りしちゃったんだろうか。

 歌いながら思わず目を閉じちゃったけど、(何アイツ、浸ってんじゃねえよ。ナルかよ)とか思われちゃってたらどうしよう……どひゃー、どうしよう、みんなの顔がまともに見れねぇ。恥ずか死にしてしまいそう……

 くるりと後ろを振り返り、突っ立ったままその場で一歩も動けなくなっていると、その静寂を切り裂くように俺の耳にはすすり泣くような音が聞こえてきた。


 誰だ、ミュッチャか? ミュッチャも結構キツい想いしてきたんだもんな。あの日の俺みたいに、この詩が胸に刺さったんかな。

 しかし、そのすすり泣きは一向にやまず、心なしかどんどん大きくなって音が重なってゆくように感じられる。

 何だ何だ、一体どうした!? まさか俺が後ろを向いたこの一瞬の間に、あっちでは何か泣くようなことがあったんか。

 堪えきれずさっと振り向き返すと、顎が外れそうなくらいあんぐりと口を開けてしまうような衝撃的な展開が俺を待ちかまえていたんだ。


 ミュッチャは確かにしくしく泣いていた。そして、そんなミュッチャがもたれかかったレオまでもが深紅の目ばかりでなくその周りまでぽわっと赤く染めてそのふちをシャツの袖でゴシゴシこすっている。そのとなりではアラニーが鼻をすすりながらぽろぽろとこぼし、ウェンもハンカチで目を押さえてるし、ユーリス兄なんか「ゔぇぇぇぇーびえーん……」と声まで上げて人目もはばからず号泣しているではないか!


「ちょっとエルー、何でこんな名曲を今まで隠していたんだよー。ぜひボクらで歌わせてもらいたいよーぐすん」

「そうだぜ、オレらのキャラじゃねーかもしれんが、最初で最後ならこれほど締めにふさわしいのもねーと思うな」


 ユーリス兄とレオの強い後押しもあり収穫祭でのオーラス曲はその場で正式に決定し、直後からエアミュレン5の新曲であり最初で最後の披露となる【光はさすよ、君の所へ】の練習が始まった。

 メインであるゆめめパートは俺が任され、他の部分は全員で歌う。その日から、俺の個人練習は昼夜を問わず行われることとなった。がんばりすぎて声を枯らしたら元も子もないので、小声で、でも会場に来てくれるであろう多くの観客、そして別の世界へと別れてしまったパップンのメンバーにも、届くようにと心を込めて、一音一音、一字一字をいつくしむようにありがとうって感謝を込めて何度も何度も繰り返したんだ。


「エルー、夢の中でも歌っていたでしょう……寝言で「ありがとうございまーす」って言ってカクカク枕の上でお辞儀してたよ。あんまり根を詰めすぎないでね」ってユーリス兄に心配されてしまうくらいに。

「エルは一人じゃないんだよ。メンバー五人、それにリューリーとジリオン、ミュッチャも入れた八人がいつもついてるんだからね」って頭を撫でられたときは、さすがに申し訳ない気持ちになってしまい反省して自分の気持ちを正直に吐露した。


「うん、ユーリス兄のような頼れる兄貴や心強い仲間がいて、俺は幸せ者だよ」

「またまたー、いつの間にかエルはお世辞も言えるようになったんだね。みんなはともかくボクが頼りになるなんて」


 本当のことなのに、ユーリス兄は照れて目を伏せてしまう。


「いやいや本当だよ! 父上に収穫祭出演について直訴していた時なんかめちゃくちゃカッコ良かったよ!」


 力説しているうちについ声が大きくなってしまい、アラニーがもぞもぞと起きだす。


「ふぁぁ、うん、ユーリスは頼りになるよ。同じ年なのに、ぼくも兄さんって呼びたくなるくらい」


 あくびをしつつ、眠そうに目をこすりながらアラニーも即座にユーリス兄を褒め、ユーリス兄はますます照れて湯で大ダコのように真っ赤っかになってしまい、それを見た俺とアラニーはそろってぶはっと吹き出してしまった。


「ユーリス真っ赤―」

「湯気がぷしゅーって噴き出しそうだぜー」

「ちょっとぉぉ、やっぱりからかってたんじゃないか!」

「違う違う、頼りになるのはホントだからよー」

「もうっ!」


 ぷーっとふくれたユーリス兄は、俺とアラニーに向かって羽枕をポンポン投げつけてきた。負けじと俺らも投げ返し、「おーっ、面白そうなことやってんじゃねぇか」と洗面所から戻ってきたレオとウェンも参加し朝っぱらから枕投げ大会が始まり俺らはゲラゲラと大声で笑い合った。

 あー、あんな大口開けて笑ってるレオ初めて見るな。八重歯みたいな小さな牙が丸見えだぁ。みんなみんな、楽しそうだ。


「仲間っていいなぁ」


 枕に顔をうずめ、ぽつりとつぶやく。知らず知らずはりつめていた心が、すっかりほぐされていた。

 俺は一人じゃない。こんな素晴らしい仲間と手と手を取り合って、これからも共に歩いて行けるんだ。未来へ向かって。光の先へと。


 この日、俺はもうひとつのわがままを言った。【光はさすよ、君の所へ】から俺のソロパートをなくす。そして、最初から最後までみんなと一緒に歌いたいと。

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