第33話シエラの告白
二日後、シエラから俺宛に手紙が届いた。消印はルクスアゲル、帰りの道中で書いたものだろう。人目に触れさせたくなくて、こっそり掃除用具部屋にこもって封を開ける。シンプルな白い便せんは何十枚にもわたっていて、その長い手紙はまず俺に対しての丁寧な詫びの言葉から始まった。
『エルファルト殿、先日はあなたを傷つけるような言葉ばかり言ってしまいごめんなさい。私の言葉に嘘はありませんでしたが、もう少し言い方ってものがあったと思います。あの悲しい事故の後ときめき☆パップンプリンセスが活動停止して、私は抜け殻のようになってしまっていました。中二の結成時から八年間のすべてをパップンに捧げてきたから。けれど、メンバーは次々にソロ活動を始め、私にもソロでドラマ主題歌を歌わないかという誘いが来ました。はじめはかなり迷ったけれど、この仕事を精いっぱいやり遂げたならパップンの活動が再開した時の糧になると思え引き受けることにしました。そのドラマは聖羅主演のものでしたが彼女は主題歌は自分が歌うものだと思っていたらしく、話がしたいと彼女に呼び出され、私たちは事務所の階段でもみあいになってしまいました。その時私は運悪く足を滑らせ、そのまま階下へと転落してしまいました。聖羅がわざと押したわけではなく、私自身のミスです。しかし、水車小屋でのあの時、その時の悔しくやりきれない思いが胸に噴き出してしまい、つい聖羅を悪者にするようなあんな嫌な言い方になってしまいました。聖羅は確かに恋多き女性ではありましたが、いつもその時の恋に真剣にきちんと向き合っていました。幾島君に対してもそうでその恋を成就させるためにパップンを卒業して結婚するとまで決心していた聖羅を彼が説得し、自らが身を引いたんです。ただ、自分はセンターとして身を律してきて、ずっと掟も守っていた以前の私にとってそれはどうにも理解できない気持ちでした。今思えば、自分に正直に素直に生きている聖羅のことが少しうらやましかったのかもしれません。もし、このことでショックを受けたとしても、ときめき☆パップンプリンセスのこと、そしてアイドルのことを嫌にならないでください。私は以前の人生で、アイドル活動に身も心も捧げました。そのことに一つの後悔もなく、全身全霊をかけてアイドルとして生きたことに誇りを持っていると、一点の曇りもなく言い切ることができます。だから、この世界でアイドルを作りたいと思ったあなたの行動に感銘を受けました。ただ先を越されたこと、私のパートをすっかり自分のものにしているのにはちょっと、いやかなりイラっとしてしまいましたが……』
ふるえる指で書いたのか少し揺れた文字で、でも一字一字丁寧に書かれたその手紙の上にぽとりぽとりと小さなしずくが垂れる。
いつの間にか俺の目からは、次から次へと熱いものが零れ出していた。手紙を濡らさないように、そっと畳んで目を上げる。
あぁ、ゆめめは……シエラは、こんなにもつらい思いをしていたんだ。人生をかけた夢を不運の連続で奪われ、それでもまた新たなこの地で顔を上げ、前を向いて歩きだそうとしている。こんな素晴らしい存在を、アイドルという生き様を、推しの実像を聞いたくらいで嫌いになんてなれるわけがないじゃないか! 確かにせららんのことはショックどころじゃないけど、俺はアイドルのせららんのことは応援していたけどガチ恋勢ではないし、リアルでどうにかなりたいなんて考えたこともなかった。それに、イクちゃんは男の俺から見てもほれぼれするくらいの爽やかさんで、完璧すぎるほどのいいヤツだったんだから。
「やっぱせららんって男を見る目があるよなぁ、イクちゃんは最高の男だぜ。うぐっ、でもくやじぃぃぃー! 抜け駆けだぞー、やりやがったなー! しかもイクちゃんの後はテレビ局のプロデューサーかよぉ、何だそりゃー」
思ったことを素直に声に出して、ぼたぼた垂れる涙を我慢せずに開放したら心が少し軽くなったような気がした。
「あー、涙も枯れたことだし手紙の続きでも読むとするかぁ」
ゆめめの身に起こった悲劇、悲しくつらい転生直前の話の後は、この世界に来てからのゆめめ、シエラが何故アイドルを再び目指すようになったかが明かされていた。シエラも物心ついたときに俺と同じように、この世界にアイドルという概念がないことにショックを受けたこと。けれど、一人で突然アイドルを始めるにもどうしたらいいかわからず、なかなか踏み出すことが出来なかった。でも歌を歌うことはやっぱり大好きで、一人で部屋で歌っているところを着替えの服を持ってきたメイド見習のリリコスに見られてしまったこと。それをきっかけに仲良くなり、お母さんが元合唱団員でリリコス自身も歌が好きなことを知り一緒にアイドルをやろうと誘ったこと。それからとんとん拍子で話が進み、リリコスのお母さんの知り合いでかつては合唱団の伴奏者、今はこの国唯一のソロの電子チェレスタ演奏家兼吟遊詩人として活躍し演奏旅行で各地を飛び回っている人狼のマーカスさんがプロデューサーをしてくれていることなどが、最初のふるえた文字とは違いうきうきと跳ねるような楽し気な筆致でつづられていた。
そして、追伸と銘打たれた部分には、俺が言いたかったけど結局言えなかったあの話についてのシエラの見解がしめされていた。
『見学の時パップンの曲やらなかったよね。あたしがあんなにプリプリ怒っていたからそれもやむなしってことだったんだろうけど、別にいいんだよ、やっても。エアミュレン5の他のメンバーは事情も知らないんだろうし、オリジナル曲がそろうまでは使っていいとあたしが許可します!でもね、オリジナルだけでライブができるくらいになったらもうパップンは封印しましょう。聞いてくれた人たちの胸の中、そしてあたし達の胸で生きていればそれでいいじゃない。
この世界のアイドルには、やっぱりこの世界の楽曲がふさわしいって思います。
ではでは、長くなりました。収穫祭ではバッチリのパフォーマンスでびっくりさせてあげる! 吠え面かくなよっ! 勝負の時にまた会おう!
シエラより』
「ほぉぉ」
安堵の吐息が口から漏れる。
許可がもらえた。これで胸を張って収穫祭でパフォーマンスできる。追伸の部分が、いつものゆめめ、そしてシエラの一人称であるあたしになっていたことも何だかうれしかった。
そして今後について、これはシエラの言うとおりだ。パップンの曲は俺らが去ったあの世界のものなんだ。
アイドル普及のためにお借りしたけど、そろそろお返しするいい機会なのかもしれないな。夢の中でずっとせららんにもやがかかっていたのも、新しい人生をしっかり生きろという俺へのメッセージだったのではないだろうか。リューリーはかなり曲を書き溜めているようだし、俺らも作詞に段々慣れてきた。もしかしたら、パップンの曲を披露するのは今度の収穫祭が最後になるのかもしれない。確かにこの世界のものではない、けれどゆめめが、俺も、立場は違えども心から愛し生きがいだったパップンの曲、全力で歌い踊り、少しでもみんなの心に刻みつけられたなら……俺らの想いも昇華できるんじゃないだろうか。そう思うと、めらめらと胸の奥に熱く強い想いが燃え上がってくるような気がした。
「負けないぞ、シエラ!」
尊敬すべきアイドルの中のアイドル、でもこの世界では俺らの方がアイドルとして先輩だ。パフォーマンスを観るのが楽しみではあるが、つーか美少女ユニットで人狼Pとかワクワク意外何にもないんですが、絶対に負けたくない! だって、俺らエアミュレン5はそれだけの努力をしてきたんだから。ここでバッチリ先輩アイドルとしての威厳を見せつけることが、昔の俺に光を与えてくれ救ってくれたパップン、そしてゆめめへの恩返しになる!
そう信じ、俺は収穫祭へ向けて決意を新たにしたのだった。
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